第百三十五話 数奇なティータイム~花を添えるは疑問の香り~
「あ、いや自分はそんなに大したことしてないですよ。まあそれで先輩の役に立てたのなら良かったです」
コーヒー独特の香りが柔らかく行き渡る店内、時折響くカランコロンというドアの音が耳に届き心を和ませる。賑やかな店内、一つ一つのテーブルに、それぞれの会話が雰囲気に乗せられながら弾んでいた。
かくいう俺も、その雰囲気に溶け込みそして最初にこの場に会話を吹き込んだ千堂先輩の言葉、そしてそれが意外にもお礼の言葉だったことで、俺は割と早くこの雰囲気と状況に馴染むことができた。
「ふ~ん、なるほどね。噂通りそんな紳士な言葉を普通に喋ってくるのね。まあ今現代の世界で、そんな対応をとれるのも貴重な存在かしら・・・」
俺をじっと見つめてくる千堂先輩。普段どちらかというと避けてきた人物で、こうしてこんなにも近くで話すことなんて今までなかったに等しい。それ故に、こうまじまじと正面から興味津々に見つめられると、その奇麗な顔立ちに改めて意識してしまい、思わず窓の景色へと目を移してしまう。
今まで良好な関係でなかったから、こう女性として千堂先輩を見る機会はなかった。そのモデル並みに整った顔立ちにそんなに気取ってないんだけど普通の人とは違う、なんというか一言で言えばカッコいいというか、よく雑誌などで取り上げられてそうな服装、アクセサリー。しかしその一つ一つがどれも浮いていなく、千堂先輩という型にバッチリはまっていた。
さすが千堂グループのお嬢様・・・なのかな。どことなくキリリとした気品を感じるし、カッコよさでいえば玲に似ているが玲はどちらかというと可愛い感じ、だけど千堂先輩はスマートでスッキリした感じ。そしてその気品は伊集院さんに似ているが、伊集院さんのは誰も寄せ付けないほどのピシッとした感じだが、千堂先輩はもっと柔らかで優雅で、こう・・・余裕さが感じられた。
ハッキリ言ってかなり美人な人。それでいて玲や伊集院さんとも違う女性。俺は今さらながら、千堂先輩のその魅力に気付き、意識してしまっていた。むしろ今まで気付かなかった方がおかしいぐらいだった。
そんな人にこんな間近で見つめられたら、視線を逸らすのも無理はない。千堂先輩のその魅力は、直視できないほどの美しさだった。
「ねえ、一つ聞いてもいいかしら?」
その時、窓の外を見つめていた俺に、千堂先輩は話しかける。俺はその言葉に少しドキッとしながら千堂先輩の方に視線を戻し、応える。
「あ、はいなんでしょうか・・・」
視線を戻すと、そこには先ほどよりも強い視線、真剣な眼差しで見つめる千堂先輩の姿があった。
「あなたは・・・、なぜ私を助けたの?」
「え・・・?」
思えば、何度千堂先輩の言葉に、そう答えただろう。千堂先輩の一つ一つの言葉が俺には意外で、考えつきもしなかったことで、何一つとしてすんなりと通り抜けるような、そんな言葉ではなかった。
俺が動揺していたから、緊張していたから・・・?いいや違う。確かにそれもその理由も存在しているだろうが、原因は多分おそらく自分じゃない。この時の俺は色んな事で一杯一杯で気付きもしなかっただろう。だけど、この二人の会話は確実に「ズレていた」。
なぜズレていたのかはわからない。だけど千堂先輩はなにかを期待していた。俺から放たれる言葉の一つ一つをじっと見つめながら聞き入っていた。そんなことも気付かず俺は、ただ素直にバカ正直に答えた。今思えば純粋に無垢で良かったなあと心から思う。
「え~っと、なんでって言われましても・・・。ただ同じ学園の生徒、しかも知り合いが危険な身に遭っているのを見かけたら見過ごすことはできない、放ってはおけない、そう思っただけです」
「・・・・・・」
俺がそう言っても、千堂先輩はその姿勢を崩さなかった。むしろ今までよりもその視線は鋭く、もはや睨んでいるという域にまで達していた。その真っ直ぐな視線は鋭すぎて、思わず圧倒されてしまっていた。
「本当にそれだけ・・・?」
ゴクリ・・・
な、なにを求められているんだろうか。正直今思ったことそのまんまを口にしたのだが、今の千堂先輩の様子を見るとどうやら俺の答えに満足していないらしい。って満足していないってなんだ。いやしかし・・・、この場を乗り切らなければ俺の立場というか色んな事に関わってきそうだ。どうする、なにを答えたら千堂先輩は・・・。
ドクンドクン・・・!
高なる鼓動。積もる緊張感。
「お、俺は・・・」
「お待たせしました。こちら紅茶とコーヒーになります」
カチャリ・・・カチャカチャ
「ありがとう」
「はい、ではごゆっくりどうぞ」
スタスタスタ・・・
「・・・・・・」
・・・これは、もしかしてとんでもない転機だったのではないだろうか。もしや、神様からの救済?そうだったとしたら初めてだなあ助けてくれるだなんて。今まで散々願いを断ち切ってきたくせに。こんな時に、助けをくれるとは・・・。だが
ナイスだ神様!
「はい、それだけです」
口から突いて出てきた言葉。それは威風堂々と、はっきりと、自信に溢れていた。絶体絶命のピンチもあることをキッカケになんでもないものになる。スケールは違えど、そんなこともあるのだと今俺はこの時学んだ。
真剣な質問に真剣に正直に応えることができた。これで満足されなかったらもう仕方がない。
「・・・本当に、あなたは知らないの?私がどんな人物であるか・・・」
「え・・・?」
なぜだろう。
なんでまた、自分の口から同じ言葉がでてくるのだろう。全ては解決したはずなのに、乗り越えたはずなのに。どうしてまた、同じ所へと戻ってくるのだろう。だけど、今その言葉以外に、なにを言えというのだろうか?
(私がどんな人物であるか・・・?なんだ、一体どういう事なんだ??)
わからない。千堂先輩がどんな人物であるか?質問の意味が全くわからないがとにかく俺の知る千堂先輩についてのことを挙げてみよう。
大企業千堂グループのご令嬢であり、同じく御崎山学園に通う学年が一つ上の先輩。周りにはいつも多くの取り巻きを従え、御崎山学園次期生徒会長候補とうたわれる。意外な事に、玲と健とは幼馴染みらしい。なぜか俺に対していつも攻撃的で、反対に玲のことを必要以上に気にかけている。ああそうそう元荒木先生ファンクラブの会長でもあったかな。
・・・う~ん特に変なところはないんだが。まあ気にかかるとしては玲と俺に対する対応だが。だけど今はそれは関係なさそうだし・・・。
そもそも、これにおかしい部分なんてあるのか?俺が思う限りまあ普通ではないけど人間的にいえばいたって普通だと思う。人望もあるみたいだしな。俺が知っている限りではこんなものだけど、果たして今千堂先輩が指すものと合っているかと言われれば・・・
「・・・その様子だとどうやら本当に知らないみたいね。信じたくないけど。玲の言っていることはあながち間違いでもない、か・・・。なるほどね」
困惑する俺をあざ笑うかのように、千堂先輩は俺にフフッと笑みを向けてくる。まるでなにかを納得したかのように。だけど俺の中の疑問はつもるばかりだった。今の言葉の意味もわからないし、第一なんでそこに玲が・・・って
玲??
「まあいいわ。例えそうであっても私は変わらない。でも事実を知れたことはよかったわ。あの子が言っていたことは間違いじゃなかった。嬉しいような悲しいような。ま、今はプラスになったと思っておきましょうか」
スッ・・・
そして千堂先輩は手元に置かれたカップを持ち上げ、口元へともっていく。俺はその様子をじっと見つめたまま、思考回路が働き過ぎて動くことができなかった。
「ああそうそう。もう一つ言い忘れていたことがあった」
そんな俺の様子を見て悟ったのか、思い出したのか、千堂先輩は口元へ持っていくカップの動きを止め、突然俺へ視線を向けて言った。
「相川 健人に、気をつけてね」
「え・・・?」
またしても俺から突いて出たその一言。だけど今のは、本当に真剣に心からその言葉が口から出た。
疑問だらけ、いや疑問しか生まれなかったこの千堂先輩とのティータイム。最後の最後に究めつけの疑問の跡を俺に残して、昼時の一時は今日もいつものように過ぎ去っていくのだった。