表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
141/223

第百三十八話 大切なコト~前日の、二人きりの教室で~



トントン、パサッ・・・



「よし。終わった~~~~!!」



 夕暮れ色に染まる1年A組の教室。外の方ではかすかに設備等の設置などの作業音が聞こえる。けれどこの教室には俺達以外が発する音はない。いつもはあれだけ賑わう教室も、時が経つにつれてまた別の同じであり全く違うこの教室を、形作っていた。



「はあ~。やっと終わったね。ここ数日はホント大変だったけど、それも今日で終わりだね。後は明日の本番を迎えるだけだし」



隣で玲がう~んと背伸びしている。夕日の光に照らされたその表情は、実にすがすがしい雰囲気が感じられた。こっちまでなんだかホッとしてくる。



今この教室に居るのは俺と玲の二人だけ。途中までは何人かのクラスメイトも居たが、今はもう6時近く。部活等がなければとっくの昔に下校している時間だ。だけど俺達は体育祭実行委員という事で、今までずっとそれに関する取り決めや話し合いなど、様々なことをしていた。それ故にいつのまにか人影はなくなり、二人きりになるまでここに居続けていた。



ここ数日は毎日こんな感じだった。だけどそれももう今日で終わり。明日はいよいよ本番、御崎山学園体育祭だ。俺達実行委員としての真骨頂が発揮される時。そして今この時、俺達は最後のラストスパートとして残っていた仕事や雑務などをやり終えたところだ。



仕事終わりの達成感。今思えば結構大変だったなあ実行委員も。それも今日明日で終わり、あっという間だったな。ま、なんにせよようやくこの忙しかった日々からも解放されて、普通で平凡な日々を迎えられると思えば、もう本当にホッと一息って感じだなあ。



「お疲れさん。思えば玲にも助けられまくりだったな。ありがとな、玲」



「なっ、なにをいきなり・・・!!」



あからさまに動揺をみせる玲。だけど実際、この期間の間は感謝してもしきれないぐらいに玲に助けられた。選手決めの女子の部分は全部玲がやってくれたし、体育祭自体が初めての俺では、気付かないことやこうすべきなどの進言などなど。正直言って一番頑張っていたのは玲だった。俺もそれなりに頑張ったとは思うが、玲には遠く足も及ばない。ここまで来れたのは間違いなく玲のおかげだった。



だから、普通に本音を出しちゃうのも、仕方ないんだよな・・・。



「いやさ。ここまでやれたのは絶対玲のおかげだからさ。ほんと、相方が玲で心から良かったなと思うよ」



「な・・・!?」



シュウ~・・・



そして、完全に玲はオーバーヒートしてしまったようだ。別にそんなに謙遜しなくても、それが事実だってことに変わりはないのにな。いつもは強気な玲だが、こう言う時は本当に可愛くなるよなあ~。



可愛い・・・か。



そう思うと、変に意識してしまう自分が確かにそこにいた。夕暮れ時の教室、二人っきり。こういうシチュエーションは本来ならそういうことを意識してしまうのも仕方ないのかもしれない。高校生といえど一人の男と女。複雑で入り組んだ想いを抱えるのもまた、普通なのかもしれない。



だけど、俺にはわからない。そして俺はそれを知りたいと思ってきた、はずだった。その自分の知らない感情を知りたい、その過程の上でどんな思いを抱くのか感じてみたい。今まで何度となくそんなことを思う機会はあった。



だけど今俺は、少しだけあることを感じていた。本当に、俺はそれを知りたがっていたのだろうか。本当にそれを求めていたのだろうか。



い~や、多分それは違うんだろうな。



「・・・ふう。で、でも、確かにこの期間は大変だったけど、私は楽しかった。みんなと一緒になって一つのことに向かって走っていけて、みんなと一緒に団結して勝利を目指せて・・・」



「・・・・・・」



こんなことを、言っちゃ悪いんだろうけどな。多分、それがお前が求めていたものなんだよ。みんなと一緒に過ごせて、みんなと一緒に歩いていけて。玲にとって、それはかけがえのないものだった。宝物だった。みんなと共に走っていけたこの期間。俺には眩しいぐらいにお前は輝いていたよ。



まさか、このために健は玲を推薦したんじゃ・・・。フッ、もしそうだったらあいつらしいな。相川 健人。




「それに、蓮君とも一緒に居れたし・・・」



「え・・・?」



 その時、時が止まったかと思った。



誰もいない教室。俺達二人だけの教室。そこはまるで二人だけの世界、二人のためだけの世界のように思えた。俺がここに居て、玲がそこに居る。それがこの世界の定義であり秩序だった。



気付けば、玲が俺を見ていた。窓から差し込む夕日で金髪のツインテールは淡く赤く染まり、吹き込む穏やかな風でふわりふわりと揺れていた。だけどその眼は、俺を見つめていた。その透き通った瞳で、俺を真っ直ぐに、しっかりと見つめていた。



思わず俺は玲の方向を向いて立ち尽くしてしまう。今俺の視界には、玲以外のものはなにも映らない。頭の中もそれ以外は考えられなかった。なぜか鼓動が早まる。確実に、大きくなりながら俺の心臓が波打つ。まるで、今にも聞こえてきそうなぐらいに。



「ねえ蓮君。少しだけ、話していいかな?」



玲が俺をじっと見つめたまま話しかけてくる。俺はなすがままに無言でなにも考えずに頷く。それ以外の動作がなにも浮かばなかった。



「私さ、この学園に来て良かったなあって思ってるんだ。色々な人と一緒に過ごせるし、健や工藤君、有希とも一緒に居られるし、一緒に力を合わせて戦っていけるし。そして・・・」



コトリ、コトリ・・・



玲は話しながら教室を横断するようにゆっくりと歩いていく。一歩一歩確かめるように、大事に大切に思いながら足を踏み出していく。そして、教室の中央付近でその足は止まる。



「あなたとも、出会えたし」



フワーッ・・・



玲が振り向くと同時に、サラサラとした金髪のツインテールがふわりと舞い上がる。両方につけられた赤い髪飾りがゆらゆらと揺れて、そしてそこに、柔らかな表情を浮かべた玲の顔が現れる。穏やかな笑み、夕日に照らされて赤みを帯びた肌。まるで、それが幻想であるかのように、それは美しかった。



「私は今すっごく幸せ。こんな時間が訪れるなんて思っても見なかった。ずっと出来そこないと言われ、自分が自分であることを責めて、そして他人に脅えていた。それが私の居る世界であり、それが私に与えられた世界だと思ってた」



「でもそれは違った。自らの世界は自らが変えられるものだった。自分では気付けなかったそれを、健と、そして」



「あなたに教えてもらった」



・・・今目の前に見えているのはやはり幻想だろうか。もしそれなら全てが解決する。だけど違う。ならあれはなんだろう。もし俺のよく知る玲なのだとしたら、あれはまた違う玲ではないのではなかろうか。さっきまで居た玲と、今そこに居る玲は、確かに同じはずなのにまるで違う存在となっていた。



俺は初めて見る。そんな彼女の姿を。確かに目の前に存在している。そんな彼女の姿が。なんだろう・・・この感覚は。周りの景色が消えて、彼女の姿だけが目の前に浮かび上がる。胸がきゅっと締め付けられるようで苦しくなる。この感覚は、初めて感じる感覚だ。



「私はもう充分すぎるほどにみんなから幸せをもらった。過去のあの暗く冷たい日々を大きく凌ぐぐらいに。私はもうみんなに感謝しきれないぐらいに感謝してる。そして・・・そんなみんなに恩返しがしたい!」



「私がこんなことを言うのはおこがましいことかもしれないけど、あなたにも同じ想いを感じてほしい。そのためには、あなたのことを知らなきゃいけない。だから私は」



「あなたのことをもっと知りたいの!」



空間に、玲の声が響き渡った。ダイレクトにその言葉が俺にぶつかった。そして俺の中にもその言葉は大きく響き渡り支配した。その瞬間、ドクンと大きく鼓動が波打った。これでもかと俺の胸を打ちつけた。



恩返し・・・同じ想いを・・・。だけど、だけど俺は



「し、知りたいって一体・・・。一体俺のなにを知りたいっていうんだ?別に玲やみんなに隠してることなんてないし、今さら玲に教えることなんて俺には・・・」



「じゃあなんで、あなたは私達と共にいるの?」



「え?」



俺が半ば逃げるように言葉を繋ぐと、玲はそれを引きもどして離さないように釘をさした。俺がみんなと、玲や健、工藤や伊集院さんと一緒に時を過ごし、共に歩んでいる理由。



「そ、そんなの・・・」



「前に蓮君は自分の過去を手に入れるためにここに居るって言ってたよね。でも私思ったの。あなたは私たちでは考えられないぐらいの強さの力を持っている。やろうと思えば、あなたは例え一人だったとしても自分の目的を達成することができる。だけどあなたは私達と居る、一緒に居れば苦しいことや悲しいこともあるのに、あなたはそれでも私達と一緒に居る。それは、なぜなの蓮君・・・?」



今まで、考えもしなかったこと。いや、今まで考えなかったことが一番問題だった。玲の言っていることは、知らないことがおかしいほどの事実だった。気付かなかったんじゃない、多分、俺はそれを隠してきたんだ。向き合おうとしていなかったんだ。



ハハ、本当にその通りだよな。自分の過去のため、それがこの世界に俺が居る理由。それだけだった。それだけのはずだった。だけどその理由は、もはや俺という存在がこの世界に在り続けるための押しつけ、それだけを考えていれば楽だったからほかを考えなかっただけだった。



確かに自分の過去を手に入れるというのはそれはそれで大切な、重要な目的だと思う。だけど今俺は気付かされた。俺がこの世界に居る理由、みんなと一緒に居る理由。それには「他」の目的も存在していたことを。



・・・だけどわからない。一体なんのために俺はここに居るのか。自分のことなのに、その自分が一番わかってないような気がする。だってこのこと自体自分ではなく玲に教えられたことなんだから。



どうして、俺はこの場所に居続けているんだろう・・・



「・・・ごめんね。せっかくここまでやってきて明日が本番だってのに、こんなこと話しちゃって。でも今言ったことは全部私の本当の気持ち、本当の願い。それだけは忘れないで」



「あ、ああ・・・」



 玲は俺を見て気遣ってくれたのか、それともなにかを悟ったのか、困惑する俺に優しくそう語りかけてくれた。最初に謝りの言葉を添えて。



「さて、もう遅くなっちゃったし。そろそろ帰ろうか。明日のために体力を回復させて、備えないとね」



玲はそう言うとニッコリと笑って机にかけられた自分の鞄を手に持つ。俺はそれに促されるように机に置かれた各種書類をまとめ、鞄の中にしまった。



だけどその際も、俺の頭の中は真っ白だった。ただ決められた動作をしているだけ。それはもう生き物ではなくロボットじみた動きをしていた。



だけど、最後の玲の一言で俺は自分の意識と頭の中が繋がった。



「明日は絶対勝とうね、蓮君!」



「ああ、そうだな」



そして歩き出し、教室から抜け出す俺達二人。教室を出ると、廊下にある窓から広がる景色が眼に入った。茜色に染まる空も、もっと向こうの地平線の彼方はもう紺色に染まりかかっていた。



(全ては、明日か・・・)



さっきの玲から与えられた疑問の答えは簡単には出ないと思う。だけどそれに気付けただけでも、大きな進歩と言えるだろう。それに、もう一つわかったことがあるからな。



ただ楽しむだけでいいと思っていた体育祭は、どうやら俺にとって色んな意味を含んでいるらしい。この体育祭というのは、もしかしたら一つのチャンスなのかもしれない。自らの存在をかけた疑問の答えを見つけ出すための。



思わぬ形で見方が変わった体育祭、大きな意味を秘めた御崎山学園一年生としての体育祭。様々な思惑が交差する体育祭が、いよいよ明日始まる。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ