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第百四十話 一時の休息~午後へと繋ぐ、感嘆と挑発~



ダッ!!



 そして始まるこの一周にあらゆる感情、想いをかけた二人の挑戦。理屈、理論、常識、この走りの可能性を妨げるあらゆる事柄を退けて、二人は走る。みんなの想いが乗った、一つのバトンを握りしめてあのゴールへ・・・



走りだす!!



ダダダッ!!



オオオーッ!



この場の空気がまたにわかにざわめきだす。観衆の目が降り注ぐは先頭を走るC組の伊集院さんのペア、そしてその後ろのA組の玲と篠宮さんのペア。今まであれだけ競っていても追いつかせなかったC組との現在の差は約トラック4分の1強。普通の徒競争ならともかく、二人三脚でしかもアンカー同士なら絶望的ともいえるこの距離に挑もうとする二人の少女に観衆は釘付けとなった。



「いけー玲っ!!そのまま突っ走れーーー!!!」



大きな歓声の中健の激が飛ぶ。玲と篠宮さんペアの猛烈な追い上げに会場の盛り上がりはピークに達そうとしていた。まるで全国など大きな大会の決勝の応援のように、場内の人々が一体となって選手達にエールを送っていた。



「す、すごい・・・」



そんな中、俺は声援を送ることよりもその走りに驚きを覚えていた。繰り出す足は完全に合わさっていて、一切バランスが崩れない。そのフォームは完璧で美しささえも感じるほどだった。スピードも一人で走っている時とほとんど変わらない。それはもはや、二人三脚の域ではなかった。



確実に、確かに前との距離が縮まっている。伊集院さんのペアも充分に速い。今までの組と比較すれば一番だろう。だけどそれを上回って、常人では辿りつくことが困難な域に、二人は居た。



人の力に、感情が合わされば力はより強靭なものとなる。平常時ではどれだけ頑張っても辿りつけないのに、力により前へ進もうとする感情が加われば人はいとも簡単にその域に辿りつく。人に隠された潜在能力、全ての力が解き放たれる。



いける・・・、いや、いけないはずがない。今の二人に、不可能の文字は適用されない。二人が刻む時がその結果となるのだ。二人がその先へ進むことを望むなら、二人は疾風のごとき力を得るだろう。



今二人は、この場を駆け抜ける風になった。



ワアーーーッ!!



もし、俺もその風になれるのなら、一体どんな気持ちになるだろう。みんなの想いを背負い、みんなの想いを栄光へと届けるべく、ただひたすらに突き進む。ただひたすらに前を向いてその先を見つめる。



今の二人のようになることができたなら、一体、どんな感情を抱くのだろうか。



もし、なることができたなら・・・



パーンパーン・・・!!








「・・・空が、蒼いな」




 まだまだ夏の余韻を残す太陽の日差しは、午後になるにつれてそのピークを迎えようとしていた。雲ひとつない澄み切った青空。雨が降る要素など微塵もない。その強い日差しを遮るものさえない。空は見上げる俺を包み込み、その自らの蒼で心を満たそうとしていた。



「な~に寝ぼけたこと言ってんだ蓮。これからの午後の部には最後の大一番のクラス対抗リレーがあるんだぞ?さっきの女子二人三脚が勝ってくれたから良かったものの、俺達男子の棒倒しが負けたせいで点数は五分五分なんだぜ?あ~くそっ、あん時に俺がもっと早く旗を取っていたら・・・」



数々の見せ場を作った体育祭午前の部。熱い戦いと共に瞬く間に時間は過ぎ去っていき、選手達は休息の時間に入っていた。真剣な空気から一転、和やかなムードが辺りに漂っていた。クラス関係なしにそれぞれの友人と食事を摂る生徒、敵である身でもこの時間だけは同じ学園の仲間としていつもどおり楽しくやっていた。



「ああ・・・、あれはしょうがねえよ。まさかあんなにガチで来るとは思ってなかったからな・・・」



あの大盛り上がりを見せた女子二人三脚の後、今度は男子の棒倒しが行われた。ここでもA組とC組とが一番を争っていたが、両者の直接対戦の際に工藤は体育祭とは全く似つかない完璧に計算されたフォーメーションで俺達に襲いかかって来た。



普通こういう時ってがむしゃらに相手陣地に突き進むもののような気がするが、工藤はいかにもあいつらしい相手を正攻法で倒す手法に打って出てきた。結果、なにも作戦を立ててない俺達は後手後手になり、健の活躍で相手の旗を取ることに成功するも、それよりも先に相手に旗を取られてしまった。



正直やるせない感が半端ではないのだが、負けは負けだ。女子の方はあんなに頑張ったのに、俺達男がこの様では申し訳ない気持ちで一杯だ。結局今のところ得点は両者ともに同点。勝負は午後の部へとゆだねられた。



「それにしてもあの玲達の激走はすごかったなあ。なんか一組だけ別次元の走りを繰り出してたって感じ、まさかあれほどの実力を誇っていたとは・・・」



 そして俺達は昼飯を食べ終え、近くにある木陰で一休みしていた。俺と健と玲の三人、伊集院さんと工藤は自分達のクラスで作戦会議をしているらしい。どうにもあっちはかなり優勝に拘っているようだ。さっきの棒倒しもそうだが、いまいち体育祭のノリではない。



そこまでしなくても元々総合力はあるんだから充分に戦えるはずなのに、どうにも気迫が違う。本気で勝ちにいっている。まああっちの実行委員はあの工藤だと言うし、常識が通用しないとはわかっているんだけど。だけど俺もA組の実行委員だ、みんなを優勝へと導かなければならない。さて、どうしたものか・・・。



「ありがとう。でもあれは実際のところ優菜のがんばりのおかげね。この日のために一生懸命練習してきたんだから。最初はスピードが合わなかったけど、この短期間であれだけ合うようになったのは優菜の努力の結晶ね。正直私も驚いたわ」



「なるほど、ねえ・・・」



篠宮さんか、確かに相当な頑張り屋だろうからな。元々あまり運動系じゃなかった分、苦労することも多かっただろう。でもそれでもあれだけのレベルに達せたんだ。やっぱり今日の大一番、クラス対抗リレーではまた篠宮さんがキーポイントになりそうだな。



「ここで差があまりつかなければ、俺達の勝機が見えてくるんだが・・・」



俺はまた、プログラムと一緒に畳まれたリレーの出走順が書かれた紙を取り出す。実行委員として一番決めるのに苦労したところ。何分相手の順番はわかるはずもないから、雲をつかむような感じで決めていくしかなかった。最終的にそこそこにまとまったと思うけど、俺達の勝負の分かれ目はいかに最後の二人に繋ぐかだった。



俺がアンカーでその前が健、そしてその前が篠宮さんとなっている。最後の方ともなればどこのチームも速い奴を集めてくる。だから今回二人三脚のために頑張って来た篠宮さんでもきついだろう。相手は皆陸上とかやってる男ばっかりだからな。



正直この作戦を取るのは迷ったんだが、同じやり方では陸上部などの運動部が多いC組に勝つことは難しい。そこで俺達は主力を最初の方に回し、なるべく前半にリードを保って終盤へと繋ぐ。最後の付近になれば差は縮まるだろうが、それを最後に健と俺でカバーする。健は元々かなり足が速いし、俺も足にはそこそこに自信がある。少なくとも普通の陸上部のやつらとは同等に渡り合えると思う。それ以上となると少し怪しいがな。



「さてと、ちょっくら飲み物買ってくるわ」



俺はそう言って立ち上がる。手元に置かれた空のペットボトルの容器を持って。これだけ暑い中激しい運動をしていたら喉も渇く。前もって買ってあったやつはあっという間になくなってしまった。午後の部は勝負どころだ、ベストな状態で臨まないとな。



「あ、じゃあ俺もスポーツドリンク頼むわ。金は後で払うから」



「ああわかった。今日は特別に買ってきてやる。なにしろお前にはこれから頑張ってもらわないといけないからな」



これからの競技で一年が出るのは少ないが、それでも健はうちのクラスの主力だ。健の頑張り次第で勝利へと近づくこともできるだろう。まあ俺達のクラスの切り札ってとこだな。



あの工藤に負けたくない、その想いが俺達の闘志へと確実に繋がっていた。





<購買部>



ガシャガシャン



「さてと、これでよしっと・・・」



 昼下がりの購買部。昼休みという事でその場は人で溢れていた。置かれている自販機には売り切れの赤いランプが次々に点灯し、そもそも自販機の前には長蛇の列が形成されていて、ここまで来るだけでもかなりの時間がかかった。幸いにも、お目当てのスポーツドリンクは定番という事で多く入荷されており、なんとか買うことができた。



しかしそこからがまた大変で、購買部から出るにもかなりの労力が必要だった。この暑い中でこの人口密度、やべえ・・・真面目にクラクラしてきやがる。



額からは汗がふき出しツーッとつたっていく。手に持っている二本のスポーツドリンクの冷たさがこの暑さの中で際立っていた。思わず頬に当ててヒヤ~としたくなるが、さすがにそれは周りに恥ずかしいので我慢することにした。しかしそれにしても暑い・・・



早くしないとあっという間にせっかく冷えたスポーツドリンクがぬるくなってしまいそうだ。ここは急いでさっきの木陰へと・・・



「おい、一之瀬」



と、この状況下で思わず空気読めよ!と叫びたくなるような掛け声が聞こえた。その言葉には確かに「一之瀬」というワードが含まれていた。あ~もう、自分が一之瀬であることがこんなにも恨めしく思うことも珍しいぜ。けれどなんの反応も示さないのもまた争いに繋がるかもしれないし。・・・面倒だな~。



俺は後ろを振り向いた。するとそこには一人の男子生徒が立っていた。



「俺はC組の朝風 隼。まあ俺については説明しなくてもいいか。当然知っているだろう?」



なんとも自信たっぷりに話すその朝風と名乗る人物。どうやらC組の同じ一年生らしいが・・・誰だっけ?



「ええっと、すまん。知らねえや」



「なっ!?」



俺がそう答えると必要以上に驚く朝風。しかもどうやら嫌味とかじゃなくて素で驚いているようだ。そうまでなるほどに有名な人らしいが、俺はそんな彼の姿を知らない。むしろ初めて見た。しかし確かに、その朝風 隼という名前には、少しばかり聞いたことがあるようなないような・・・。



「たくっ、お前は始業式の時に合わせて開かれた表彰を見てなかったのか。・・・まあいい、とにかく俺はC組のアンカーだ。そして今回のクラス対抗リレーでは俺達が絶対お前らに勝つ。せいぜい頑張って2位を目指すんだな、一之瀬 蓮」



ポンッ



そして朝風は俺の肩をポンと叩くと、横を通り過ぎて人混みの中へと消えていった。・・・どうでもいいことに今気付いたが、実は左手にチョコメロンパンを持っていた。・・・本当にどうでもいいな(笑)



「なんだったんだ?」



全く訳がわからず立ちつくす俺。だけどよく考えれば一応あれは俺への宣戦布告だったみたいだ。しかも俺がアンカーだと知っているみたいだし。加えてあの揺るぎない自信。まるで負けることなんて考えてない。まあ結構無駄な見栄を張って似たようなことを言う奴はいるが、あいつの場合おそらくあれは見栄ではない。自分の持つ能力を知った上であれほどの挑発をしているように見えた。



・・・つまり、自分の絶対的能力に全幅の信頼をおいているということか。自らの能力にあれだけ自信を持つことはなかなか出来るものではない。ということはあいつはかなり足に自信があるということなんだろうな。



どうやら締めてかからないと本当にあいつに負けてしまいそうだ。俺の失態でチームが負ける、それだけは絶対にしたくない。勝ちへは導いても負けへは決して導かない。



俺は、あいつらに勝ちたい!



「よし、気合い入れていくか!」




そして俺は両手に抱えたスポーツドリンクを持ち直して、健と玲の元へと駆けだした。






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