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第百三十二話 HANABI~長き日の最後に、夜空を照らす灯を~



「・・・おや、これはこれは。お邪魔でしたかね?」



 日常と非日常の違いって何だろう。そして、その狭間はどこに存在するのだろう。



俺達はどちらの世界も行き来する。ある時は日常という名のありふれた日々に身を費やし、またある時は非日常と言うべき生死をかけた戦いの渦へとその身をうずめる。日常、そして非日常、それは相反する世界。全くの正反対の世界。



だけど俺達は一番遠くで、離れているはずのその世界を行き来している。どちらが俺達にとってあるべき世界なのか、いや違うな。どちらも俺達が存在し続ける、あるべき世界なのだ。




今俺達は、どちらの世界にいるのだろう。日常か、非日常か。それとも・・・光か、闇か。




「え?」



 俺と玲、二人全く同時のタイミングで全く同じの言葉を発する。たった一語だけの言葉を、一寸の狂いもなく口から発する。その言葉は、突然聞こえたある人の声によるもので、それはもうそう言葉にするしかどうしようもないくらいに、大変なことだった。



「・・・・・・」



俺と玲は恐る恐る声がした方へと視線を向ける。そこにいる存在の大体、いや、ほぼ確定的に見当はついているのだが、それでも必死にそうでないことを祈りながら、その方向を見る。



まあ、この展開で祈りが通じることなんて万に一つもないんだけどな。残念なことに。



「く、工藤!?」 「工藤君!?」



そしてまた、この空間に驚嘆の声が響き渡る。今度も言い方は違えど全く同じ意味合いの言葉を二人同時に叫んでいた。言葉の違いは、その叫んだ存在の違いだ。なんか色々とわかるものがあるよな。



「やあどうもどうも。少しやぼ用で遅れてしまいましてね。急いで集合場所であるこちらに向かって来てみたんですが・・・。いやはや、お二人の大事な時間を邪魔してしまいました。私としたことが、まことに申し訳ありません。突然すぎて気を回せませんでした」



と、俺達の姿をちらりと見て話すのはそういえば別れたままなんの音沙汰もなかった(まあ伊集院さんの食べ放題券を使った食べ歩きなんだけど)工藤の姿があった。今思えば、この登場は遅すぎる感がたっぷりなのだが、今工藤に矛先を向ける前に自分達の姿を気にする必要が十二分にあった。



「・・・・・・」



え~と・・・。客観的にって、客観的じゃなくても今俺達は神社の前の広場のど真ん中で、がっちりと抱き合っている状態。まあ周りの様子や、今までのいきさつを考えればなにも恥じることではないのだが、なにせ工藤だ。わかっていてもそんな素直に状況に触れるわけがない。絶対おもしろおかしくしようしてくる。



「あ・・わ・・・」



あ・・・



忘れてた。この展開、今までにも似たようなのは何度もあった。そしてそれぞれの大体のオチは、玲が恥ずかしさに耐えられなくなって半端じゃない動揺を見せるというパターン。



あれ?まてよ。今の状況ってもしかして・・・



「キャアッ!!」



玲は顔を真っ赤にして悲鳴を上げて、俺を半ば突き飛ばすように押しのけて後ずさりする。そりゃね、人に広場でど真ん中で抱き合っているのを見られたら誰だって恥ずかしくなるよ。その反応もわかる。だけど、今の状況をもう少し思い出して欲しかったなあと切に願った。



ブシャッ!!



「ぐえっ!?」



押された反動で、俺に突き刺さっていた玲の刃が一気に抜かれる。今までが言い方は悪いけど感情的で、意識が玲だけに向いていたからなにも痛みも感じなかったけど、思い出した瞬間凄まじい痛みが俺を襲う。しかもその最初の痛みが刃を抜き去られるというもので、普通なら耐えることなどできないほどの痛みだった。



「わっ、そうだったごめん蓮君っ!私・・・そういえば蓮君に突き刺したままだった」



うう・・・思い出すのがあともう少し早かったらなあ。まあどっちにしたっていずれは感じる痛みだけどさ。だけど・・・今思えば俺の体は限界なんてとっくの昔に超えている身だった。こうして意識を保っていられる、それだけで奇跡的なものだった。



奇跡・・・か。だけど俺は一度瀕死の状態に陥り、そして意識を失っている。だけど状況は反転した。それが奇跡と言われれば間違いではないとは思うのだが、だが、奇跡の一言では済ませたくないものでもあった。



俺は知っている。この場の状況を反転し、俺に力を与え、そして玲を闇から連れ戻す手助けをしてくれた存在を。記憶は残っていなくても、力はなにも残っていなくても、俺は認識している。理解している。



全てはもう一人の俺、フェンリルによって動きだした。俺の力では届かなかった、叶えられなかった。俺一人では、ただ孤独になにもできずに惨めに死んでいくだけだった。だけどそこにはフェンリルがいた。フェンリルは消えかけた存在の灯をその力で大きく蘇らせた。そしてこの場から闇を消し去り、俺を手が届く状況にまで導いてくれた。



全ての事柄を辿っていけば、フェンリルの元へと辿りつく。俺にとってそれは奇跡というべき出来事かもしれない。だけど、その奇跡ともいえるものはフェンリルが居たから起きた。いや、起こしたと言うべきか。だから・・・これは奇跡ではなく、自らが選択し行きついた結果なのかもしれない。



二つで一つ。そんな俺という存在が手に入れた、未来の一つだった。



「ふむ、だいぶやられましたねえ一之瀬さん。ですが、それでも全てを解決したことには変わりはありませんね。五体目のターゲットを倒し、そして柳原さんを救い出した。今回は一之瀬さんのお手柄ですね。まさにMVPです」



「まあ、俺一人の手柄ではないが、なんにせよ一件落着で良かった・・・」



 空を見上げる。空はもう暗闇に包まれていた。漆黒の空に、所々に星の輝きがちりばめられている。全てはあの健からの電話から始まり、それから幾重にも重なる困難があった。今回の戦い、確かにやられたのは俺だったのかもしれないが、苦しかったのは玲、そして健だっただろう。



今回の戦いの一つ一つが、玲達の闇に触れていた。それはとてつもなく苦しかっただろう。敵ではなく、自分自身に苦しめられていたんだから。



俺のこんな傷なんかより、深い傷を玲達は負っていたはずだ・・・



あれ?そういえば・・・



「なあ工藤。健はどこにいるんだ?」



俺は辺りをキョロキョロと見渡す工藤に尋ねた。一つだけ、まだ解決していないものがあったことを、俺は今ようやく思い出した。



「まあまあまずは回復が先です。伊集院さん、よろしくお願いします。しかし珍しいですね、あなたがこういう場面で相川さんと共にいないなんて。普段ならこういう時、あなた方三人がいつも一緒にいたはずでしたが」



「いや、まあ・・・ちょっとな」



些細なこと、小さなこと、気にしなくてもいいこと。この世界にはそんなもの五万とあふれている。どこにでもある。だけど俺は、そんな小さなことさえにも首を突っ込み、いらない犠牲と悲しみと・・・絆をこの手につかんできた。



だが、心は告げている。あの時の健は、そんな些細なことではない、重大な何かを秘めていることを。だけど頭は言っている、あんなことそんな気にすることないじゃないかと。今までだって幾つもこんなことがあったじゃないか、お前はそのなにもかもに首を突っ込もうとするのか。もしそうだとしたら、お前は・・・



とんだお節介野郎だ。迷惑な奴だ。そして・・・お前は偽善者だ。



「偽善者・・・か」



終わってみて気付く。時を過ごし、過去を見つめれるだけの道を歩いて、ようやく自分が歩いた道がどんなものであったか、それに気付く。



・・・確かに、これは俺のお節介、余計なお世話だったのかもしれない。



これは、玲と健の、二人が過ごしてきた過去との戦いだったんだ。二人だけの時間に二人だけが感じ、二人だけが想いを秘めて・・・。俺は今さら、こんなにも大事なことに気が付いたんだ。



今回の件は、玲と健の二人だけが決着をつけなければならなかったんだ。でも俺は、ただ自分の守りたいという願望に身を馳せて、そんなことにも気付かずに二人の間に干渉してしまった。フフッ・・・本当にその通りだ。俺は助けたいという想いを糧に自らの願望をかなえようとしていたんだ。まさに・・・偽善者だ。



確かに玲は完全とは言えなくても、自らの闇を乗り越えた。少なくとも正面から向き合うことができた。それはいい、それは本当に良かったことだ。だけど、もう一人の健はどうだろう。あいつこそが一番玲のことを、玲を闇から救い出したかったんじゃないだろうか。俺よりもずっとずっと前から、そう思っていたんじゃないのか。



健がどう思っているのかはわからない。だけど俺はこう思う。俺は・・・玲を救い出すかわりに、健の傷を、更に深めたのではないだろうか。痛いはずなのに、痛いとわかっているのに、それなのに俺はこれでもかと残酷に傷口を深めていっていたのだ。



なにが親友だ。なにが仲間だ。俺は、助けるのならば両方とも助けなきゃいけないのに、その片方を犠牲にしてもう片方を助けた。俺は・・・偽善者どころか最低な奴だ。



 だけど、だけどそれでも不思議に、疑問に思うことがある。今回の健、そしてあの合宿の時の健とを照らし合わせて考えてみる。



いつもの健だったとしたら、今言ったことがすんなりと当てはまる。だけど、照らし合わせて映る健の姿には、なぜか当てはまらない。当てはめようとしてもするっと抜けてどこかへと消えていく。



あれ?これは・・・おかしいと感じなければいけないことではないだろうか。



「ど、どうしたの?蓮君。そんな暗い顔して」



「え?」



不意に、玲の声で現実世界へと意識は戻される。だけど、今までそうと思ったものが、考え方が少し変わっただけで全く別のものになった。別のものは俺の意識を支配し、前にあったものは思い出そうとしても思い出せなくなっていた。



「いや、なんでもないんだ。なんでも・・・」



だけどそれを、今の玲に影響を及ぼすわけにはいかない。確かに知らなきゃいけないことだろう。だけど今は、今だけは・・・



「お、良かった。二人とも無事だったんだな。いや~ほっとしたぜ・・・」



「!!」



その時、この広場へと続く階段を駆け上がってきて息を荒げながら俺達の姿を見る、健の姿がそこにあった。健は俺達を見るなり安堵して、ほっとして肩を下ろして笑みを浮かべる。そこに現れたのは「いつも」の健の姿だった。いつもの・・・俺の知ってる・・・。



「健・・・」




<時刻 21時30分 花火大会開始>



ヒュルルル・・・ドパーーン!!



 夜空に次々と打ちあがる打ち上げ花火。一筋の白き跡を残しながらどんどん上がっていき、やがて上空で炸裂して見事な絵柄の花火が夜空を彩る。一つ、また一つ上がっては花開き、そのたびに心臓に響くような大きく深い音をこだまさせる。そしてその度に辺りから歓声が上がる。



ここは神社の横の道を登った先にある小さな丘。本来人気が全くないここも、花火を見るのに絶好の場所であるということで、多くの観客がここに訪れる。確かにここは結構高い位置に面し、目の前にはわざわざあけてくれたかのように高層ビルなどがなく、広々としている。花火からも近いし、まさに最高のポイントの一つと言えるだろう。



「きれい・・・」



「・・・だな」



俺は初めて花火というものを見た。一応テレビなどでどんなものかは知っていたが、本物を見た時の衝撃は比にならないものがあった。その壮大さ、美しさ。この情景に添えられたその大きく華やかな花火の一つ一つはもはや芸術だった。まさに風物詩というべき存在。



「パクッ、モグモグ・・・パクッ、ヒョイパクッ、パクパク・・・」



「・・・・・・」



俺の後ろでは花火を見ながら伊集院さんが凄まじいテンポで両手に抱えた食べ物の数々を口に運んでいた。聞いたところによると、あの別れた後相当な数の屋台をはしごしたらしい。この祭りで開いていた食べ物関係の屋台の大半を、伊集院さんはあれから制覇したらしい。なんとも見事な食いっぷりだが、しかしそんなに屋台のものが食べたかったのかなあ伊集院さんは。



「モグモグモグ・・・」



白いほっぺたをぱんぱんに膨らまして食べる伊集院さんの姿はとても微笑ましく愛らしく、見ていてホッとするものがあった。今日という一日の中で、今が一番穏やかな空気が流れているような気がした。



「蓮、ありがとな、今日は」



不意に、左隣にいる健が俺に話しかけてくる。



「ありがとうって・・・なにが?」



「玲を助けてくれたことだよ。お前がいなかったら、俺は大切なものをたくさん無くしていたかもしれない。今日は蓮に助けられた。どんだけ礼を言っても足りないぐらいだよ」



夜空を見上げながら話す健。その表情は明るいといえば明るい。だけどなぜだろう。いつものようにスッキリとした笑顔ではなかった。この御崎祭という祭り、その祭りのフィナーレというべきこの花火でも、健の顔は小さな影を映しているかのように、花火の光で照らされていた。



「いやいや、俺だって当たり前のことをしたまでさ。もし俺でなくお前があの場面に居たとしても、同じことをして、同じ結果が待ってたと思うぜ?」



俺がそう言うと、健はフフッと笑って俺に視線を向けてくる。



「そうだったらいいな。いや、俺もそうであったらどれだけ嬉しかっただろうな」



「だけどさ・・・。今回ばっかりは、俺では無理だったんだよ。あいつを守ってやることはさ・・・」



そして玲を見る。しんみりとした表情で、夜空を彩る花火をさも楽しげに、なんとも柔らかな笑顔で見る玲を、見つめていた。その姿は、確かに健はそこにいるはずなのに、一緒にこうして花火を見ているはずなのに、どこか遠くにいるような感じがした。



初めて、健が遠い存在に見えた瞬間だった。



「あいつは強いよ。だけど弱いよ。だからあいつには、誰かが必要だ。いつも一緒に居てくれるような、そんな奴が。あいつを、一人にしちゃいけない。ましてや、今回蓮のおかげで、少しでも傷が癒えたのならなおさらだ。だから・・・」



「待て、健。その続きは言わせないぞ。ていうかなにを言ってるんだお前は。大体、一緒に居てくれる奴が必要って、ずっと前からそして今も、お前は玲と一緒に居たじゃないか。なのになんで、そんなことを言うんだ?」



俺は健の言おうとしていることを聞きたくなかった。認めたくなかった。ただそれだけだった。なぜお前は、そうまでして俺達から遠ざかろうとする。それがわからなかった。



「それとも、今俺が見て、そして俺が知っているお前は、本当のお前の姿じゃないとでも言うのか?」



俺がそう言うと、健は無言のままスッと俺から視線を離すと、夜空に輝く花火を見つめて言った。



「・・・かもな」




 夏を彩る無数の鮮やかな花火の光。今日という長い長い一日の終わりに、辿りついた先の少年達、そして少女達のそれぞれの想いをなぞるように、輝いては消え、そしてまた、夜空へと飛び立っていくのだった。





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