第百十九話 奇麗すぎる今~変わらない光景、消え去った光景~
<8月5日 夏祭り当日>
「・・・・・・」
俺はまたこの道を歩いていた。この晴れ渡った天気も、そして時間も、なにもかもがあの日と同じようにこの一日は始まっていた。
まるであの日がコピーされ、そっくりそのままこの日に置き換えられたんじゃないかと思えるほどに、今の置かれている状況は同じだった。しかし周りがどれだけ同じでも、確実に違っているものもまた、存在していた。
「・・・今日も暑いな」
空を見上げる。頭上には雲ひとつない澄み切った青空が広がっていた。天気は快晴。まさに祭り日和だった。天気予報でも今日は一日中晴れると言っていた。たぶんもうすでに祭りが行われる御崎シティプラザ付近は大勢の客で混雑していることだろう。
だけどどうしてだろう。せっかく今からお祭りに行くというのに、なにも楽しみに感じないのは。普通こういう時ってわくわくして心弾ませるものだろうけど、今の俺はむしろ雨でも降ってくれないなあと思うほどに、気分的に参っていた。
そして俺は初めて、この青空が嫌だと感じたのだった。
「お、お~い蓮!早く来いよ~。もうみんな来てるぞ~!!」
その時、俺の中で想像していた光景とは全く別の、考えもしなかった光景が、目の前に広がっていた。
「け、健・・・」
そこには、弾けんばかりの笑顔の健が居た。それはこの間の健ではなく、いつもの健の姿があった。笑顔、元気、明るい。それが本来の健の姿であり、それこそが健であるのに。
それを素直に喜べない、自分がここにいた。そんな自分が嫌で嫌でしょうがなかった。
「ん?どうしたんだ蓮、そんなくら~い顔をして。今日は祭りだぞ?もっとテンション上げてかないと付いていけないぜ??」
そんな俺に明るく話しかけてくる健。むしろ下を俯いたままの俺の方がおかしいかのように、この場の雰囲気は和やかなものだった。それは、いつものDSK研究部の雰囲気であり、これが当たり前のはずだった。ただ俺自身を除いては。
「ああ、すまん。ちょっと寝不足でな」
この状況でありのままを話すのはあまりにも場違いだった。だけど、どうしても過去の出来事と今のこの状況とが結びつかず、一種の段差が生まれていた。そして俺はその段差に、著しく動揺していた。
少しは良くなるかなとは思っていたが、まさか根本的に変わっていたとは。そこまでは想定できていなかった。こんなに早く、そして奇麗に元の形に戻るなんて。いや、これはあまりにも奇麗すぎやしないか?
これは本当に、自然の時の流れからできたものなのだろうか。いや、さすがにそれはあまりに無理がある。だとしたらこれは・・・
「大丈夫?蓮君。なんだか顔色が優れないけど・・・」
「え、ああ大丈夫大丈夫。なにも問題は・・・」
そして自然に、玲の姿が眼に入る。
「ん?どうしたの蓮君。ああもしかしてこの服装?本当は浴衣を着て来たかったんだけどさ、今日は警護だって言うしなるべく動きやすい服装にしなくちゃいけないしね。だから今日はこの服で来たの」
そう、そこにいたのはまさしく俺の知る玲そのものだった。服装はあの合宿の時にも着ていた服。つまり俺が選んで買ってきたあの緑のブラウスだ。雰囲気、そしてその表情。その全ては、俺が守ると心に誓った存在そのもの。
俺はそれを見てはっきりと思い出した。なにをやっていたんだろう俺は。そんな大事なことを、俺はただ目の前にある不安に惑わされ、忘れかけていた。
みんなを守る。俺はそう誓ったんじゃないか。なのにこんなことで揺らいでどうする。動揺してどうする。俺の決意はそんなものだったのか?違うだろ。なんのために今までこうしてみんなと過ごしてきたんだ。そして共に歩んできたんだ。これじゃあなんにも進歩していないじゃないか。
電話の着信とか、そんなちっさいことで動揺して、そんなんでみんなを守ることなんてできるかよっ!!
「いやいや。まあ確かに浴衣姿を見られなかったのは残念だけど、その姿を見れただけでも充分に俺は幸せだよ」
「ま、また・・・っ!」
そして俺は、またあの時と、合宿の遺跡巡りの時と同じ地雷を踏んでしまっていた。
「あ・・・」
気付いた時にはもう遅い。事態はとっくのとうにどうしようもない状態になっていた。
「・・・まさかここで入れてくるとはな蓮。さすが、一流は違うぜ・・・」
自分でも驚いている。まさかあの時と同じことをこんなところでやってしまうとは。しかも今回は前の時のように見惚れていた時に声をかけられる、いわば不意打ちではない。今のは完全に自然と出た言葉だった。思ったことがそのまんま声に出たというわけだ。
気持ちでは今の状況を理解していても、まだ完全に馴染むことはできていなかった。
「いやはや微笑ましいかぎりです。ですがその続きは、あちらに着いてからでお願いできますか?」
工藤は二人して真っ赤になっている俺達をどこかおもしろく見ながらそう言った。するといつのまにか、道の先からバスが近づいてきていることに気がつく。
「さて、では今日は一日よろしくお願いします。一応これも、部としての大事な仕事ですから」
キキイィ・・・、プシュー
そしてバスが目の前に停車し、ドアが俺達へ向けて開かれる。それに工藤、次いで伊集院さんが順序良く乗り込む。
「さあていきますか俺達も。警護たって普通に祭りは楽しめるんだ。今日は目一杯楽しむぜ!!」
そして健が軽快な足取りでバスへと乗り込む。
「・・・・・・」
このバスに乗った先で、俺達になにが待っているんだろうか。楽しさ嬉しさ?それとも悲しみと絶望?どっちにしたって、なにかあることは間違いない。
「どうしたの蓮君?」
「ん、いや少し考え事しててさ」
でもそのなにかから逃げるではなく、俺達は立ち向かわなければならない。そういう道を、俺は自ら選んだんだから。
「さて行こうか。その夏祭りとやらに」
「うん。今日は健じゃないけど目一杯楽しもうね!」
逃げたってなにも変わらない。変わるとしたらマイナス方向にだけ。それなら、やる以外になんの選択肢があるっていうんだ?
そして俺達は目指す。色々な想いを抱えながら、夏の恒例行事、御崎祭「夏の陣」へ。
「おお・・・」
バスから降りた瞬間、俺はそのあまりの賑やかさと盛大さに、その場に立ちつくしてしまった。
バスターミナルから道を挟んで御崎シティプラザの通りには、本来ならおしゃれな店が立ち並んでいるところに出店という出店がズラーッと並んでいる。そしてその間の道を、全国各地から集まったお客さんがそれはもうあふれんばかりに道を歩いていた。
行き交う人々の中には浴衣を着た人も大勢いて、それに子連れや学生、それにカップルらしき人々も数多くいた。そしてそのみんなが全部、なんとも楽しげで、笑顔にあふれていて、見ているこっちまでわくわくとしてくるようだった。
「すごい人の量だな・・・」
普段のこの通りもかなりの人数の歩行者がいるが、今日は車道にも人、人、人で埋まっていた。もちろんこの祭りの間は車両規制でいわゆる歩行者天国状態だ。だからみんな気兼ねなく祭りを楽しむことができる。
「まだまだ~。夕方から夜にかけて、これよりも更に大人数になるぜ。この御崎祭はそれはもう盛大だが、そのメインは夜のパレード、そしてやっぱりフィナーレの花火が醍醐味だからな。そん時にはもう歩くどころかそれ以上進めない~ってぐらいになるからな」
「へえ・・・」
これだけの大人数、警護するのも大変だ。ていうか無理じゃね?と言ったらやっぱりこれは負けなのだろうか。
「まあこれだけの人間が集まると、どうしても残念な輩が出てきちゃいますからね。まあそれも毎年恒例といった感じなのですが。そこで、我々のような警護の方々が重要視されるわけですよ。この御崎祭はその盛大さはもちろんのこと、みなさんに安全に楽しんで頂くことも大事なことですからね」
と、なんだか祭りの主催者みたいなことを言う工藤。しかし言っていることはいつもながら本当にまともだ。確かにそうだ。祭りとくればみんなテンションも上がる。そうなれば否応なくそういう輩が出てくることも仕方がない。
例えて言うなら、この前に出会った黒田 大吾一行、とかな。
「おお!?りんご飴があるじゃねえか。みんな行こうぜ!」
そしてさっそくこの祭りを一番楽しみにしていたであろう健がもう既にテンション高めでりんご飴の屋台へ向けて走って行った。
「うん、やっぱ健は祭りともなれば本当に楽しそうだな」
「まあね。でも健の場合付いていくのも大変だから。まあその分楽しいからいいんだけどね」
「・・・だな」
生まれて初めての夏祭り。色んな不安もありながらも、こうして祭りは始まった。