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第百十一話 あなたに、祈りを込めて~優しき風は誓いへと~

「・・・・・・」



 

 伊集院さんの眼の前には美しく黒光りしていて、小さく白色の文字が刻まれている洋式の墓石が地を這うように置かれていて、それに対して垂直に真っ白な十字架が立てられている。



周りの景色の中に、ポツンといきなり現れるそのお墓は、見たところあまり誰かが来たような形跡はないのだが、周りの草花はそのお墓に沿ってキチンと切り揃えられていてそこにお墓がしっかりと収まっている、といった感じが見受けられる。



スッ・・・



そしてその黒色の墓石に、伊集院さんが持っていた白い花束が添えられる。いつのまにその花束が用意されていたのかとかも気にならないわけではなかったが、伊集院さんがゆっくりと静かに花を添えるその様子はなんだか神秘的で、胸がかきむしられるような、そんな感覚を感じた。



「・・・・・・」



無言で花束を自分の母親のお墓に添える彼女は今、一体どんなことを考えているんだろう。後ろ姿でその表情はうかがえないが、きっとたぶん彼女は今も無表情だろう。どんな危機的状況でも、どんなに困難な場面でも、そして、どんなに楽しい時でも。彼女の表情はなにも変わらなかった。感情を微塵も表さなかった。それがいつものことであり、それが伊集院さんであると、思っているのは俺の勝手な決めつけ。



実際には彼女は誰よりも物事に対してなにかを感じ取っているのかもしれない。それを押し殺して、自分の中だけで感情を浮かばせているのかもしれない。だけどそれも、他人からの勝手な決めつけ、思いこみだ。



本当のことなんて誰にもわからない。わかるのは伊集院さん本人だけ。今までも、そしてこれからもずっと、彼女は自分だけの、自分色に染まった世界で生きていくんだろう。誰にも触れさせず、踏み込ませず、覗かせず。彼女がその世界に鍵をかけているかぎり、誰もその世界を知ることはできない。



 

 だけど、だけど少しずつではあるけど、俺はその片鱗を感じることができていた。



今まで過ごしてきて、彼女の秘めた思い、思想の形がうっすらとだけど少なからず形となっていた。



まず一つ目に、彼女にとって俺はどうやら特別な存在のようだ。ああ一応念を押しておくがこれは恋愛等における特別な存在、というものとは全く別物だ。どういう意味で、そしてなぜ俺が彼女にとって特別な存在であるかは俺にもわからない。もしかしたらただ仲間だからということかもしれない。だけど俺は思う、俺という存在は伊集院さんにとってなにかしらの形で影響力がある、と。



そしてその向けられた矛先は一之瀬 蓮である俺ではなく、また違ったもの。例えばブラックドラゴンであるとか竜王の息子であるとか、そして・・・もう一人の俺、フェンリルであったりとか。



伊集院さんの眼に映る俺は一体どれなんだろうか。それがわかれば、彼女の思想の部分を知る大きな手掛かりとなるのだが・・・。




 そしてもう一つ、これは理論とかそういうのとは関係なしに俺が今まで伊集院さんと共に時を過ごしてきて感じたことだ。雰囲気からくる直感。故に具体的な理由はない。だけど俺の中ではそれはかなりの信頼性を秘めている。



それは、伊集院さんは深く、そして大きな「悲しみ」を背負っている、ということだ。



その清楚で可憐な姿の裏に、うっすらと黒い影が見えた。もし伊集院さんの身になにもなければ、それは存在するはずがないものだ。もしも裏の感情を持っていなかったのなら。




その白き聖なる存在には、確かに少なからず闇があった。その大きさは小さいかもしれない、いやもしかしたら隠しているだけでとてつもなく大きいかもしれない。それは誰にもわからないことだ。伊集院さんが自分から見せないかぎり。だけどその汚れなき白に影が忍び寄っているのは確かなことだった。




ま、今の俺にはそれ以上はわからないんだけどな・・・。




「伊集院さんの母君はとても立派な方でした。竜族においても功績を残し・・・と、こんな場面でこんなに堅苦しい説明をしてもしょうがありませんね。とにかく今日は、みなさんにぜひとも一度この場所に来ていただきたかったんですよ」



「この地に訪れることには、必ず大きな意味がありますからね。例え些細なことでも、大きなことでも・・・」




 伊集院さんは花束を添えて1、2分俯いたままお墓の前で立ちつくした後、ゆっくりと眼をひらいてその白い十字架を眺め、スッと後ろに下がって俺達の列に加わった。



「・・・・・・」



俺達の元に戻ってきた伊集院さんはいつもどおりの無表情だったけど、その眼はしっかりと前にある伊集院さんのお母さんのお墓を見据えていた。



(・・・あ)



ふと、伊集院さんの胸元に目がいくと、そこには一つの銀色に輝く小さな十字架のネックレスがあった。中央には青い鮮やかな宝石が付いている。



見た瞬間に気付いた。それは、街へ出かけた時に最後の最後で入った店で俺が伊集院さんへ贈った、最初のプレゼントだった。あれから今まで付けたところを見たことがなかったが、今この時、確かに伊集院さんの胸元にはそのネックレスが付けられていた。



「・・・・・・」



 俺がそれを見つめていると、伊集院さんはそれに気付いたのか俺へちらりと視線を向けてくる。俺はそれに思わず驚いてしまったが、どうやらその視線は俺の視線に気付いたからではなかったようだ。



「ん、一之瀬さん。あなたにもお参りしてほしいそうですよ、伊集院さんは」



突然、なにかを悟ったように工藤が俺へそう言ってきた。



「え、俺??でも俺伊集院さんのお母さんとは一度も会ってないんだけど??」



ちょっと意外というか、予想していなかった展開が俺に向けられていた。雰囲気的になんだかあそこに立つのは伊集院さん以外許されないような感じがしていたのに、そこに出た名は玲でもなく健でもなくそして工藤でもなく、俺の名前だった。



「いいんですよ、例え会ってなかったとしても。要は気持ちですよ気持ち。お参りすることに意味があるんです。ですよね、伊集院さん?」




「・・・・・・」



 その工藤の言葉に、伊集院さんはこくりと一度頷いた。



「ほら、なにためらってるんだよ蓮。伊集院さんが蓮にもお参りしてほしいって言ってんだ。断る理由なんてどこにもねえだろ?」



トンッ



その場に留まっていた俺の背を、健が軽く押す。俺はその反動でふらふらと1歩2歩と、前へと列から抜け出す。



「ほら行って来い蓮。俺達の分も一緒にな」



振り返ると、健の笑顔が俺へと向けられていた。



「わかった。行ってくる」



そして今度は自らの足で、そのお墓へと足を運ぶ。一歩、そしてまた一歩と、その場所へ歩み寄っていく。



「・・・ふう~」



 俺はその場所、お墓の前へと辿りつき、一度大きく深呼吸をした。黒く大きなそのお墓には、先程伊集院さんが添えた白い花が風に揺られてゆらゆらと揺れている。その花の下には、白い文字でなにやら文章が刻まれているが、その文字は普通の文字ではなく、残念ながら読むことはできなかった。



「・・・・・・」



一度立てられた白い十字架を見つめた後、俺はゆっくりと目をつむった。



(初めまして、一之瀬 蓮といいます。僕はこれまで、何度となくあなたの娘さんである伊集院 有希さんに命を助けられてきました。だけど、僕はまだそんな伊集院 有希さんに、なにも恩返しができていません。助けられるばかりで、なにも力になれていません)



(僕には力がなかった。伊集院さんのように、誰かを助けられるような力がなかった。だけどそれは間違ってました。力は元々そこに変わらずあったんです。だけどそれを拒んで、拒否するがあまりに見失っていました。でも、今は違います。僕はようやく気付けました。自分が持つ、力の大きさ、そしてその使い道を)



(こんなこと言うのはおこがましいことかもしれません。だけど僕はあえてここで誓わせてもらいます。僕は自分の力を精一杯使い、伊集院さんの、そしてみんなの力になれるように全力を尽くします)




(僕は、みんなを守りたい。初対面なのにこんなこと言っちゃってすいません。だけど、僕はここでそれをあなたに伝えたかった。だから伊集院さん、そして僕達がこれから先も無事に日々を過ごせるように、どうか見守ってください・・・)




ヒュウウ・・・




その時




ヒラリ




「・・・あ」



 この場に優しい風が吹き込んで、添えられた花束から一つの花びらが舞い上がって俺の頬にそっと、優しく触れた。その感触はまるで手で優しく触れられたようで、その感触で俺は目を開ける。



「・・・・・・」



そこには変わらず黒く光る美しいお墓の姿。たぶん触ればひんやりと石独特の冷たさがあると思う。だけど俺はその時、その姿がとても温かく感じた。



この場所に足を踏み入れた時に感じた、あの温かさと同じように。



スッ・・・




 俺は、伊集院さんのお母さんのお墓に向かって深く、力一杯祈りを込めて頭を下げた。






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