第百十四話 近付く祭りに~なにかが始まる、そう感じる~
「・・・暑」
外に出ると真夏の強い日差しが容赦なく起きたばかりの体を照りつけた。さっきまで自分が居た部屋がクーラーをつけて快適な空間だったため、外との温度差で真剣にくらっときてしまった。それにしてもこれは暑すぎる。夏は暑いものと言ってしまえばそれまでだが、どうにも納得できない自分が確かにここにいる。
雨でも降ってくれればと思いたくなるところだが、実際降ったとしてもじめじめとまた違った暑さが襲ってくるし、この澄み切った青空の前ではそんなことを願うのも無駄だと思い知らされてしまう。全く、少しぐらいサボってくれてもいいのによ、お天気さん。
「もう9時30分か。少し急いだ方がいいかもな」
自分の家から御崎山学園までは歩いて丁度30分ぐらい。急げば20分ぐらいで行くことも可能だ。とりあえず今回の集合時間は10時、つまりタイムリミットは後30分。まあ健のことだからもっと早くに集合場所に来ているだろうから、俺も丁度よりはもう少し余裕をもった時間に行かなければならない。よく5分前行動って言うしなっ!
この学園から歩いて行ける距離に家があるというのは本当に有難い。朝も他の人に比べればかなり余裕があるし、万が一忘れ物とかをした時もすぐに戻って取りに行くことができる。よくあるよな、こういう学校の近くに自分の家があればな~って思うこと。でもその考えは合ってる。近いと本当にあらゆる面で便利だ。それは間違いない。
今俺は実質一人暮らしの状態だ。この街に急に来ることになって、そういう衣食住の心配はかなりあったんだが、来てみればあらゆる面でそういったことに関する準備はされていた。まあその準備の手配をしたのがだれかと言われれば、おそらく多分親父の仕業だと思う。
今住んでいる家も親父が用意したものだ。それもアパートとかではなく一戸建ての正真正銘の家。一学生に一戸建てを持たすというのもいささか非常識な気もするが、あるのに文句を言うのもさすがに色んな方にも失礼な気がするので遠慮なく住まわせてもらっている。実際のところ自由だし、そして一人の時間を多く持つことができてとても快適だ。自分のやりたいことを、誰かになにかを言われることもなく好きにやれる。
だが、一人には充分すぎるほどの広々とした家で、その誰もいないポッカリとあいた空間には少しばかり寂しさを感じてしまう。贅沢とはわかっているが、それでも孤独を感じてしまっているのもまた事実だった。
基本的には身の回りのことで困ることはない。さっきの家の話もそうだけど、お金に関してもここに来る間際に渡された通帳に定期的に振り込みがあるし、学費等も全部前もって支払われている。結局のところ、俺の支出は食費とその他プライベートに使うお金だけだ。ちょっと手が届き過ぎているような気がするが、なに不自由のないくらいが出来ているということは否めない。
食事に関しても、基本自分で作る。自分で買い物に行って献立を考えて、そして自分で作る。まあそれが一人暮らしにおいては当たり前なのだが、なかなかどうして俺は料理というものをしたことがなかったはずなのに、一通りのものを作れるだけの技術を持っていた。ちなみにメニューに関しては家に幾つもある料理本を、時には買ってきたりして参考にしている。
なんだか一人暮らしを続けていると料理というものが楽しくなってきた。最初は作るのが面倒だと感じていたが、今ではすすんでオリジナルの料理を考えていたりもしている。これも一人暮らしの醍醐味ってやつなのかな。
とにかく、生活において俺はなに不自由ない生活を送ることができている。ここまで環境を整えてくれた親父には、真剣に感謝をしなければならない。もしこんな環境がなかったら、俺は日頃の色々な出来事だけに集中することができなかっただろう。
ありがとな、親父。
「さてと・・・ってあれ?」
てくてくと少し急ぎ目に歩いて約二十分。学園前バス停に辿りついたのはいいのだが、そこにいた人物のメンツは少し意外なものだった。
「よう蓮。なんやかんやで久しぶりだな」
「ああ、まあそれはそうなんだが・・・」
そこに健がいるのはいい。むしろ誘ってきたあいつがいなかったら殴り込みものだ。しかし、それと一緒にいるのは・・・
「やあ一之瀬君。久しぶり。終業式以来かな」
「やあじゃねえよ。なんでお前がいるんだ及川」
そこにいたのは確かに久しぶりの及川、通称Mr.GBア~ンド発狂メガネ。確かに別に居てもなんらおかしくはないよ実際。一応クラスメイトだし友人だし。だけど、だけどなぜこのタイミングでお前??
健からのお誘いと聞いて、真っ先に浮かんだメンツはいわゆるDSK研究部のメンバー。それがいつものパターンだし、それが当たり前のように感じていた。だけどそこにそれとは違う人物が現れると、本来ならなんらおかしくないはずなのに、浮いて見えてしまうのはなぜだろうか。
そもそも健と及川のツーショットって一体・・・
ブウォロロロ・・・
と、言っている間に丁度いい具合に街方面行きのバスがやってきた。
「まあまずはバスに乗ってから今日の目的を話そうじゃないか」
そう言って健は俺達の前に止まったバスに一目散に乗り込む。俺や及川も、まあなんだかよくわからないけどここで乗らないわけにもいかないしとりあえずバスに乗車した。
「蓮は初めてだから知らないとは思うんだけどな。実は明後日に、夏と言えば風物詩の夏祭りがあるんだよ」
「夏祭り?」
バスに乗り込みしばし揺られて健からこぼれた言葉には、どことなく雰囲気は掴めるがイマイチどんなものかわからないワードがあった。
夏祭りっていうからには、祭りなんだと思うんだが。そもそも祭りってどんなことするんだ??
「そう。通称御崎祭「夏の陣」。この街じゃ年に二回でかい祭りがあるんだけどさ。今度あるのはそれの夏に開かれるやつだ。ちなみにもう一個は冬に行われる。そっちもなかなか趣があって盛大なんだけどさ。でもやっぱり祭りと言ったら夏、今度開かれる祭りもそれはもう盛大な祭りだ。結構てかかなり全国的にも有名な祭りでな、あらゆる方面から人が来るんだ。出店も超~出るぜ!!」
健は嬉しそうに、さも楽しそうにそう語った。例えどんなことをするのかわからなくても、それを聞くだけで充分に楽しいものだということがわかる。喜びや楽しさが、悪いものから出てくるはずがない。たまに似たものは出てくるが、それは全くの別物。一緒にするには甚だしい代物だ。
「で、夏祭りがあるってことはわかった。だけどその夏祭りの、それも二日前にこうして集まる意味ってのはなんなんだ??」
普通前日とかなら準備の作業を手伝うとか、色々作業はありそうだが、なんでまたこの日に、しかもこのメンツで集まっているのだろうか。祭りの下見、それもまだなにもない状態の下見に行くとか?いや、健ならともかくそれなら及川が居る意味がわからなくなる。
実はお祭り大好き人間だったとか?それもどうかと思う。
「よくぞ聞いてくれた蓮。そこが俺達がこうして集まっている理由だ」
そして健はにやりと不敵に笑って言った。
「実はな。明後日祭りがあるってことで、うちの部の女性陣。いわゆる玲と伊集院さんが今から夏祭りと言えば定番の「浴衣」を買いに行くらしいんだ。そこで、俺達男性陣の意見も聞きたいってことでこうして誘われたわけだ。あ、ちなみに女性陣は他にも買う物があるらしいから先に行ってるから、俺達はあっちに行って合流するだけだ」
「へえ~・・・」
浴衣、ね・・・。
夏の風物詩と言われればそうなんだろうけど。なにせ俺はそれを見たことがない。とりあえずそれが服の一種で、しかも男としては非常に好ましいものだってことぐらいは知ってるんだけど・・・。
ん?しかし待てよ。今からの予定を聞いたのはいいがまだ一つ疑問が残ったままだ。
「まあとにかく今日の予定はわかった。それで・・・それと及川となんの関係があるんだ??」
女性陣の浴衣姿が見られるというのは男として非常に有難いイベントだとは思うのだが、そういうイベントに対して最も縁がないというか敬遠しそうな及川がここにいる。それがどうにも納得がいかなかった。及川なら嫌がりそうな話題なのにその及川がこうしているんだもんな。
「えっといやー、その・・・」
なにやら渋った顔で俯く及川。それを察してかそれとも面白がっているのかは知らないが健が及川に代わって代弁する。
「せっかくの機会だし及川にも女性陣、「伊集院さん」の浴衣姿を見てもらおうと思って誘ったんだよ。そしたら思いのほか喰いついてきてさ。んで、こうしてここにいるわけだ」
「あ~、なるほどね・・・」
俺はちらりと及川を見る。それに気付いてか及川は顔を赤くしながらくいっと眼鏡を上にあげる。なんとか体裁を保とうとしているが、むしろそのほうが面白さが助長されていた。
「どうやら、相川君にバレていたらしい。僕が伊集院さんを好いていることを」
「ふむ・・・」
やはりか。今までそう触れてはいなかったが、いつぞやの中庭での及川との会話。あの場面の最後にいかにも偶然を装った健が乱入してきていたが、おそらく多分それまでに話したことも健は聞いていたのだろう。できれば健には知られたくなかったことだっのだが、こうなってしまってはもう遅い。
及川が伊集院さんのことが好きってこと。それもおそらく間違いなく一方的な片思い。というより伊集院さんが及川のことを知っているのかも怪しいところだ。まあ一度会ってはいるようだが、伊集院さんがそれをどれほど重要なことだと受け止めているかが問題だ。及川の方はそれで大変な影響を受けたらしいが。
とにかく、俺はそんな及川の恋を応援しようとあの時決心していた。だけどそれも色んな事がありすぎて完全に忘れ去られていた。そう思うと、なんだか申し訳ない気持ちで一杯になってくるが、今考えるべきはそれじゃない。
「それにしてもお前、伊集院さんの浴衣姿と聞いて飛びつくなんて。意外と正直なやつなんだな。あんまりこういうのは好きじゃないのかと思ってたけど」
「え、いやまあ本来ならそうなんだけど。今回は結構大きなチャンスだと思うし・・・」
及川がそう言うと、健がまた割り込んできてひそひそ声で補足説明をする。
「今回の女性陣の浴衣選びに及川も参加すればさ。とりあえず及川は伊集院さんに関わることができるじゃん。いっそのこと伊集院さんを及川に任せちゃってもいい。とにかく今日は及川にとって結構大事な時間にもなるってことだ」
「・・・なるほど」
要は今回の件で健は及川と伊集院さんの恋のキューピットになろうとしてるわけだ。しかしまあ及川にしたら確かにこれは大きなチャンスだが、少しハードルが高すぎやしないか?
それに健がどれほど真剣に考えているのかも謎だしな。もしかしたら遊び半分でやってるっていう可能性も否めないし・・・。
まあいっか。どっちにしたって今回の件は色々と楽しそうだし、そんなに深く考えなくても・・・
キキイー!!
長話をしていたせいか、いつのまにかバスは以前のお出かけにも来た、御崎シティプラザ通称ミサプラのバス停に到着していた。
「さてと。まずは玲達に合流しなくちゃな」
そう言って健は真っ先にバスの出口へ向かい、ピョンピョンと飛び跳ねるようにバスを降りて行った。
「さて、僕達も行こうか・・・」
緊張のせいなのかどうなのか知らないが、その時の及川の声はひどく弱々しかった。
「さてさて玲達はっと・・・」
バスを降りるとそこは高層ビルが立ち並び多くの色んな店、そして人々が行き交ういわゆる繁華街。さっきまで居た場所とはまるで別世界のように、混雑した世界が目の前に広がっている。見ているだけでさらに暑くなりそうな感じだ。
「あれ?居ないな~。一応このバス停付近に集合ってことになってたんだが・・・」
健はきょろきょろと辺りを見渡している。行き交う人々をうまく避けながら遠くを見つめている。どうやら玲達を捜しているようだ。
「本当にここに集合だったのか?」
俺も辺りを見渡してみる。バス停付近には多くの人が集まり次の便に乗るために長い長い列がつくられている。バスターミナルも凄い混雑だが、それを過ぎた先にある繁華街の通りはそれを上回る混雑っぷりで、ちゃんと流れに乗っておかないと所狭しとぶつかってしまいそうなほどだった。こんな状況で、二人を見つけるってのもなかなか・・・。
俺がとりあえずぐるりと辺りを見渡し、少し遠めにある丁度繁華街とこのバスターミナルを繋ぐ大きな横断歩道付近のバスターミナル側に目がいった時、それがいきなり目に飛び込んできた。
「あれ?」
そこには、玲とおぼしき人物が数人の男グループと話している光景が広がっていた。