第百二十三話 同族の戦慄~疑問と悲観と理解へと~
「さてと。どういきますかねえ・・・」
騒然とする辺り。だけど今の俺達はそんなことすらどこかへ置いてきて、ただ前にいる男グループに対してなにもせず、ただ立ちつくしていた。
数でいえば4対2、それだけで言えば俺達が不利と言えるだろう。だがそれも戦局でいくらでも変えることができる。戦いは生き物だ。何が起き、何がどう影響するのか、その全てを把握することは難しい。しかしそれを理解し、見極めることができた時、戦局を有利に進めることができる。
だが有利になるということは逆に不利になる可能性もまた存在することも、確かな事実だ。
今回もしこのまま戦闘、同族同士の戦いになれば、俺達が不利になる要素は限りなく多い。むしろ有利になる要素を見つける方が難しいぐらいだ。
だけど俺達はどんなに不利な状況に陥ったとしても、勝たなくてはならない。いや、勝敗うんぬんよりも、決して倒れるわけにはいかない。今俺達が倒れれば、全てはこいつらの思い通りになってしまう。玲や健の想いが、こんな奴らの横暴でかき消される、踏みにじられるなんてことが、あってはならない。いや許さない。
負けられない戦い。後ろにはなにもない、前に敵対する存在がいるだけ。
敵対・・・か。
今まで俺達の敵と言えば、ターゲットである魔族であった。魔族の手から人間を守る、それが俺達のこの世界での使命だった。現に今まで何度となくターゲットと戦い、その脅威から人間を守ってきた。
だけど俺は今初めて気付いた。敵ではないかもしれない、だけど争う相手は、なにも魔族に限ったものではなかったということを。俺はそんなことを今さらながら知ってしまった。
あいつらが許せないから戦う。それが俺達の戦う理由。だけどもし理由を抜きにして、外から眺めてみたらどうだろう。なにをやっているんだろうか俺達は。
なぜ同族である竜族と、戦うなどということになるのだろうか。なぜ間に隔たりができて、争うことになるのだろうか。ただでさえ色んな事で精神的に不安定な時に、仲間内で戦ってどうするのだろうか。戦う、だけどあれは、「敵」というべき存在なのだろうか。
ターゲットである魔族にでさえ、少なからず疑問の影がひそんできているというのに。なんだろうかこの展開は。俺達はあいつらに負けられない。だけどあいつらに勝ってそして俺達は・・・
それがぬるいことだとわかっている。だけどもしそうなったとしても俺達は、絶対にあいつらを「殺し」はしない。それだけがターゲットとの戦闘との違いだ。あっちがどうかは知らないが、少なくとも俺達は命まで手にかけはしない。例えどうあっても、どんな存在であっても、その命は奪えない。奪わない。
敵であって敵じゃない。戦い自体に疑問をもつことは何度かあった。だけどこの争いから生まれる疑問は、どの疑問とも重ならなかった。なにかわからない。だけど普通じゃない。今わかるのはそれだけだった。
「この状況でもその姿勢は変わらないか。そうこなくっちゃなあ。せっかくのこの絶好のチャンス。逃げられちまったら元もこうないしな」
周りの人々はあきらかに異様な雰囲気の場から離れ、一部の者はまるで見物するかのようにこちらを見ていた。しかし、争うにしてもこんなところで争うわけにもいかないような。もし何か起きれば警備の人たちがすっ飛んでくるだろうし、ましてやこんな道のど真ん中なら、ほかのお客さんに迷惑がかかる。
だけどここで退くわけにもいかない。さてどうしたもんか・・・。
「このまま素手でぶつかっても勝てそうだが、どうせなら圧倒的な勝利の方がおもしろいしなあ」
「竜族同士の喧嘩なら、それなりの場を用意しなくちゃな!!」
バシュッ・・・!
そう言って男グループの一人は右手を上げる。
「これは・・・」
この気配この感覚。辺りの時が完全に止まり、この空間だけが浮き彫りになったようなそんな感覚。これはまさか・・・!?
「そうさ、お前たちのよく知る「結界」さ。お前らのような雑魚には使えないだろうが、Aランクである俺達なら造作もない事だ。まあそりゃああの伊集院とかのんに比べたら小さいかもしれないが、お前らと決着をつけるには充分なものだ」
ジャリ・・・
辺りを見渡せばさっきまであんなに賑やかで人が行き交っていたのに、そのどれもが静止していた。そしてこの場で動ける者は俺達以外に誰もいない。となれば、今からの戦いがどうなるかはおのずとわかってきてしまう。
(最悪だ・・・)
結界が張られれば、奴らは間違いなく魔力で戦ってくるだろう。先程の圧倒的勝利という言葉にも結び付く。しかしその戦いは、俺達にとって最も不利な状況になることを告げている。
普通に戦えば俺達はおそらく魔力では勝てない。だが、今さらなにかを考える時間も余裕も・・・ない。
「上等だ・・・受けて立ってやる・・・」
「リファイメント」
バシュッ
そんな俺の考えを無駄なものだと言いつけるように、健はその手に銀の二丁銃を収める。その銃がこの場に現れた時、もう後戻りなどできないということを証明する。
そうだよな。相手が魔力が強かろうが弱かろうが、それがなんだというんだ。どんな相手でもいい、俺達はあいつらに勝たなくてはならない。それだけだったんだよな。そんな当たり前で簡単な事を、今さら改めて思い知ってしまった。
「・・・リファイメント」
シュン・・・
俺達はあいつらに負けない。例えどんなことがあっても、どんなに不利な状況になっても
必ず健と玲の想いを、あいつらに踏ませはしない。
ダッ!!
俺達は一斉に走り出した。あの男グループ4人目掛けて。
作戦?そんなものはない。あるとしたらあいつらを倒す。それだけだ。
「真っ正面から来るとは、よっぽど俺達にぼこられたいみたいだな。長い年月の間に、マゾフィストになっていたとは知らなかったぜ!」
そんな中でもグループの一人は笑みを浮かべ、そしてまた右手を高く挙げる。
「悪しき魂を焦がす、鮮烈の雷鳴を我が手に宿して我が敵を殲滅しろ!!」
「Purification radiation of thunder!!」
バリバリバリ!!!
「なっ・・・!?」
そしてその右手から無数の電撃がこちら目掛けて飛んでくる。眩い光を放ちながらその電撃は凄まじいスピードと音を響かせながらこの空間を伝い、襲ってきた。
ビシーン・・・!!
俺はそれを寸でのところで自分の剣で食い止める。電撃は漆黒の剣の表面で剣を弾かんと強烈な威力で押し返しながら留まる。俺はそれに必死に耐えた。全力を振り絞りその電撃を抑える。健の表面から飛び出た小さな電撃が飛び交い、顔スレスレを飛んでいく。前は電撃の光で真っ白になっていた。
「くそっ!!」
バシューン!!
俺は力一杯剣を振り抜き、留まっていた電撃を吹き飛ばす。吹き飛んだ電撃は横に飛んでいき、壁にぶち当たる。電撃はその場で飛散して消えていったが、その壁の表面は真っ黒に焼け焦げていた。
「へえ、魔法が使えないくせに俺の攻撃を交わすとはな。さすが血が良いだけある、それともその剣のおかげかなあ?」
「はあ、はあ・・・」
やばい。今のは真剣にビビった。格好なんてどうでもいい。だけど今改めて思い知った。
同じ竜族、そしてAランクのドラゴン。Aランクがどうしたと思っていたがその実力は口だけではなかった。そう、俺はこの時大事なことに気付いたんだ。
Aランクのドラゴン。それは、あの工藤と同じ、つまりこいつらは全員工藤と同じまではいかなくてもそれ並みの力を持っていることを。今の攻撃、はっきりいって凄まじい威力だった。腕がまだビリビリする。この漆黒の剣だって黒いから焦げているのかどうかはわからないけど、表面からうっすらと煙が出ている。
こいつら全員が工藤並みの力の保持者。その脅威は思っていたなんてものじゃないぐらいに強く、そして認めたくない現実をその力に秘めていた。
「フッ・・・良い挨拶してくれるじゃねえか」
隣では同じく自分の武器、健でいえば銀の二丁銃であの攻撃を耐え抜いた健の姿があった。よく見ればあの美しく銀色に輝く銃の表面の所々にはうっすらと黒い汚れがついていた。それに健の銃は俺とは違いかなり手元にあり、それに面積も小さい。故にその銃からあふれた電撃が健に飛散し、健の服の一部を焦がしていた。
しかし、それでも健の顔は笑っていた。変わらない表情だった。それは苦笑いでも何でもない。その笑顔は変わらず健の笑顔のままだった。
「この程度、何度となくターゲットと戦っていればもう慣れたようなもんだぜ。怖くもなんともない。いつも、俺達はこんな中で戦ってきて、そして生き延びてきたからな。そう簡単には倒せないぜ?」
目の前の現実に、脅威に健は微塵も悲観していなかった。むしろ心配していたのは俺だけのようで。だけどどうしてなのかと言われれば、その答えは今健が口にしたことだった。
そしてまた気付かされた。全てが工藤並みと思ったら少し恐れを抱いてしまったが、そんなのは本来、俺達にとって当たり前のことだったのだ。そして今のこの状況より、もっと困難な状況にも陥った。だけど俺達はこうして生きている。この場所に立っている。今まで体験してきたことから、自然と自信が生まれていた。そして意識を前に向けることができた。
・・・まさか、ターゲットとの戦闘がこんなところで役に立つとはな。
「さあてお前らの挨拶も済んだようだし、これからが本番だな。この手で・・・お前らを必ず倒してやる。どんなことがあってもなっ!!」
同じ種族のぶつかり合い。怒りが生まれ、悲観が生まれ、そして自信が生まれた。だがこれはまだほんの入り口。本当の存在と存在のぶつかり合いは、ここからが本幕であった。