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第百三十一話 闇を超えし存在の絆~血と涙と君の想いと~

※今回は少し文章が長くなってしまいました。申し訳ありませんm(_ _)m



「・・・また、俺はここに戻ってこれた。さっきまでと状況は全く違うけど、それでも俺がやるべきことは変わらない。変わらないんだ」



 

 状況は確かに反転した。そこに居たはずの邪悪な存在は消え去り、そしてその存在を消した闇の化身というべき強大な力を誇る者も、この場から姿を消した。その証拠に、今まであれほど邪悪で暗く冷たい気配が漂っていたのに、今はもうその気配も霧が晴れるようにゆるりと消えていった。



そして残ったのは、あの闇の化身と同じ剣を持ちながらその身にあの存在ほどの力はなくとも、強い意志と決心を刻みつけた一人の少年。そして、隠してきたはずの自らの闇と自分という存在の意志とがぶつかりあう一人の少女。



たった二つの存在。だけどその二人の少年と少女は自らの存在をかけて必死に戦っている。周りから見れば些細な1ページでも、彼らにとっては重要でこれからの未来がかかった、壮絶な一瞬だった。



「玲・・・」



今までの記憶はない。銀の刃が俺に突き刺さり倒れ込み、瀕死の状態で意識が遠のいていくまでは覚えている。だけどそこからの記憶は欠落している。そこから今までの間の短い記憶だけが、削ぎ落されたように俺の記憶には存在していなかった。




だが、今はそんなことどうでもいい。今までの俺なら、記憶がないのに自らが大変な傷跡を残してきたことに恐怖を覚え、脅えていた。だけど今は違う。今俺は、記憶がなくともこれから自らがやるべきことを理解している。しっかりと体に刻み込まれている。



玲を、闇の世界から救い出す。光に満ちた、輝かしい本来在るべき世界に連れ戻す。それが俺がやるべきこと。なにがあっても、どんなことがあっても玲を俺達の元へ連れていく。玲が居た、暖かで笑顔に満ちた世界へ!



君が僕を闇から何度も救い出してくれたように、僕も君を闇から救い出す。いくぞ!!



「・・・っ」



 俺が名前を呼んでも、玲が答えることはなかった。じっとその場に立ち尽くし、ずっと体を震わしている。歯をくいしばり、手はくさり鎌を震えるぐらいに強く握りしめている。今、玲の中でなにが起きているのかはわからない。だけど・・・その震えは確かに何かが起きていることを証明しているものだった。



「玲、おい玲!!」



俺は玲に声をかけながら大きく体を揺さぶった。玲の体は軽かった。俺の手に合わせて素直になんの抵抗もなく前後に揺れていた。金髪のツインテールがふわりふわりと揺れる。だけどそれでも顔はずっと俯いたままだった。上がることは一度としてなかった。揺れで首元が少しぐらつき、かすかに揺れているだけだった。



それでどうにかなるとは思っていなかった。だけどその時、不意に揺れる中で玲の口からある言葉が滑りだした。



「・・・キエロ」



「え・・・?」



いつもの玲の声からしたらずっとずっと低い声。高圧的に押し潰され、言葉として具現化するのも難しいぐらいに低くかすかな声だった。



だけど、その言葉は・・・



「キエロ・・・キエロキエロ、キエローーーーッ!!!」



「!!」



ビュッ!!



その時、今までずっと硬直状態だった玲の体が、解き放たれるように動き出す。最初に放った動作は、その片手に持たれた銀のくさり鎌の刃を俺へ振りかざす、いわば俺への殺意だった。



「くっ!!」



ピキーン・・・!!



俺はなんとか剣でそれを防ぐが、その力は想像以上に強く、重いものだった。俺自身も力を込めて剣で玲の刃を受けとめたのに、俺はその玲の刃の力に負けて弾かれてしまった。俺はよろけながらもなんとか踏ん張り、こらえる。



今の玲の力、そしてその強さ。それは通常の状態からくるものではなかった。理屈うんぬんではなく、全ては感情からくるものだった。そして、今の玲を突き動かしている感情といえば・・・



「憎い・・・お前が憎い・・・。キエローッ!!」



俺という存在への憎しみ、そして怒り。



ヒュルヒュルヒュル!!



いや違う。



「くそっ!!」



玲が憎み、恨んでいるのは、Aランク以上の全てのドラゴン。本当は、自分を傷つけた小学校時代の同級生、そして自分に出来そこないというレッテルを貼った父親、祖父母にその矛先は向けられるはずなのに。今の玲の中では、苦しみが積もりに積もって限界を超え、ついにその矛先はAランク以上の全てのドラゴンに向けられるようになったのだ。



今まで見ていたものが激しい怒りのせいで隠され、惑わされ、そして変えられる。醜い、歪んだものへと姿を変えていく。



ピキーン、ピキピキーン・・・!!



 玲の手からくさり鎌が蛇のようにうねりながらつぎつぎと襲いかかってくる。その様は鬼神のごとく、俺が必死に寸でのところで跳ね返しても、今度はそれよりも強い力で俺にくさり鎌を投げつける。その一撃の一つ一つが、玲の怒りとなって俺に叩きつけられているようだった。



「憎い、憎い!!お前達が憎い!!!私がなにをした、一体なにをしたというんだ!?どうしてお前達は私をバカにする、私がBランクだからか?力が弱いからか?だけど私にどうしろというんだ!私だって嫌だ、私だってこんな風に生まれたくなかった。だけどどうしようもないじゃないか。私が私であることを、変えようがないじゃないか!!なのになぜ、お前達は私を・・・私を!!」



その醜い感情で支配された刃は、あまりにも悲痛で、あまりにも痛々しくて、そして壮絶なものだった。今までずっと溜めこんで、誰かに迷惑をかけたくなくて平気を装って、隠してきたものが、今怒りに乗せて爆発していた。



それが、その全てが玲が無理やり心の奥底にしまい続けていたものだった。本来ならどこかで発散させなければいけないものなのに、玲はその全てを外に漏らさず溜めこんでいた。その量は、もう一人が抱え込むには到底不可能な域に達していた。むしろ今までよく我慢できていたものだ。



今まで気付けなかった玲の苦しみ。俺はこうなるまで気付いてやることができなかった。



「私は・・・私は・・・」



「ん・・・?」



不意に、玲の攻撃の手が弱まった。先程まで俺を圧倒し、吹き飛ばそうとするまでに殺意を向けていたのに、突然火が消えたように静まった。その声も怒りがむき出しになっていた興奮状態から、震えて今にも消えそうな弱々しい声となっていた。



「私は・・・ただ普通に過ごしたかっただけなのに・・・。みんなと一緒にいたかっただけなのに・・・」



ポタリ、ポタリ・・・・



地面に、水滴が一滴、また一滴落ちていく。地面に落ちて弾け、そして染み込んで消えていく。次から次へと頬、そして顎を伝って水滴が落ちていく。体が大きく震えている。その震えは、さっきまでの震えとは違っていて・・・。



「玲・・・」



それが本当の、真の玲の願いだった。望んだものだった。ただみんなと一緒に過ごしたい、歩いていきたい。それだけのことなのに、周りの存在はそれを拒絶した。相手にもしなかった。



Bランク。たったそれだけのことで玲の存在そのものを否定し、遠ざけていたのだ。玲は何度も何度もあきらめずに手を伸ばしたのに、みんなはそれをBランクということだけで振りのけていたんだ。その後に、その想いも踏みにじるような卑劣な言葉を玲に浴びせて。



だけど玲は・・・、それでも玲は!



「なのにお前らは、お前らは・・・。あああああああああっ!!!」



この空間に、玲の悲痛な叫びが甲高く響き渡った。その声は悲しみに溢れていて、この空間を悲しく揺らした。その叫びは聞いていて涙が出てくるほどに、玲の苦しみを表していた。



玲は寂しかった。たまらなく寂しかった。そして何度も何度も想いを跳ね返されて、悲しみに暮れていた。一体なんのために彼女にそんな苦難を与えたのだろう。彼女はただ普通に、一緒にいたかっただけなのに、どうしてそんなことも叶えてあげないのだろう。



一人の少女に背負わせるには、あまりにも酷なものだった。いや、背負うなんてことは不可能だった。誰もそんなもの一人では背負えない。背負えるわけがない。



だけど誰も玲に手を差し伸べなかった。差し伸べたとしたら同じBランクだった健だけだった。もし健にも出会ってなかったら、彼女はきっと、存在を保つことができなかっただろう。だけどそれでも彼女にはまだ足りなかった。彼女の苦しみは二人でも背負えきれないほどに膨れ上がっていた。



「・・・お前達が、憎いいいーーーーーっ!!!!」



バシュッ!メキメキメキメキ!!



「なっ!?」



 地面が急激に凍っていく。玲を中心にしてこの空間の全てが凍っていく。地面はもちろん、草も木も街灯も建物も、その全てが凍った。この空間が氷の世界となった。辺りの温度が急激に下がり、息が真っ白になった。空気も冷たくなり、肺に入るたびに冷えて苦しくなった。



「キエロ、キエロキエロキエロ、キエローーーーーーーッ!!!」



シュン、シュン、シュンシュンシュン!



俺の頭上に、幾つもの氷の刃が現れ一斉に俺に向かって降り注ぐ。



「くっ!?」



パリーン、パリパリパリーン、グワシャーンン!!!



次から次へと氷の刃が落ちてくる。俺はそれをなんとか転がるようにして避ける。凍った地面にぶつかった氷は凄まじい音と共に砕け散り、キラキラとした氷の欠片になって辺りに散らばっていった。だけどその氷の刃は更に速度を増して俺の頭上に形成され続けた。辺りに連続でガラスが割れるような音が鳴り響き続ける。そしてその氷の刃の一つ一つに、俺への強い殺意が込められていた。



「死ねええええええっ!!!」



ヒュルルルルッ!!



そして俺が大きな氷の刃を前へ飛びつく形で避けて着地した瞬間、今度は絶氷に包まれたくさり鎌が勢いよく俺目掛けて襲いかかって来た。



「くっ!!」



俺はそれを漆黒の剣で防ごうとした。しかし



ピキーン!!パリメキピキメキメキッ!!



くさり鎌の刃が俺の剣に触れた瞬間、俺の剣さえも凍りつき始めた。刃先から柄に向かってどんどん凍っていき、ついには俺の手にまで浸食してこようとする。



「くそ・・・こうなったらもう賭けだ!行くしかねえ!!」



スッ・・・



俺は完全に凍ってしまった剣を手放した。そしてなんの武器も持たぬまま、俺は玲へ向かって全力で走り出した。



ダダダッ!



「来るな、来るな来るな来るなッ!!!」



ババババッ!!



凄まじい勢いで俺に向かって氷の刃が降り注ぐ。だけど俺はそれに構わず走り続けた。ただ真っ直ぐに、一直線に玲へ向かって走った。途中氷の刃が肩や足にかすめて血が飛び散っても、衝撃でよろけても、俺は走り続けた。



玲の元へ!!



「来るなーーーーーーーーっ!!!」



玲は氷の刃を大きく振りかざし、俺へ向けて思いっきり振り抜いた。



ブシャアアアッ!!!



氷の刃は見事に俺を貫通した。激しく血が飛び散った。だけどそれでも俺は手を伸ばし、玲の体を強く抱きしめた。



「もう一人で、一人だけで苦しむな玲・・・!!」



「!!」



刃が突き刺さった箇所からどんどん血があふれだしてくる。凍った地面に、赤い血がどんどん白みを帯びた地面を汚していく。玲の体は冷たかった。冷たくて震えていて小さくて、とても弱々しかった。



「ランクなんて関係ない。そしてお前は弱くなんかない。いや、むしろお前は強い。俺なんかよりも、そしてあの連中よりもずっとずっと強い。誰よりも強い心をお前は持っているはずだ」



おそらく本来なら凄まじい痛みが俺を襲っているだろう。だけど俺はそんなことは忘れていた。ただ玲の震える体を抱きしめることだけに意識が向いていた。



「私は・・・私は・・・」



「だけど・・・、お前は強すぎるんだ。なにもかもを自分で、自分一人で背負い込んで、悲しみも苦しみも、全部全部一人で背負って・・・」



苦しみ、悲しみ。これらの感情は、一人の存在だけでは収まりきらないほどに大きいものだった。自分一人じゃ、持ち切れない。頑張って持とうとしても、いつかは溢れだす。溢れだしたものは、今度は憎しみと怒りとなって心に存在するんだ。そして、自分自身を苦しめていくんだ。



「だからお願いだ。お前の苦しみを、俺達にも背負わせてくれよ。受け持たせてくれよ。そのために、俺達仲間は、友はいるんだろ・・・?」



だけど二人なら、いや三人、四人、五人・・・大勢の存在同士が助け合えば、苦しみや悲しみは背負うことができる。みんなが居れば・・・みんなが助け合えば・・・、存在は存在として乗り越えることができる。自らの闇を、乗り越えることができる。



「誰もお前を、一人にはしない。確かにずっと前までは一人だったかもしれない。だけど今は、お前にはたくさんの良き仲間がいるはずだ。俺も、健も、工藤も、伊集院さんも、そして学校のみんなも、みんなみんなお前のそばにいる。お前と共に歩いている。だから玲・・・」



「俺達の元へ、帰ってこい・・・」



いつのまにか、俺の眼にも涙が浮かび頬を伝ってこぼれ落ちていた。玲の体からは震えが消え、力が抜けて俺に体をあずけるような形になっていた。俺に突き刺さった刃を持つ手も、だらんと下がり凍った地面に添えられていた。



「蓮、君・・・」



全ての始まりは竜族の間のランクにおける差別からだった。力の強弱で存在の価値を決め、優越を決め、自分よりも下の存在を虐げる。なんと愚かなことなのだろうか。そしてそんなことで、ほかの存在が深い傷を負っていた。



許されないことだった。あってはいけないことだった。だけど存在はそんなことにも気付かずに、流れに乗って、周りに惑わされて、そんなこともわからなかった。



存在は愚かなものだ。そして・・・もろいものだ。



「私、私・・・っ!!」



「いいんだ玲。もういいんだ。なにも言わなくてもいい。お前が俺達の元へ帰ってきてくれた、それだけでもう充分すぎるほどに充分だ」



 玲の震えは完全に消えた。そしてその体に、少しずつ暖かさが戻って来た。声も、いつもの玲の声へと戻っていた。



そこに、俺の腕の中に、いつものあの玲が戻ってきていた。



「・・・ごめん。そして・・・ただいま!」



玲は一言俺に謝った。そして今度は明るい声で、はっきりとした声で俺にその言葉を告げた。俺はそれに小さく笑みを浮かべて、さらにギュッと玲の体を強く抱きしめて答えた。




「ああ・・・。おかえりっ!」





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