第百四十二話 Last runners~スピードのその先へ・・・~
※例によってまた話が長くなってしまいました。スミマセン><
「俺は今まで自分の足に全てを賭けてきた。そしてそれが今結果となって現れている。だが俺はこの程度で立ち止まりはしない、俺が目指すものはスピードのその先、風の狭間へと足を踏み入れることだ」
「お前に・・・そんな俺に追いつくことができるか?一之瀬 蓮」
風が吹き込んだ、砂が舞い上がった、歓声が響き渡った。時は確実に止まることなく進み続けている。どんな未来であろうと、俺達は強制的にその未来へと足を運ぶ。
ここに居る三人の少年もまたそれは同じ。これから自らがその身で体験するであろう未来を案じ、それぞれがそれぞれの想いを描いている。描く未来はそれぞれでも、交わる世界は同じ。一人が奏でる旋律が合わさり壮大な世界という名の交響曲を構築する。
「俺達ではお前らに勝てない、そう言いたいのか?お前は」
だけど、皆が同じことを描いても世界はその通りにはならない。いくら同じ旋律でも、いくら同じ音を並べても、過去と同じ曲を奏でることはできない。全ては無二の響き。
「ああ・・・その通りだ」
あくまでそれは願い、願望。世界はそれを許さない。
「お前達の作戦はもうわかってる。最初にそこそこに速い奴らを並べて、なるべくリードを奪って粘り込む。競馬でいう「逃げ」ってやつだな。だが、どんなに大逃げを打っても最後の直線で粘り、二段スパートがなければただの雑魚だ。所詮はレースの引き立て役なんだよ」
俺・健(・・・なんで競馬?)
俺達二人の前でもその揺るぎない自信は変わらない。いやむしろその自信はより強固なものとなっている。途中途中の言葉の意味は少しわからないが、なにかもうこの勝負はもらったも同然のような感じだった。
「お前らまで繋がったら勝てると思っていたようだが、それは残念ながら敵わない夢物語だな。見ろ、確かにお前らの組がトップを走ってるが、その差は確実に縮まっている。お前らの頃にはもう追いついているだろう。それに・・・」
チラリ・・・
すると朝風は視線を俺ではなくその後ろへと向けた。つられて俺と健もその方向へと視線を向ける。
するとそこには自分の前の走者が走り出し、次の向こう側の走者から運ばれてくるバトンを受け取るべく、トラックの近くまで接近して待機する、篠宮さんの姿があった。例え次が自分の番でも、トラックに入れば遅れているチームの迷惑になるので自分の1つ前の選手が半分ぐらい走ったところでようやく自分もトラックに入る。
「篠宮さんが、なんだって言うんだ?」
いつのまにかもうそんなところまでレースは進んでいた。篠宮さんは最後から3番目の走者。つまり健、俺へと繋がる寸前のランナーということだ。篠宮さんまでにリードをしっかりと奪い、俺達が縮まったリードを全力で守り切る、それが俺達の作戦だった。
パシッ、ダダダッ!
「気付かないのか。彼女、足を怪我してるぞ。右足の足首」
「・・・え?」
朝風がそう言ったのと同時に反対側にいる篠宮さんの1つ前の走者にバトンが渡り、走り出す。それに促されるように篠宮さんが運ばれてくるバトンを受け取るべく、ゆっくりとトラック内へと足を踏み入れる。その歩みをよ~く注意して見てみると・・・
右足を、引きずっている。
「右足首が赤く腫れているな。箇所からして、おそらく典型的な捻挫だろう。だけど結構強く捻ったみたいだな。ああして歩いてはいるが、かなりの激痛が走っているだろう。あの様子じゃ、誰もそれに気付いていないようだが。いや、もしかしたら本人が隠しているのかもな」
「篠宮、さん・・・はっ!?」
このままじゃ、篠宮さんは走れない。いや、走ってはいけない。歩くのもままならない篠宮さんが走れば、例え捻挫だろうと大怪我へと繋がるかもしれない。このままじゃ・・・篠宮さんが危ない!!
「全く、酷いリーダーだな。ケガして痛がってる奴を走らせるなんて。全く、本人にとって酷なことだろうよ」
ダダダッ!
「くそっ、健!!お前は早くスタンバイしろ!俺が篠宮さんを止める!!」
「わ、わかった!」
ダッ!
俺は篠宮さん目掛けて走り出した。全力で、バトンを受け取るのを待つ篠宮さん目指して。気付いてやれなかった、チームのメンバーが、仲間が傷ついていたのを。それも本人は誰にも言わず、一人だけで我慢していた。くそっ、一体俺はなにをしていたんだ。なんで俺はこんなことにも気付けないんだ。くそっ、くそっ!!
無我夢中に走った。だけど、そんな俺の想いも現実という名の壁を乗り越えることはできなかった。俺が居た場所から篠宮さんの元まで、リレーの走者が篠宮さんの元へと辿りつくまでの距離には、あきらかな差があった。いや、もはや不可能というべきものだった。どれだけ足が速くても、辿りつくことはできない。ただ、目の前でバトンを受け取り、走り去っていくのを見ることしか・・・
そういえば、お前はスタンバイしてろっていう言葉、今俺が篠宮さんを止めたら意味がなくなるんだな。・・・結局、なにもかもが矛盾していた。
パシッ
俺が必死に手を伸ばすも、無情にもすぐ目の前で篠宮さんにバトンが渡る。そして篠宮さんはその第一歩を踏み出し、次いで右足を地面へと付ける。
ガクッ
「ああ・・・!」
ドサリ・・・
篠宮さんの体が、崩れるように地面へと叩きつけられた。その瞬間、この場の空気が凍りついた。
「篠宮さん!!」 「優菜!?」
「・・・っ」
だけど
ギュッ!
篠宮さんの体が、起き上がっていく。自らの手で、自らの足で。
タッ
そして、篠宮さんは立ち上がってすぐさま足を踏み出した。決して走っているとは言えないけど、歩くスピードとほとんど変わらないけど、それでも確かに前へと進んでいた。その手にバトンを握りしめて。
「な、なんで・・・どうして・・・」
どうして、走っていられるんだ。どうして前へと進めるんだ。その右足はもう歩くのも辛いはずなのに、それなのにどうしてそんなにもあなたは・・・あなたは前へと進んでいられるんだ。どうして!
「蓮君!!」
「はっ!?」
気付くと隣に玲が居た。真剣な眼差しで俺を見つめ、俺に声をかけた。俺はそのおかげで今のこの現実に意識が戻る。
「誰も気付いてあげれなかったのは酷いことだけど、それは後からいくらでも伝えることができる。でも今は、目の前の勝負に集中して!優菜も凄く辛いと思うけど、だけど必死に走ってる。あのバトンを最後まで繋げて、みんなの想いを繋げようと必死に頑張ってる。だからお願い、蓮君」
「あなたが、みんなの想いをゴールまで届けてあげて!」
「俺が・・・みんなの想いをゴールまで・・・」
スッ・・・
俺が周りを見渡すと、走り終わったクラスメイトが集まって一緒に頷いていた。全ての視線を、全ての想いを俺へと向けて。
ダダダッ!
「ここでC組がA組を抜いた~。後残す走者二人、さあどうなるこの勝負~」
そしてC組のランナーが篠宮さんを追い抜いた。次のランナーまで後僅か。C組の連中から大きな歓声が上がる。だけどA組のメンバーは誰もそれを悲観しなかった。ただ篠宮さんが健の元へと辿りつくのを応援していた。次のランナーにバトンを手渡せる場所まであと少し。健はもう既にバトンが渡せる場所のギリギリのところまで篠宮さんに近づいていた。
「俺がこのバトンを一番良い位置でお前に渡す。だから蓮、なにも考えず思いっきりいけ!!」
反対側から健の激が飛ぶ。そして健はよろけながら懸命に健を目指す篠宮さんに大きな声援を送りながらその時を待っていた。俺以外の全員の意志がもう固められていた。後はアンカーである、俺の意志で全てが決まる。
「・・・わかった、みんなの想いを決して無駄にはしない。必ず一番に、あのバトンをゴールに届けてみせる!!」
パシッ
「よく頑張った篠宮さん。後は俺と蓮にまかせろ!!」
ダダダッ!!
そして健に篠宮さんからのバトンが渡った。トップにいるC組との差はかなり広がったが、それでも確かにバトンは次へと繋がった。
「ぬうおおおおおおお!!!」
健が全力で走る。バトンを手渡した篠宮さんはすぐに地面に倒れ込んだ。だけどその表情は笑っていた。棄権してもおかしくない状況でも確かにバトンを手渡せたこと、それだけでも凄まじいことだった。その篠宮さんの想いを、みんなの想いを乗せて健は走った。一瞬でトップスピードに達し、力強いストライドで相手ランナーに襲いかかった。その差はみるみる縮まり、歓声もまた更に大きくなる。
ザッ
そして俺と朝風が、ほぼ同じタイミングでトラック内へと足を踏み入れる。
「ふん、まさかあの状況でここまで接戦になるとはな。さすがに驚きだぜ。だが、それもこのアンカーで終わりだ。あきらめろ、お前は俺に勝てない。例えどんなことがあってもな。そして優勝は俺達C組が頂く」
「・・・言ってろ。接戦だかなんだか知らねえが、俺はあのバトンを持って一番速くゴールを駆け抜ける。それだけだ!」
「・・・ふん、良いじゃねえか。なら俺も本気でいかせてもらうぜ!!」
ダダダッ!!
そして前の走者であるC組のランナー、ほんの少しだけ遅れて健が最後のコーナーを回って飛び込んでくる。あれだけの差を、この短い距離でこれだけ縮められたのも驚きだった。さすが健と言うべきか。まあ健ならできるだろうとは思ってたけどな!
「来い、健!!」 「さあ早く持ってこい!!」
パシ、パシッ!
そしてほぼ同タイミングでバトンが二人のアンカーに手渡される。
「うぉおおお!!」
ズダダダッ!!
そしてついに最終局面、アンカー同士の一騎打ちが始まった。A組のアンカー一之瀬 蓮と、C組のアンカーの朝風 隼の戦いが。二人はバトンを受け取ると同時に瞬時に加速して全力で走った。誰よりも速く、誰よりもあのゴールに辿りつくために。
「トップは変わらずC組、そしてそのすぐ後ろにA組のアンカーが続いています。その差は僅かですが、C組のアンカーである朝風 隼君は陸上界の新星、速い速い!!しかしA組の一之瀬 蓮君も必死に食らいついています!!」
「くっそおおあああ!!」
差が縮まらない。さすがにあれだけ自信があっただけに、その速さは尋常ではなかった。今までで一番の速さだった。全力で走っていても、離されないようにいるだけで精一杯だった。時間だけが過ぎ去っていく。目の前の背中に追いつけない、追い越せない。手の届くところに居るのに・・・くそっ!!
ワーワーッ!!
そして二人は一つ目の直線へと差し掛かる。後の直線は最後のゴールまでの直線のみ。もし抜き去るならここで抜かなければならない。内側スレスレを走ってこれだ、カーブの外から抜けるわけがない。チャンスは今しかない。だけど、どうしても追いつけない。
これが、限界なのか・・・。どうやっても超えられない壁なのか・・・っ!
「蓮!!」
「!!」
その時、俺の名が聞こえた。天高く、突き抜けるように。
「蓮君!!」 「一之瀬君!」 「一之瀬、一之瀬一之瀬・・・」
みんなが俺の名を呼んだ。力強く、願いを込めるように。
俺は、一体なにをやっているんだろうか。ただこのバトンという名の筒を持って走っているだけなのか。違うだろ。このただの筒に、一体どれだけの想いが込められていると思っているんだ。一人一人確かに渡っていき、歓喜も困難も挫折もあった。だけどそれでもここまでやって来た。俺のこの手にまで辿りついた。
そのバトンを、このまま終わらせていいのか?いいわけがない。もう俺に残された選択肢は一つしかない。勝つ、あの朝風を抜く。これが限界ならその限界を超える。もう理屈とか常識とかなにもかもどうでもいい!!
走る・・・俺の存在をかけてただひたすら走ってやる!!!
「うぉおおおああああ!!!」
ズダダダダッ!!
何も考えずに走った。ただ走るという動作を繰り返した。全力というよりがむしゃら、見た目とかそういうのをなにも考えずに、ひたすらに走り続けた。
ワーワーワー・・・
あれ?
あれだけ大きな歓声が上がっていたのに、どんどん遠ざかって終いには消えてしまった。辺りの景色もぼやけてぼやけて、そして最後には真っ白な世界だけが残った。なにもなくてただ白い世界。俺以外の存在もなにもない。ある音といったらこの白き世界を走る俺の足音だけだった。
あれ、俺は一体どうなったんだろう。どうしてこんな所にいるんだろう。走っている感覚も消えて、意識とは別に足が勝手に動いていた。
俺は、一体・・・
スッ・・・
すると、そこにフワリと白くて奇麗な手が現れた。柔らかく包み込むように、その手は俺へ差し延べられていた。
なにかはわからない。だけどなんだろうこの感覚。優しくて、懐かしくて、くすぐったいこの感触。今わかるのは、ただあの手を握りしめたい、掴みたいという想いだけ。それ以外の感覚も感情もなにもかもどこかへ消えてしまっていた。
あの手に、触れたい。そして俺は手を懸命に伸ばした・・・
フワア~・・・
「え?」
すると、いつのまにか俺の腹部辺りに、白くて長い布切れがふわりとまとわりついていた。