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第百三十話 闇から光へと~痛みに触れて、過ちを思い出して~



「さて黒田 大吾、始めようか。と、その前に、そろそろその姿を解けよ。そんな偽りの人間の姿じゃなく、お前の本当の在るべき姿を現せ」



 闇の鼓動。薄暗いこの空間に静かに響き渡る姿無き威圧。瀕死の状態から、意識が遠のき、辺りが真っ白になった瞬間の突然の声で、事態は反転する。



もう一つの存在、フェンリル。彼はいつ現れるかもそしてどんな時に現れるかもわからない。だけど、彼の力は比類なき強大さを誇り、そして・・・深いかなしみを背負いながらも、一之瀬 蓮と共に存在し、協力し、進むべき道を切り開いてくれる。



彼がそこに存在する時、辺りは闇へと包まれる。暗く、冷たい闇がこの場を支配する。もし、少しでも弱さがのこるものなら、たちまちその闇に呑まれるだろう。闇は心を映し、その存在の弱さを喰らう。故にこの闇に立ち向かえる者は、この世界でも数少ない。



「くっ・・・なめやがって・・・」



 フェンリルに挑発された黒田はその表情に怒りをみせながらも、それを上回るような動揺を必死に隠そうとしていた。そしてその姿も、人間の姿のままだった。



「どうした。そのままでは本来の力の全てを出しきれないだろう?それとも、その姿でないと俺の前に立つことができない、そんなオチでもあるのかな?」




「!!」



フェンリルがそう言うと、黒田はわかりやすいぐらいに体をビクつかせた。その姿、その雰囲気、今までとなんら変わらないはずなのに今の姿は先ほどよりもずっと小さく見えた。



フェンリルの存在が大きすぎるというのもあるが、本当にそれだけなのかと言われれば、疑い深いものがあった。



「すまないがお前という存在を少し解析させてもらったよ。お前・・・どうやら「攻撃魔法」が使えないようだなあ」



「なっ!?」



黒田は、まるで恐ろしいものでも見たかのようにたじろいだ。



「お前の魔法は全て相手の心を惑わす魔法。つまり相手に直接ダメージを与えるのではなく、内側から間接的にその存在を惑わし、ダメージを与える。今、玲があの状態になったのも、そしてほかの竜族の「はしくれ」共を掌握し、自らの工作の糧としたのも、その力だろう。ふむ、実に面倒な魔法だな。なにせ形のないものだ。防ごうと持っても防げない。いや、そうなったことにも気付かないか。だがな・・・」



ジャキッ



「その魔法、その存在を知られた瞬間、それは究めてもろいものとなる。姿かたちがわからないから恐怖を覚える。だが、正体がわかってしまえばそんな魔法、余興にもならない。ましてや、実体化している攻撃魔法に敵うわけもない」



「我が前において、お前の魔法など全て無価値。それがお前の解析結果だ」



漆黒の刃先は、黒田へと向けられた。その先から放たれる静かなる威圧は、あらゆる現実を叩きつけるように、その存在に向けられていた。攻撃魔法が使えない。それはこの戦いにおいて、これほど有力な情報もなかなかないというほどに、重大な意味を担っていた。



「てっめえ・・・竜族のくせしてなめやがって!お前らはいつでもそうだ。甘いんだよなにもかもが。何度も何度も裏切られた存在に、なぜお前らは従うんだ。そして守ろうとするんだ!そんなにヒーローになりたいか、良い子ぶりたいか。見ていてむしずが走るよ、お前らをみてるとさあ!!」



「そんな甘ったれた、ぬるま湯につかっているお前らに我が魔族が敗れるわけがない。俺達の苦しみがわかるはずもない。今まで何度となく我が同志が貴様に闇に葬られてきた。その苦しみを・・・お前にも味あわせてやる!自らの闇へとその身を滅ぼせ、呪われしブラックドラゴン!!」



「The darkness of mind to provisions!!」



バシュッ!キュルキュルキュル・・・



「おもしろい。その心を喰らいし魔術、この身で受け止めてやろうじゃないか」



ピキーン・・・



黒田から放たれた赤色の紋様は、不穏な音を立てながらフェンリルに向かって飛んでいった。しかしフェンリルはそれを止めなかった。彼の力からすれば、それを弾くことなど容易だったはずなのに。だけど彼はそうしなかった。自らの体にその紋様を受け止めさせた。



自らの闇、それは誰しもが見ることを拒絶するもの。だが彼は違った。彼は自らの意志で自分の闇を見ようとした。それは興味本意とかそういう世界ではなく、ただ、自分の持つ闇に



彼は浸りたかった、それだけだったのかもしれない。



「・・・俺の闇か。もう遠い昔の話だが、忘れはしない。いや、忘れてはいけない。俺が犯した罪は、俺が存在している限り消えることはない。一生背負うべきもの、その重荷がなくなることはもう一生ない事なのだろう・・・」



「だけど・・・俺は自らの闇を否定することは決してない。過去に起きたことが、事実であることに変わりはない。それを変えることも消すこともできない。いや、もしできたとしても、俺はその術を決して使わないだろう」



「過去があるから今の俺が居る。過去の過ちがあるからこうしていられる。自分の過去を消してしまったら、あいつの死は無意味なものになる。俺はそれだけはしたくない。あいつとの繋がりを消してしまったら、俺はこの世界から消えてなくなるだろう。俺は・・・もう二度と大切なものを失いたくない。失わせたくない。この手からこぼれ落ちた、俺の輝かしき光の時の砂を俺は・・・無駄にはしない。いや、させない!!」



「すまない・・・、だけどこの世界に居続けることを・・・許して欲しい。そして、その優しき心で見守っていてくれ。俺を、そして一之瀬 蓮を。我が愛す・・・いや、親愛なる友、ユウナ・・・」



スッ・・・



そしてフェンリルはゆっくりと眼を開ける。その眼に光を宿し、紅き眼はその先の存在へと注がれる。



「お前のおかげで俺は過去の自分に触れることができた。痛みを感じることができた。お礼を言わしてもらう。だがお前の魂はこの世界に存在していてはならない。だから・・・俺のこの手で、お前をこの世界から消し去ってやる!!」



ジャキン



そしてフェンリルはその片手に持たれた漆黒の剣を天を仰ぐように、突きあげる。その柄に、もう片方の手を優しく添えて。



「バカな!我が魔術が効かないだと!?なぜだ・・・なぜお前には何も起きない。なぜお前は自らの闇に屈しない。なぜだっ!!」



黒田は激しく動揺する。その表情にはもう恐怖以外のなにものも映っていない。今まで数多くの恐怖を与えたその存在は、今逆に自らの恐れによってその全てを支配されていた。そしてそんな黒田をよそめに、フェンリルは詠唱を始める。



「闇をこの手に、姿無き闇を我が前に・・・」



ブウォン・・・ブウォン・・・



「悪しき魂は闇に呑まれる、悪しき魂は闇へと消える・・・」



ブウォンブウォン!!



黒田の周りに円形の丁度マンホールぐらいの大きさの黒い魔方陣が、円になって黒田を囲むように次々と出現する。一つ、また一つとその魔方陣は黒田を取り囲み、その姿を完成の域へと近づけていく。



「やめろ!やめてくれ!!俺は人間だ。お前らが守らねばならない人間だ!!お前に私が殺せるわけがない。いや、殺すことは許されないはずだっ!!」



魔方陣に取り囲まれながらうろたえる黒田。その姿にはもう理性という名のものはほとんど失いかけていた。あるとすれば、恐怖と脅えだけが、その身に取り残されて存在を支配していた。



「我はここに願う。黒き雷鳴を天より授け、悪しき魂に神のごとき裁きをこの者に与えん・・・」



ブウォンブウォン、ブウォウォン!!



そして黒田の動揺をよそ目に、周りを黒き魔方陣が完全に取り囲む。その一つ一つに複雑な紋様が刻まれ、その場でゆっくりとした速度で回転し続けていた。表面に、うっすらと黒い霧を放出しながら。



「やめろっ、やめてくれ!!頼む、命だけは!!俺は人間だ、人間は殺せないはずだ!!」



「・・・確かにもう俺は二度と過ちを犯したくない。故に人間も殺しはしない、傷つけない。だが・・・お前は人間じゃない。お前は「魔族」だ。そしてお前は、多くの存在の心を傷つけ、苦しめた。そんなお前が、この世界に存在し続けることは許されない。いや俺が許さない」



「体の傷よりも、心の傷の方が程度は浅くても、深く長い間残り続ける。お前は・・・責任をとらなければならない。一生その身で背負い続けなければならない。だが、お前はその自分のした過ちについて全く理解していないようだ」



スッ・・・



シュン、シュン、シュンシュンシュン、シュン!!



フェンリルが剣を半回転させると、まるでなにかの合図かのように魔方陣から天へ向かって、一筋の黒き光が走り柱のようになった。そしてあっという間に取り囲んでいた全ての魔方陣が柱となり、黒田の前に現れる。



「さて、いよいよ最期の時だ。せっかくだから冥土のみやげとして良い事を教えてやろう。お前・・・その姿を選んだのは自らの闇から逃げるためなんだろ?攻撃魔法が使えない、だから攻撃的な姿になり、誰かを直に攻撃できる側に立った。自らの闇を忘れ、消し去りたい、だからお前はこの世界でその姿で在り続けた」



「・・・わかるよ。誰だって自分の闇をなくしたい、消し去りたいと思う。それはみんな同じだ。その闇にどう付き合っていくか、それはみんなそれぞれ違うだろう。そしてお前は、その闇を隠す、目を向けなくて済む環境を作り出す方法をとった。お前のその力なら、それも充分に可能だろう」



「だけどさ、それはただ隠しているだけで、闇はどこにも、なんにも消えちゃいないんだ。闇を恐れ、痛みから逃げて、闇と向き合うことを拒絶していただけなんだ。だが、それは間違いではない。多くの人間が存在がその手法をとるだろう。どうしても、逃げたいから、できるかぎり、楽な方法をとりたいから」



「だけどさ・・・」



チャキッ



「闇は、痛みはやっぱり存在には必要なんだよ。そしてその闇に、正面から向き合おうとしているやつも、確かにこの世界にはいるんだ。俺はそれができなかった。だけどそうしようと必死に頑張っているやつがいる。俺はそいつを知っている。そんなやつもいるんだ。だから・・・」



「人の闇に、うかつに他人が触れてはいけない。触れていい時は、その存在をがそれを許した時だけだ。ましてや傷つけるなんてもってのほかだ。だから忘れるな、闇は存在に必要なものであり、存在にとって闇との付き合い方は幾つもあるのだということを・・・」



シュッ



そしてフェンリルは漆黒の剣を天高く掲げる。



「心の痛みを、その身に刻みつけるがいい」



「Dark heavens pantheon spirit judgment・・・」



ヒュォォオオオオ!!!



円形に取り囲む魔方陣が一斉に激しく光り出す。柱と柱を繋ぎ、一つの巨大な筒状の空間を作り出す。そして、その円形の空間の上空に、渦を巻きながら空がその部分だけ怪しくくぼんでいく。



「わ・・・ひっ!?」



「さようなら・・・一つの存在よ」



そして



シュイインン!ギュギャアアーーンンン!!!



暗き漆黒の空から、一筋のいかずちがその空間に降り注ぐ。辺りに激しい音が響き渡り、地面は大きく揺れる。眩い光が空間を支配し、辺りを取り巻く闇をその閃光で切り裂いていった。



シュウウウ・・・



そしてその空間の中心から焼け焦げたような跡と黒い煙だけが残った。先程まで確かにそこにいた、黒田の姿はどこにもない。その痕跡といえば、天へ向かって消えていくその黒い煙と、円形の中心部に小さくキラリと光る、たった一つのカケラが残されているだけだった。



「さて・・・これで俺の仕事は終わりだ。この空間における闇は俺が請け負った、後はお前がこの空間に光を与えてやれ」



スッ・・・



「少しばかり余力を残しておいた。微々たるものだが、それでも30分ぐらいはもつだろう。後はお前に託す。お前が守るべきものと誓ったものを、お前自身の手で救ってやれ。お前ならそれができるはずだ。前へ歩くことを決めた、お前になら・・・」




「じゃあな、一之瀬 蓮。がんばれよ」





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