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第百十八話 予告の着信~それは再始動の響き~



<8月4日 夏祭り前日>




「・・・ふう」




 また朝がやってきた。何度も起きる度に眼に入るこのどこにでもあるような白い天井。おそらく、これからもずっと、何度も何度もこの景色から俺の中の時間は動き出すのだろう。この殺風景な天井は、例えどんなことがあっても、そしてどんな時でも変わらない姿で俺を見下ろしているのだろう。



変わらない姿でいれるお前が、俺はつくづく羨ましいよ。そして同時に変わらない姿でいてくれるお前が、俺はとても嬉しいよ。



あんなことが前日にあった後の今日の朝は、俺はもうあれこれ考えてしまって同じ姿でいられない。夜中の間ずっと、頭の中では昨日会ったことが幾つもフラッシュバックして、常に思考が回っている状態だった。まあ簡単に言えば頭に色んな事が次々に浮かんで、寝ることができなかったってことだ。



夏祭りという心躍るイベントを前にして、まさかこんなに憂鬱な気分になるなんて。思ってもみなかったな。



昨日の今頃までなら、退屈な日々に少しは変化が生まれるんじゃないかと思っていただけなのに、まさかここまで複雑な事態に、それも急に進行するとは。いやはや、やっぱり人生というものはわからないことだらけだな。



一本の電話から、物語は始まる。それって、もしかしたらよくあることなのかもしれないな。まあ全部が全部、良い物語じゃないってことは当然なんだけど。だけどなにかの始まりであることに違いはない。




昨日のこの時間ぐらいに来た電話も、その一つになったわけなんだから・・・




ブーブー、ブーブー




「うわあっ!!」




 その音に、俺は起き上がるどころか跳ね起きてしまった。それもまあなんとも情けない声を出して。



このタイミングで、そしてこの音。まさに計ったとしか思えないこのシナリオ。真剣に、今一瞬心臓が止まったかと思った。俺はゆっくりと手を胸に添える。よかった、ちゃんと動いてくれている。だけど異常なまでに心臓は脈打っている。その音まで聞こえてきそうだ。



い、一体誰だ・・・?こんなめちゃくちゃな殺人的タイミングで電話をかけてきたのは。俺は恐る恐る携帯に手を伸ばし、息をのんでその液晶画面を見つめる。



・・・なぜだろう。その画面に映し出された名前を見て、俺の中で急速に怒りにも似た感情が湧き上がってきた!



「く、工藤・・・!?」



そこにははっきりと、工藤 真一と書かれていた。あれ?あいつとアドレス交換してたっけ・・・などという疑問はある意味限りなくあるのだが、今最も考えなければならないのはそんなことではない。今考えなくちゃいけないのは、この着信に対する「対応」だ。



まあ普通に考えれば取らなくちゃいけないんだろうけど、どうにもこうにも、昨日の件の後遺症があっていつものように取ることができない。この通話のボタンを一押しすれば、またなにかが始まる。そして今度のは「あの」工藤だ。もしかしたら昨日以上に大変な出来事に巻き込まれるかもしれない。



くそっ、なんで俺がこんなにビクビクしてるんだ。だけど、一度体験したことから来るその影、その記憶はどうやっても頭から離れず、ボタンを押すことに必死で抵抗していた。



ブーブー、ブーブー



それでも鳴りやまない携帯のバイブレーション。もしこのままなにもしないで、あきらめて携帯の着信が止まってくれれば、どれだけ楽になるだろう。俺はもはや目の前にある現実から必死に逃げようとするまで、この状況に追い込まれていた。



あの時はあんなに偉そうに、しかも自分の名前まで使って相手をひるませていたのに。つくづく、自分の人間としての器が小さいことが嫌になってくる。



しかし・・・やっぱりこのままにしておくわけにはいかないよな。相手にも失礼だし。はあ、でもやっぱり嫌だなあ・・・。いや、こんなことで迷ってどうする。工藤から電話が来て、それに応える。そこに怖がるところが一体どこにあるというんだ。さあ押せ。押してとっととこの苦しみから解放されるんだっ!!



俺は半ばやけっぱちになりながらも、通話のボタンを勢いよく押した!



ピッ



「やあどうも一之瀬さん。ここ最近は会うこともありませんでしたが、お体に変わりはありませんか?」



そしてボタンを押した瞬間、いつもあらゆる場面で、そして何度も聞いてきた声が耳元で鳴り響く。工藤からの電話で、工藤の声がするのは当然のことだが、なぜだかその声に少しばかり安心感が生まれた。



そうだ。なにびくついていたんだ俺。今思えばなんでこんなに意識していたのか自分でもわからなくなる。回線がつながり、工藤のいつもどおりの声が聞こえたおかげで、俺は少しばかり冷静さを取り戻すことができた。



「ああ、まあ体の方は別になんともないけどな。で、なにか用なのか?」



まあわざわざ電話をしてまで伝えようとしてるんだ、なにもないわけがないのだが、ここは一応慎重に一歩を踏み出すことにした。なるべく、余計な地雷を踏まないように。



「はい、少し一之瀬さんにお伝えしたいことがありまして。お忙しいところ連絡させていただきました。それでとりあえずなんですが、一之瀬さんは明日になにがあるかをご存知ですか?」



工藤はなにか妙に遠回しをするように俺に尋ねてきた。明日になにがあるか、それを聞かれれば答えるものはただ一つ。おそらくそれが正解だし、工藤が求めている答えだろう。しかし、逆に言えば今回の用件がそれ絡みということが、確定してしまう。昨日からずっと、俺の頭を悩まし続けていたあの件。それが今また、再び動き出そうとしている。



その流れに反抗することもできないし抗うこともできない。選択肢はないのに考えさせようとするこの運命は、俺のことをからかっているのだろうか。それとも純粋にチャンスを与えようとしているのだろうか。



この目の前の現実に対して、運命は俺になにを求めているのだろうか。



「ああ、明日といえば夏祭りだろ?この街で開催される全国的にも有名な祭り、御崎祭が」



「おお知っていましたか。さすがですね一之瀬さん。てっきりあなたのことですからこの街に関することはあまり知らないのかと思ってました」



声からして、工藤は普通に驚いているようだった。俺がこの街の名物らしい夏祭りを知っていることを。確かに昨日健に聞くまでは知らなかったが、それにしても少し驚きすぎではないか?昨日の夜ぐらいにはもうテレビで夏祭りについての特集がやっていたし、いくらでも夏祭りのことを知る機会はあったと思うんだが・・・



「まあそのことについては昨日健から聞いたんだ。今と同じぐらいの時間帯の電話でな」



「ほう、相川さんがですか。なるほどね・・・」



「・・・なにがなるほどねなんだ・・・?」



 俺がそう言うと、工藤は少しほくそ笑んで話を続ける。



「いえ、なんでもありません。ではこれはちなみにの話ですがその相川さんからの電話は、一之瀬さんに夏祭りのことを伝えるためだけの電話だったんですか?」



「え・・・?」



その時、体の中でなにかがざわめくような感触を覚えた。もしこれが電話でなかったら、今の俺の様子で工藤はなにもかもを見通していただろう。この音声だけの会話が、これほどに今の俺に休息を与えてくれるか、改めて思い知ったのだった。



「・・・ああ、それだけだったけど・・・」



そして、俺は嘘をついた。



昨日あったことを、俺は工藤に言わなかった。玲、健の小学校時代の人物に出会ったこと。そしてその人物と非常に複雑で、様々な影響があったあの出来事のことを、俺は工藤に言わなかった。



いや言えなかった。言いたくなかったのだ。今の工藤に、あの出来事を話したくなかった。



話してしまえば、一度は鎮められた事態がまた動き出してしまう。そんな気がしたから・・・



「そうですか。では今からあなたに用件を伝えるのですが・・・」



 工藤はなにも言及せずに話を進めた。それが今の俺の様子を読み取ってか、それともあえて触れなかったのか、それはわからない。だけどそれで俺が内心ほっとしていたのも事実だった。



だけど、もし今ここで工藤にありのままを話していたら。もしかしたら未来はもっと楽なものになっていたかもしれない。誰も傷つかず、なにもかもを解決できていたのかもしれない。



それが運命の分かれ道の一つだったことに、俺は気付いていなかった。ただ目の前の出来事から逃げようとして、その選択がさらに厄介な出来事に繋がることもあることを、頭に入れていなかった。



もしかしたら、この時工藤は全てを知っていてわざと俺に選択肢を与えたのかもしれない。全ては俺自身が決めた道を歩ませるために。



一体誰が、このありふれた一つの会話にそこまで重要な意味があったと気付くだろうか。



「実は先程学校側から、私達DSK研究部に祭りの警護の手伝いをしてほしいと頼まれたんです。おそらくあなた方も祭りには行くでしょうから、その際ただ普通に回っていただければ結構とのことです」



(祭りの、警護・・・?)



その言葉に、微妙に引っかかるニュアンスが含まれていた。



「祭りの警護ってなんで俺達が?普通にそういう関係の係の人は一杯いるだろ?わざわざそんなの学生に頼まなくても・・・」



「さあ~てなぜでしょうか?もちろんそういう係りの人は大勢いますよ。でもそれでも我々に警護を要請した。なにか理由でもあるのでしょうかね~。わざわざ我々に頼むことに、なんの意味があるのでしょうか」



 俺が疑問をそのまま投げかけると、工藤はあきらかにわざとらしい態度で返してきた。それはまるで、その答えを見つけられるか、俺を試しているかのようだった。それに、少しばかり楽しんでいるようにも聞こえる。



「とにかくそういうことです。受けていただけますか一之瀬さん」



工藤が言った意味深な言葉に頭を悩ませる俺をよそ目に、工藤は話を進めた。それも一応は選択肢を与えた形だが、その問いには答えが一つしかないような、そんな確信犯めいた選択肢だった。



「・・・まあ、別に俺は構わないけど」



「そうですか。それは良かったです。では明日朝十時くらいに御崎山学園前バス停に集合という事でお願いします。では、今日のところはこの辺で・・・」



プツリ、ツー、ツー・・・



そして、強引に話が進められた後、一方的に回線を切られた。



「・・・警護、か・・・」



ただのいわゆる一般市民を守るためだけの警護ではない、そんな気はする。だけどそこにどんな意味があるのかと言われれば、今の俺にはさっぱり見当もつかない。そしてそれが昨日の出来事と関係しているのかも、なにもわからなかった。



「普通に楽しめれば、いいんだけどな・・・」




 全貌は霧に包まれてなにも見えないが、確かに周りはなにかを目指して進行している。その先になにがあるのか、そもそもなにかあるのか、それすらもわからない。だけど今の俺は感じていた。



明日は、長い一日になりそうだ、と。



また一本の電話で、それも皮肉にも全く同じ形で、なにかが始まろうとしていた。それはまた、あの時と同じように俺達になにか大きな影響があるような、それでいてそれとはまた全く別で、似て非なる事態が起きる。そんな予感が、俺の中で芽生えていた。






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