第百四十三話 歓喜の輪~栄光はこの手に、繋がれたバトン~
パーンパーンパーンッ!!
「え、これって・・・」
視線が白い布切れにいっていたら、突然なにもない白き世界に乾いた銃声が何回か響いた。その銃声に顔を上げたら、いつのまにか白かった世界は薄れていって・・・
ワーワーワーッ
消えていった声がまた、この場にうねるように戻って来た。徐々に開けてくる目の前の景色。最初に現れたのは・・・砂?ああ地面か。あれでもなんで、地面がこんなにも近づいてくるんだ?ああそうか、俺地面に倒れ込んでいるのか・・・って、えええっ!?
ドシャアアー!!
と、考える間もなく俺は思いっきりヘッドスライディングをしていた。もちろん受け身を取る余裕もなく、顔面を思いっきり地面に擦っていた。
「イテテ・・・ってあれ、この感触は・・・」
地面に叩きつけられた痛みよりも先に、その感触が俺の手元に伝わってきた。俺の右手になにかを掴んでいる感触。表面はザラザラで、それでいて砂まみれで、そんな筒状のものを俺は握りしめていた。
「あ・・・」
それを言い表す前に、俺の背後からえらくでかい歓声があがる。喜びに満ちた歓声。俺は反射的にその方向を振り向いた。
ワーーーーッ!!!
「え、ちょっとちょっと!」
振り返るとそこには玲と健を先頭にこちらに猛然と迫りくるクラスメイトのみんなの姿があった。みんな弾けるような、いやもう弾けてる笑顔を見せながらこちらに向かってきた。しかし、その迫力にむしろ恐怖感を抱いてしまっていた。
何十人もの群れが突然自分のところに迫ってきたら、そりゃあ恐ろしいよな。
「やりやがったな蓮!!」
ガバッ!
そして先頭を走っていた健が俺に覆いかぶさるように飛び込んできた。
「わっぷ、ってなにこれなにこれ。一体なにがどうなってるんだ??」
「勝ったのよ優勝したのよ私達。蓮君が最後に追い抜いて、一番になったのよ!」
バッ!
「え、ちょっと待って待って、玲までちょっと、うわあ!!」
健はともかく、まさかの玲まで飛びついて俺の上に覆いかぶさった。それも溢れんばかりの笑顔を見せて勢いよく健の上へ飛びかかった。健はわかるがまさか玲までもが興奮して飛びついてくるなんて・・・
「おら、もうみんなも来い!」
オオーーー!!
「え、ちょっとみんなってそれはさすがにマズイって俺真剣に死ぬって、って本気で来るのかよ、無理だってうわああ!!」
ドサ、ドサ、ドササッ!!
そして本当にみんなが俺の上に覆いかぶさって来た。その誰もが喜びを弾けさせながら、幸せそうな顔を浮かべながら一体となって一つの塊となった。それだけ、今までの戦いが苦しく、辛いもので、そしてその苦難を乗り越えた先にある栄光が、とてつもなく大きなものであることを物語っていた。
「やったやったー!!」 「優勝だ優勝!!」 「俺達NO.1!!」
「そうか・・・俺達勝ったんだ。あのC組に勝てたんだ・・・。やった、やったやったーー!!」
ここでようやく俺もその勝利の自覚が芽生えてきた。みんなの笑顔、喜びの歓声。よかった、本当によかった。みんなが繋いできたバトンを、俺が無駄にしなくてよかった。一番に、ゴールへとこのバトンを繋げられてよかった。俺はもう、それだけで充分すぎるほどに一杯一杯だった。もう感無量だ!
「しかし・・・喜びを表すのはいいんだが、健はともかく玲は少し顔が近すぎやしないか?」
「え?」
最初に飛びついた健は俺に抱きつくような形で、顔は正面に来ていない。だけど二番目に飛びついた玲の顔は、俺のモロ正面にあった。正直、こんなにも玲の顔を近くで見たことがない。鼻と鼻はもう少しで触れ合いそうで間違ったら・・・してしまいそうだ。金髪のツインテールの髪の毛の先が頬に触れてこそばゆい。それになんだかふんわりとした良~い匂いが鼻をつく。
こんな歓喜の瞬間にこんなことを思うのもあれなんだが、一度意識してしまったらもう頭から離れない。真剣にそろそろ対処してくれないと俺の理性が危うくなってしまいそうだ。やばい・・・本当にドキドキしてきた。
「あ・・・あ・・・」
そしてみるみる玲の顔が赤くなっていく。お~い玲の上に居るみんな~、早く逃げた方がいいぞ~。そうでないと玲の巻き添えを食らうぞ。しかし意外にも、その起爆材料を作ったのは俺の上に居て玲の下に居る、健だった。
「お、この背中に伝わってくる温かくて、それでいてむにゅっと柔らかいこの感触は・・・」
「・・・きゃああああ!!!」
ドッパーン!!
そしてものの見事に玲は爆発した。上に乗っかっていたクラスメイトを弾け飛ばし、物凄い勢いで健に襲いかかった。それもまた一段と激しく。正直に言って、その二人の下に居る俺が一番被害が大きいような気がするんだが・・・
ザッ、ザッー
「お、落ち着け玲。今のは不慮の事故なわけで決してわざとじゃないって・・・」
「バカ、バカ、バカ、バカーーーーーッ!!!」
もう手のつけられない二人の下から、俺は辛くも後ずさりしてなんとか脱出する。あの下に居たら真剣に危ないからな。ある意味で命に関わってくるから・・・
スッ
「ん?」
その時、俺の前に手が差し伸べられた。俺が思わず上を振り向くとそこには
「ほら、掴まれ。全く、あれだけの走りをされたら、負けて優勝を逃した悔しさよりも、それ以上になんかスッキリしたぜ」
そこに、アンカー同士最後の最後まで戦った朝風 隼の姿があった。その差し出した腕にはぺっとりと砂が付いていて、もう片方の手にはしっかりとバトンが握られていた。今まで敵同士で挑発も争いも色々あったけど、今の朝風は爽やかな笑みを浮かべていた。そして俺は、なんの躊躇もなくその手を掴む。
ガシッ、グイッ
「いやいや、お前本当に速すぎ。今まで生きてきた中でお前が一番速い奴だったよ。正直、俺は途中まで本気でお前に勝てないと思った」
「たくっ、勝っておいてよく言うぜ。正直俺もお前に負けるはずがないと思っていたよ。だけどあの時のお前の走りには真面目に鳥肌が立った。あ、こいつは俺がまだ辿りつけない場所に居る。俺は本気でそう思ったね」
「辿りつけない、場所か・・・」
記憶の中にしっかりと残るあの出来事。周りの景色も音もなにもかもが無くなって、真っ白ななにもない世界を走っていたあの時のことを。もしかしたら、あれが朝風の言う「風の狭間」ってやつだったのかな。あの白い世界の先に、今のこの未来があった。正直自分でも驚いている。あれは今まで感じたことのない、初めての感覚だった。
あの感覚は、一体なんだったんだろう・・・
「お~い蓮、早く来いよ~。今からお前を胴上げするぞ~!」
すると背後から、声が聞こえた。振り返るとそこにはさきほどの痴話げんか(こんなことを言うと殺されそうだけど)も終わって、いつもの健の姿があった。その横にはまだ少しふてくされてる玲の姿もあった。
「ほら、行って来い。勝利者だけが味わえる喜びの時だ。だけどまあ、今回は負けちまったがまた対戦する機会があったら今度は絶対に負けないからな、一之瀬!」
「ああ、だけど今度も俺が勝たせてもらうぜ。んじゃ、ちょっと行ってくるわ!」
ダッ
そして、俺は喜びを全力で表して俺を待つ、みんなの元へと駆けだした。
体育祭の結果。総合優勝は3年と2年の部でその強さを見せたC組が優勝した。A組は惜しくも2位。総合優勝は逃したが、1年の部優勝という名の勲章は、それだけで俺達にとってとても重く、価値のあるものだった。
クラス全員「ワッショイ、ワッショイ!」
「ちょ、ちょっとこれは真剣に危ないって本気で落ちるって、あ、あ、うわああ!!」
カシャッ
クラス全員で、勝ちとった勝利だった。
<その後、体育祭片付け終了間際にて>
カチャ、カチャカチャ、カチャン
熱気に包まれていた運動場も本来の姿を取り戻し、涼しさを取り戻しつつあった。あれだけ人が居た場所も、今では最後の後片付けで残る生徒が何人か居るだけ、その静けさは寂しさを感じるぐらいに閑散としていた。
「終わっちまったなあ、体育祭」
「・・・だな」
そんな中、割り当てられた片づけを終えて、少し運動場の片隅で涼む俺と健が居た。ほかの玲やクラスのみんなはもう教室に戻っているだろう。俺達もそろそろ戻らないといけないが、なんとなくこの場所がいとおしいような、そんな感覚にとらわれてここに残っていた。
まだ、体育祭のテンションが残っているからかもしれない。それだけ、今回の体育祭は想像以上に盛大で熱いものだった。
「いや~しかし勝てて良かったよなあ。あそこまでいって、負けでもしたら俺学校来れないからな」
「はは、なに言ってんだよ。今回の一番のヒーローじゃねえか蓮は。あの最後の激走はもうみんな感動してたぜ。もちろん俺もな」
時折吹く風がとても気持ちいい。まだ少し火照っている体を、ひんやり優しく冷やしてくれた。夕暮れに染まりかける空。いつものように、なにも変わらず一日が過ぎていったように、空は俺達を見下ろしていた。
「本当、記憶に残る良い体育祭だったよな。もう充分すぎるぐらいに、良い思い出ができたよ」
その時、俺は感じた。今の健がどことなくいつもと違うような感覚。なにが違うかはわからない、だけどなにか雰囲気が違った。なにかしんみりと佇む彼の姿は、変に寂しげに見えた。この感覚、以前にもどこかで・・・
「なんだ、その別れ際のもう思い残すことはないみたいな言葉は。確かに体育祭は終わっちまったが、まだ文化祭とかこの一年にはまだまだイベントは残ってるぜ?楽しいことはまだまだたくさん・・・」
「いや・・・」
俺がそう言った時に、健はそれを遮るように否定の言葉を口にした。重く、絞り出すようにその言葉を。そして健は、からっぽで寂しげな運動場に目をやりながらある言葉を口にした。
「俺は、文化祭までこの学園に居られない」
「・・・は?」