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第百十七話 反転させる白~想いを、感情をそれぞれに~

 


 そのたった一言が、この場の空気を、そして状況を変える。




張りつめた緊張の糸を真っ二つに断ち切り、今現在この場で起きている事柄の全てを反転させる。あいつらにとっても、そして俺達にとってもその人物の登場は非常に大きな意味を持っていた。逆に言えば、それほど場に影響を与えられるというのもある意味では物凄いことだ。



それは救世主と言うべきか。しかしまあ本人がそれを意識して来たのかはわからないんだけど。でも俺達にとってその存在を表すならそんな言葉が合っているのかもしれない。



「ゆ、有希?」



この場面でこの状況で救世主とくれば、おのずとその人物は浮かび上がってくる。




そう、伊集院さんだ。



 

 今までの話を思い起こしてみると、どう考えてもこの場に一人足りていないことになる。



健は言っていた。今日の目的はうちの部、DSK研究部の女性陣の浴衣選びだと。この女性陣が指す言葉は、否応なく玲、そして伊集院さんの二人のことを指す。それ以外の誰でもない。このぐらい誰にだってわかることだ。



そしてもう一つ、健は俺に言っていた。その二人の女性陣はもう先に行っていて、買い物をしていると。もちろんこの御崎シティプラザで。その後俺達が合流するというのが本来の流れだった。そしてここが、その集合場所。なので俺、健、飛び入り及川、そして玲のこのメンバーはこうして違った形になったとしても集まることができている。



そして残りあと一人。最後の一人である伊集院さんが今やってきた。それもとんでもなく素晴らしいタイミングで。これもまた運命のイタズラかそれともまた面白おかしくしたいのか。はたまた伊集院さんによる人為的な加入か。いや、それはないか。多分。



今の伊集院さんは間違いなく俺達にとって救世主だ。だけどその姿は、そんな救世主にしてはあまりにもなんというか・・・庶民的だった。



「伊集院さん!って、その格好は・・・」



 後ろから現れた伊集院さんを見る。両方の細い腕には小さめのと中ぐらいの白や黒の袋というかよくファッション関係の店で買い物するともらえるバックのようなものがそれぞれ一つずつぶら下がってる。確かに以前のお出かけでは自分からすすんではなにも買っていなかった伊集院さんが、両手に袋を抱えているというのはそれだけで珍しい光景だ。思わず驚いてしまうのも無理はない。



しかし、それよりも目がいくのは・・・



「そ、それは・・・伊集院さん。もしかして・・・」



「これ?・・・たこ焼き」



ヒョイッ、パク



そして伊集院さんは爪楊枝に突き刺さった一つのたこ焼きを、口へと運ぶ。それをまた無表情でもごもごと噛みしめている。



「な、なぜにたこ焼き・・・」



伊集院さんは、その両手にぎっちぎちに詰め込まれたたこ焼きのパックを四つ積み上げて、そのうちの一つを開いてその小さな口でパクパクと食べている。一つ食べてはもごもごとひたすら食べ、そしてまた次の一つと、淡々とパックに入ったたこ焼きを食べていた。食べている時も特においしそうな表情も、そしてたこ焼きといえば恒例の「熱、熱!!」というのも全くなく、たこ焼きをおいしいと思って食べているのかどうかさえもわからない。



けれどその口元には、うっすらとたこ焼きのソースであろう色の汚れがついていた。それがまた伊集院さんの真っ白な肌だとかえって目立ってしまっている。



しかしこの状況を目の当たりにしても手元にあるたこ焼きを頬張り続けているところがすごい。辺りにはあきらかに不穏な気配が立ち込めているのに、伊集院さんはそんなことおかまいなしに食べている。それは度胸がいいのかそれとも何も考えていないだけなのか。一体どっちなんだ??



だけど無表情で口元を汚しながらたこ焼きを頬張る伊集院さんの姿は、どこか普通の幼い少女のように見えた。いつものキリッとしていて清楚で、それでいて深い悲しみを背負う彼女の姿とは、どうやっても重ならなかった。ていうか伊集院さんって実は天然?



いやいや例えそうだろうとなんだろうと、伊集院さんが伊集院さんであり、そして今の状況下における救世主であることに違いはない。それに、たこ焼きを食べていることに関してなん~にも異論はない。確かにたこ焼きはおいしいもんなっ!



「さっき柳原さんに買ってもらった。・・・食べる?」



「いや、遠慮しておきます・・・」



ずいっと持っているたこ焼きが突き刺さった爪楊枝を俺へ向けてくるが、俺は丁重にお断りした。確かにたこ焼きは食べたいが、さすがにこの状況で食べようなんて思わないよな・・・。



まあ正直、きょとんと首をかしげて爪楊枝を差し出す伊集院さんの姿には少しというかかなりクラッときたが、ここは我慢だ俺。耐えるんだ俺。この場面で、たこ焼きというのはさすがにまずいぜ・・・。




 一度はいつ戦闘に発展してもおかしくはない緊張が張りつめたのだが、しかしその伊集院さんのたこ焼きは不思議とその張りつめた緊張の糸をやんわりとほどいていった。まあ確かにこの姿を見て今までのテンションを維持するのは不可能に等しいが、それにしても意外な効果があるんだなあたこ焼きって。



もしかしてそれが狙いで?いやそれこそますます有り得んな。



「うん?今確か伊集院、伊集院って言わなかったか・・・?」



その姿に呆気にとられるも、なんとか話を進めようと黒田は俺達に尋ねてきた。



「彼女は伊集院 有希。彼女もクラスは違えど俺達と同じ部に所属し、大切な友人の一人だ」



自分の話を振られても伊集院さんはマイペースにたこ焼きを頬張っていたので、なんだかよくわからないけど俺が伊集院さんの紹介をすることになった。しっかし、いつまで食べているんだ伊集院さんは。まさかその4パック全部食うんじゃないだろうな?



なんだか今の状況よりむしろそっちの方が気になってきた。でもあの勢いだとそれも決してありえなくないような・・・。



「ふう、やれやれ。まさかここで「白と黒」が揃うなんてな。こりゃまいった。まさかこいつらがそんなのを味方につけていたとはな。全く迷惑な話だ」



黒田は笑みを浮かばせながらそう言うと、ぐるりと体の向きを変える。



「そんなに楽しいか?誰かの騎士ナイトになることが。どいつもこいつもご苦労なこったぜ」



「誰かを守ろうとすることに、なにかおかしいことでもあるのか?」



俺はやれやれといった感じに話す黒田にそう告げた。すると黒田はフンッと少し見下した感じに笑うと、周りに居た男グループの面々を引き連れてこの場を立ち去ろうとする。



その際に、黒田は一度こちらに背中越しに顔を向けてこう言った。



「命拾いしたなあご両人。その二人に感謝するんだなあ!それと、その救われた命を大事にしろよ!」



色々な意味が含まれている言葉を言い残して、黒田達一行はこの場を後にした。結局、あいつらに関しては黒田 大吾という名前しかわからず、どこの学校のやつらなのかもわからなかった。しかし今回初めて、ほかの学校の奴と関わった。それがどんな意味をもっているか、考えたいところではあるが今はそんな暇はなかった。



「さてと、これからどうする?」



 騒然とした辺りの空気に、少しずつ落ち着きを感じられる。しかし、この場に居る人間が全て同じように気持ちを鎮められるかと言われれば、それはかなり難しい事である。



一度思いだした影は、忘れようと思うほどにその存在を侵していく。姿なき影は不気味である。



「すまん、俺今日はもう帰るわ。また夏祭りの時にここで会おうぜ」



そう言って健はひとりでに、ふらふらとこの場を後にする。今の健は非常に不安定な状態だ。怒りもそうだし、悲しみもそうだし。ここは止めずに、健の赴くままに行かせてあげるのがあいつのためなんだろう。



だけど今回は健には悪い思いをさせてしまった。今度またちゃんと、謝らなければいけないな。



「・・・。私達はまだちょっと買うものがあるからまた戻るけど、蓮君はどうする?」



玲の顔はとても沈んだ顔をしていた。見ているのも辛くなるぐらいに。いや、見ていて辛かったのは玲の方だったのかもしれない。今回の件は、二人にとっては酷なものだった。それが神様のいう試練というやつだったとしたら、それは間違いなくふざけている。神様といえどそれは許されるべきものではない。



なぜこうなった。なぜ今この時期にこんな事態に発展した。偶然か?それともたまたまか?本来ならそうだろう、むしろ俺もそう思いたい。だけどなんだろうこの募る不安は。



黒田 大吾。あの集団の中であきらかに異質なオーラを放っていた存在。あれは本当に普通な存在なのだろうか。思い起こせば思い起こすほどに、なにか実体化しない違和感だけが膨らんでいった。



まあもう確認のしようがないが。そうであると信じるしか今はできないか・・・



「いや、俺も帰るわ。それに、後もう一人処理しなきゃいけない奴がいるからな」



 そして俺は後ろを振り向く。完全に忘れ去られた存在が一つ、そこにあることを思い出して。



いきなり事態は起きたからさぞ驚いただろう。しかも自分だけ置いてけぼりとくればとても悪い事をしたと思う。しかし、振り向いた先にいたその姿は、俺が想像していたものとは全く異なっていた。



「すまん及川・・・って、なんでそんなに満足気な顔をしてんだ?」



振りかえるとそこにはほんのりと顔を赤く染めた及川の姿があった。度の強い眼鏡のせいでその目がどうなっているのかはわからないが、雰囲気からしてあきらかに良い事があったという雰囲気だった。それも口元がゆるゆるになるぐらいに、言うなれば顔がにやけていた。



「は、話せたんだ。助けを呼ぶという形はどうあれ伊集院さんと。やっと、やっと話すことができた。僕はもう、それだけで大満足さ・・・っ!」



話を聞くと、どうやら伊集院さんが現れたのは及川が通りを歩いている伊集院さんを見つけて呼んできてくれたからということらしい。つまり、ここに救世主を現わしてくれたのは及川ということなのだ。なんとまあ、とんでもないファインプレーをしでかしてくれた。今回ばかりは及川に助けられた。これはもう盛大に感謝するべきだろう。



だが、どうやらそれは及川にとっても大きな一歩を踏み出す大事な出来事だったらしい。確かに、俺達以外が伊集院さんに話しかけるというのは結構というか大変困難なことだ。そもそもきっかけってものがほぼ皆無だしな。だけど今回、それは助けを呼ぶという形で、皮肉にもそのきっかけは生まれたのだった。



そしてなぜか、本来なら感謝すべき俺が及川に感謝されてしまっていた。



「なんだかな~・・・。まあ、いっか」




 一つの出来事を中心にして、それぞれがそれぞれの思いを抱いた。それは悲しみであったり怒りであったり、はたまた嬉しさや喜びであったり。一人一人に全く異なる感情を植え付けて、今の時は過ぎ去っていった。



なにやら波乱めいた匂いがする夏祭り。様々な想いを重ねて、祭りの時は刻々と迫ってきている。





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