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第百二十七話 歩みは別の道~気付けなかった、それを、俺は~



「・・・くっ!」




ガキーンッ!!




 フッと体から力が抜けるように自分の意識に反して俺の体は地面に倒れかかる。しかしそれを剣を地面につけて、なんとか態勢を保った。剣の先を地面に付けた瞬間乾いた金属音のような音が響き、振動が剣を伝うように手元に伝わって来た。



「さすがに・・・きついか。だけど前よりはましだな」



血塗られた闇の紋章。通称死を司る紋章。俺の手に宿りしこの紋章はそう呼ばれている。そもそも紋章は竜王の血を継いでいること、なおかつ魔力が他より際立って強く、そして自らの存在、力の全てを理解していること、それが紋章を持てる条件である。だから竜族の中でも、魔法は扱えても紋章を持つ者は数少ない。



そしてその条件の一つの自らの存在、力を理解すること。それには自分の「過去」というものが必要不可欠だ。過去知らずして自分の全てを理解するなんて、できっこないからな。そういう意味では、俺の持つこの紋章はまだ完成の域の達しておらず、いわば未完の紋章なのだと、工藤は教えてくれた。



だけど未完ながらも、使える魔法は絶大な威力を誇る。どんなに困難な状況でも、打開できるだけの力を持っている。今俺が使える紋章の力は、全てを無に帰する魔法、そして今放った魔法の二つのみ。だけどその二つとも、状況を反転させるだけの力を持っていた。現に今もこうしてあいつらを倒すことができた。




だけどもちろんそれには代償がある。絶大な力を誇る代わりに、自らの持つ魔力の消費も著しく多い。並みの魔法では比にならないぐらいの消費量だ。言ってしまえば、この紋章の力は一撃必殺と言えるだろう。一度に打てるのは一回のみ。連発するなんてことは到底不可能だ。



前に放った時は自分で立つことも出来なかったが、今はまだかろうじて体を動かすことはできた。詳しいことはわからないが、あの全てを無に帰する魔法よりは幾分か魔力の消費は少ないようだ。まあどっちかっていうと、あっちが多すぎたとも言えるのだが。



なんにせよこの紋章を使った後の代償は大きすぎる。もしもこれで仕留め切れなかったら、俺は確実に負けていただろう。もう俺には動くことはできても戦うほどの力は残されていなかっただろうから。



「や・・・ったのか?あいつらを」



 健がゆっくりと起き上がって辺りを見渡し、俺に尋ねてくる。さすが健だ、あれほどの傷を負っても回復するのが早い。もう起き上がれるぐらいの体力まで回復している。



「ああ・・・あの男グループの面々は倒した・・・はずだ」



後ろを見渡せばあの男グループの4人が地面に横たわっている。気を失っているのか、動く気配は全くない。まあ少なくとも死ぬほどの傷は負わしていないから、時間が経てばいずれ目を覚ますだろう。まあ後々大変だろうがな。



あの4人はさすがAランクと言うだけあって、その実力は計りしれないものだった。もしこの紋章の力がなかったら、俺は勝つことなどできなかっただろう。だけどまあなんとか倒せたわけだし、一件落着といえば一件落着なのかもな・・・




あれ?



一件落着・・・?あれ、なにかがおかしいぞ。



頭の中に、突然浮かび上がった謎の違和感。だけどそれはとても大事なことのような、忘れてはいけないことのような・・・だけどそれは一体・・・。



俺は急速に膨らむ不安を押しのけながら今までのいきさつ、記憶を辿っていく。今までなにも気にしていなかったこと、抜け落ちていたことがあることを確信して辿っていく。



俺達は戦った。同じ竜族である男グループと。そのグループは健と玲の小学校時代の知り合いであり、健達の目の敵と言ってもいい存在。そしてそいつらと祭りの時に再び再会し、あの二日前のこと、そして小学校時代の時に受けた借りを返すと、あっちからから絡んできた。そして挑発するあいつらに俺達もそれに応戦し、戦闘に発展した・・・



借りを返す、小学校時代、二日前の時の借りを・・・



「あ・・・」



二日前の出来事で、そこに居た人物と今ここに居る人物とを比べると不足している存在がいる。それはここに来る前に別れた玲と、そして



黒田 大吾



記憶の中で欠落していた部分が鮮明に蘇る。今まで過ごしてきたこの時の流れで、あきらかにこの場に不足している人物がいる。それが黒田 大吾だ。そもそもこの戦闘に発展したのも、あいつがこいつらを引き連れて「こいつらがお前達に用がある」とか言ったのが事の発端であり、そしてそこから戦闘は始まった。



違和感の全てがいまわかった。その元凶は、最初に居たはずの黒田 大吾がこの場から消えていることだ。いつから居なくなったのかはわからない。だけど始め確かに彼はそこに居た。俺達と会い、そして話した。だが彼の姿はここにはどこにも居ない。



なにかがある、なにかが関与している。なにかが進行している。俺達にとってそれは大事なことのはず。本来ならあんな奴居ない方がいいのだが、だが今放っておいていい存在では確実になかった。



「なあ健、黒田 大吾が・・・居なくないか?」



俺がそう言うと、健はなにかを悟ったようにキョロキョロと辺りを見渡す。辺りには誰もいない少なくともこの空間では俺達以外に動ける者はいない。あの男グループの一人が張った結界も、気を失っていても張った状態のまま維持されている。まあこんな場面を一般人に見られたらすぐに警備の人に取り囲まれるのがオチだろうから、それはよかったんだけど。



「確かに・・・居ないな」



「健達の小学校時代の知り合いってことはあいつも竜族なんだろ?ならこの静止した空間じゃ一人だけ目立つはずなんだけどな・・・」



考えられるとしたら戦闘を起こすだけ起こして自分だけ逃げたとかそんなところだが、しかしどうにも引っかかる。どうにも黒田 大吾の存在が変に感じて仕方がない。ただ健達の小学校時代の知り合いといえばそうなんだが・・・。



「あのさ蓮、俺・・・ちょっと不思議に思ったことがあってよ」



あれこれ考えていると、健がなにやら深刻な面持ちで俺に話しかけてくる。それで俺の思考は一旦は中断される。



「ん?なんだ健」



俺がそう言うと健はポリポリと頭をかいてから、言葉を繋ぐ。



「もう少し早く言えばよかったんだけど、あいつらに出会ったのは前のバスターミナルが最初だよな。そん時にあっちから黒田 大吾って名乗って来て、それに俺はそんな名前は知らないって言ったんだけど。実際、あれは挑発でもなんでもなくて、俺は素直にその名に心当たりが全くなかったんだ」



「え・・・?」



一瞬、身のけがよだつような感覚が全身に伝わった。俺はその言葉に頭が真っ白になった。



「それであの後家に帰って、押入れの奥から小学校の卒業アルバムを引っ張り出してきたんだ。小学校時代たってもう何年も前の話だ。ましてやそんなに関わりの無かった玲以外のやつらの名前なんて忘れていてもなにも不思議じゃない。そう思ってクラス全員が写真付きで載ってるページを開いてみたら・・・」



ゴクリ・・・



俺は思わず息を呑んだ。湧き上がる嫌な予感に胸を締め付けられながら。



「・・・ないんだよ。あの男グループの面々の姿はすぐに見つかったんだけど、いくら探してもあいつの顔がないんだよ。生徒名簿を何回見ても、「黒田 大吾」の名前なんてどこにもないんだよ」




・・・運命のイタズラは今までの戦闘ではなかった。



恐るべき真実がそこにあった。だけど俺達はそれに気付かなかった。いや気付かされなかったという方が正しいかもしれない。



「あいつは・・・健達の知り合いじゃない?」



全ての事柄が間違っていた。それが真実だと思っていたものが突然手のひらを返して、虚構のものとなっていた。



誰がこんな展開を考えたのだろう。誰がこんなからくりを仕掛けたのだろう。そして俺達は、どうしてそれに完全に踊らされていたのだろう。



周りにあった真実と思っていたものが一気に崩れ去り、新たな真実がパズルのように組み合わされ、本当の真実が俺達を嘲笑うかのように目の前に現れた。



「黒田 大吾・・・それは健達の知り合いでもなんでもなくて、そしてここに最初は確かに居たはずなのに今は居ない。今ここに居るのは俺、健、そして男グループ4人の計6人。二日前のあの時と比べて足りていないのはその黒田 大吾と・・・」



そして俺の思考回路から残酷にもその答えは弾きだされた。



玲が、危ない



「なんてことだ・・・。まさかこんなことが・・・」



俺は額に手を添える。冷や汗がどんどん吹き出してくる。だけどそんなことでは済まされない出来事が目の前で起きていた。



そしてその時俺は、工藤のあの言葉を思い出す。



「さあ~てなぜでしょうか?もちろんそういう係りの人は大勢いますよ。でもそれでも我々に警護を要請した。なにか理由でもあるのでしょうかね~。わざわざ我々に頼むことに、なんの意味があるのでしょうか」



あの時の電話での工藤の声が、俺の中で鮮明に迫りくるように蘇った。



「・・・くそっ!!!」



俺は叫んだ。そんなことをしても目の前の現実は変わらない、時は戻らないことはわかっていた。だけど叫ばずにいられなかった。自分が情けなくて仕方なかった。自分がひたすらに嫌になった。



気付けるチャンスはあった。いくらでもあった。寸前のところまで俺にヒントを与えていた。だけど俺は気付けなかった。目の前の「作られた」現実に惑わされ、見事にその手に乗っていた。なんとまぬけだろうか。バカとしか言いようがない。こんなに大事なことにさえ気付けないなんて。くそ、だめだ・・・自分のふがいなさに笑いがこみ上げてくる。



「どうしたんだ蓮。一体なにがどうなっているんだ??」



健が少し混乱した様子で俺に尋ねてくる。俺はそれに天を仰ぎながら答えた。



「あいつは・・・黒田 大吾は俺達と同じ竜族なんかじゃない。ましてや人間でもない。あいつは・・・あいつは「ターゲット」だったんだ。自分の正体を隠し俺達に接触し、刻々とチャンスを狙っていたんだ。最初、あのバスターミナルで出会ったあの時からな。しかもそれは俺達ではなく、「玲」に狙いをつけてな」



「!!」



全てはあいつの作戦だったんだ。記憶操作でもしたのかしらないが、あの男グループに自分が同じ仲間と思いこませてそのまま俺達に接触。あたかもあいつもあの男グループと同じ健達の古い知り合い、竜族であるという認識を俺達に植え付けて。そしてわざと挑発して敵対心を抱かせる。



そして今日のこの日、俺達が二人になったのを見計らってあたかも偶然を装って接触。そして確かに健達に借りがあったあの男グループを利用して戦闘にまで発展させる。そして黒田はその隙にいつも俺達と一緒にいたはずの玲に接触したんだ。この戦闘は、俺達と玲とを切り離すための工作だったんだ。



だけど感情的になった俺達は黒田が居なくなったことにも気付かず、まんまと男グループと戦闘していた。あいつは自らが作った偽の真実を本当の真実と入れ替えて俺達を惑わしていたんだ。自分の目的を果たすために・・・。



「こうしちゃいられない。一刻も早く玲の元へ行かないと!!今一番危険な目に遭っているのは玲だ。早くしねえと大変なことになっちまう。いくぞ健!!」



ダッ!



 そして俺が走り出すと、そこに在るべきはずのもう一つの足音がその場に響かなかった。一緒に玲の元に行くはずの、健の足音が。



「・・・?」



俺が不思議に思い後ろを振り向くと、そこには俺に背を向けて立ちつくす、健の姿があった。



「な、なにやってんだよ健。早くしねえと取り返しのつかないことになるぞ!」



俺がそう言っても、健の体はピクリとも動かなかった。その代わりに、ある言葉がこの空間に響いた。



「すまん蓮。俺は行けねえや・・・」



背を向けたままそう言った健。そのせいで表情は見えないが、健は確かにそう言った。



「な、何言ってんだよ健・・・。お前が行かなくてどうすんだよ。お前は玲の・・・」



「俺は玲の元へは行けない。その資格は俺にはない」



俺が言う間もなく、健はハッキリとした口調でそう言い放った。天を仰ぎながら、その視線に映るものをじっと見つめながら、健は言った。



「俺は・・・俺はまた玲を一人にした。自分の感情、気持ちを優先して、玲のことを考えなかった。俺は玲よりも自分のつまらない感情を優先した。そんな俺に・・・玲の元へ駆けつける資格なんてないんだよ」



俺は全く健の言っていることが理解できなかった。なにも言えず、その場に立ちつくしていた。そしてそんな俺に向けて、健は話を繋げる。



「だから玲を頼む、蓮・・・。お前があいつを助けてやってくれ。あいつがまだ生きているとしたら、多分通りの先にある小さな山の入り口にある、神社に玲はいるはずだ。本来ならそこが待ち合わせ場所だったからな。さあ、蓮は早くあいつの元へ行ってやってくれ。俺はここの後片付けをしておくからよ」



呆然としている俺に話す健。俺はその言葉でようやく自分の感情が表面に出て、言葉を口にすることができた。



「な、何を言って・・・」



俺がそう言いかけた時、その姿を見て俺の言葉はそれ以上続くことはなかった。



健の体は、プルプルと震えていた。拳をギュウッと力強く握り、腕、肩、そしてその拳が静かに震えていた。



「頼む・・・お願いだ蓮。行ってやってくれ!」



俺は健の言葉をじっと受け止め、一度ゆっくりと目をつむった後、また大きく目を開けて言った。



「わかった。必ず命にかえてでも玲を助けてくる。だから待っていてくれ健!!」



ダッ!!



そして俺は後ろを向き、健をこの場に一人残して走っていった。



「・・・やはり自らの宿命はどうやっても拭えないのか。だけど、俺は・・・」




 二人の少年。いつも一緒に居たはずの二人は、この時初めて別々の道を歩いた。



かけがえのない親友。運命はそれすらも素直に受け入れようとはしなかった・・・





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