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第百十話 淡く優しい試練~認められる、でなければ死を~

キイィィ・・・



 歩いた先には、一つの丁度背丈ぐらいの黒い門のような扉があった。周りは白いレンガ造りの塀で囲まれていて中を覗くことはできないが、黒い扉の微妙な隙間というか穴から、若干向こう側の景色が見えた。



そしてその扉を、伊集院さんが開ける。白くか細い腕は扉を力強く押し、それに応えるように扉もゆっくりと、ゆっくりと動いていく。



その様はまるで宝箱を開けるかのように、ゆっくりと好奇心を弾ませながら見えてくるものを眼に映してわくわくするような、そんな感覚におそわれる。



ガシャン



 そして扉は完全に開かれる。伊集院さん、そして工藤が順にその扉をくぐっていき、俺達もそれに合わせてその扉をくぐろうとする。



玲や健は好奇心が強くて、幾分か速足で歩いていき先に扉をくぐる。俺もそれに付いていくような形でその扉を超え、その先の地に足を付けた時、それは起こった。



ピチュン・・・



「え・・・?」



 今、突然足先からなにかが電撃が走るように伝わってきた。扉を挟んだこの地と先程のアスファルトの境界線上をまたいだ先に足をついた瞬間、その違和感は突然現れた。



「・・・っ」



俺は足元を見つめる。だけどそれはどう見ても普通の道。白っぽい石のようなもので敷き詰められたものがずっと続いていき、この地を横断するように一本の白い道となっている。違和感が走った足先から感じる感触も、さらさらとした少し砂交じりの石の感触でしかない。



だけどその違和感は気のせいでは済まされないほどに強いものだった。その衝撃で体の動きは一瞬にして止まり、現に今も一歩を踏み出した状態で動けなくなっている。一体なんなんだこれは!?



こういう電撃が走るような違和感というものには、今までにも何度か感じたことはある。例えば以前の戦闘の前に学校内に踏み出した際に感じた違和感、そしてもっと記憶を辿れば最初の戦闘、ウィスパーとの戦闘の際に感じた違和感。



だけどそれは背筋が凍るような、ざっくり言えば「悪い」違和感。そこからは恐怖、そして不安といった冷たく悪影響しか生まれてこなかった。だけど、今の違和感はそれとは全く異なっている。



正直違和感に対してこんなことを思ったことがないから戸惑っているのだが、今足先から感じた感触は確かに急激ゆえに強烈なものだったけど、それは冷たいものではなく、「温かい」ものだった。



その温かさを表現するなら優しさ、嬉しさ、喜び、楽しさなどの感情、いわゆるプラスの感情からくるものだった。一瞬にして入り込み、その温かさを体の中で爆発させて包み込む。そこに、悪い感触、今まで嫌というほどに感じた気持ちや感情はどうあっても生まれてこなかった。



この地に足を踏み入れた瞬間、俺に優しく温かいなにかが入り込んだ。その今まで感じたことのない温かさ故に体が戸惑い、どう処理していいか困惑して動けない、というのが今の俺の現状だった。



 

 そしてその俺の異変にみんなも気付く。



「ん?どうした蓮。そんなところでつっ立って。そこにはなにもないぞ~?」



「どうしたの蓮君。どこか体の調子でも悪いの??」



玲と健の二人は純粋に俺が止まってしまっているのを心配して声をかけてくる。俺はそれに苦笑いを浮かべて返すしかないのだが、残った二人の反応はというとなにか謎めいたような、そこで起きていることがなんであるかを知っていて、それに対して興味を持っている、もっと言えば「結果」に興味を持っていたような、そんな感じだった。



「・・・・・・」



「さて、どうしますか伊集院さん。これは紛れもない事実ですよ?あなたがなにがあっても認めなくても、今一之瀬さんは確かに認められた。いや認められ続けていたの方が正しいでしょうか。まあ実際のところ、こうなることはわかっていましたけどね」



「・・・確かに認められていた。だからここに来ることを許す。本来なら彼がこの場所に足を踏み入れることは私が許さなかった。もしも認められていなかったら私はすぐに彼を殺した。この時、この場所で。だけど彼は認められていた。だから私はその意を尊重する」



「なるほど・・・試したってわけですか。彼を、一之瀬 蓮を。しっかしそこまでしますかね~、実際のところあなたにはそんな権限はなかったようにも見えますが、まあ終わりよければ全てよし、ってことですかね。まあもし彼が認められずにあなたが彼を殺しにかかっても、私はそれを「阻止」していたでしょうけどね」



「・・・・・・」



二人の思惑がどの方向、そしてどんな意味を指しているかはこの二人にしかわからない。その世界は二人が見せないかぎり、その全貌が垣間見えることはないだろう。だけどそれは確実に皆を巻き込んだものだ。誰一人その影から逃れることはできないし、誰もがその影に気付かずに日々を過ごしている。いや、もしかしたら気付いているのかもしれない、あえてその様子を見せないだけかもしれない。



ただ一つ、現段階で言えることは彼、一之瀬 蓮はこの瞬間、試されていたということだけだ。当の本人はなにもわかっていないが、事態は確実に彼の周りで進行している。形はどうあれ、彼にはただ違和感を感じただけかもしれないが、それが大きな影響を及ぼす人物がいたこともまた事実。



いつか、いつか彼もその影を知ることだろう。それはまだずっとずっと先かもしれない。だけど確かに、確実に彼はその影を知り、そして向き合うことだろう。



彼は歩いていく。一度は断たれた道を、再び同じように歩いていく。これはその中の、一歩にすぎない出来事だった。





「さて、大丈夫ですか一之瀬さん。なんだか固まっちゃってますが」



 先を歩いていた工藤がスタスタと俺の元へ歩み寄ってくる。どんどん近づいてくるその姿はある意味では恐怖だったのだが、今の俺にはどうしようもないことだった。



「ふむ、返事も出来ない状態ですか。これはこれでおもしろそうな感じですが、このままではラチがあかないので・・・」



そして



ポンッ



工藤は俺の肩を軽くチョップした。すると肩から今まで生まれてこなかった痛みというものが波紋のように広がっていき、硬直している体全身に行きわたっていく。そしてその波紋は全身を包んで紐を解くように、硬直を解除していって・・・



「わっ!!」



ドシャッ!



俺は思いっきり地面に体を打ち付けていた。体はさっきまでの硬直から解けていて、打ち付けた衝撃と共に素直に痛みに対する動きが表われていた。



「イテテ・・・。たくっ一体なんなんだよ」



いきなり体は固まるわ地面に体を叩きつけるわ、いきなり散々な目に遭ってしまった。結局、最終的に残ったのは体の痛みだけ・・・



というのがいつものパターンだった。だけど今回は違う。今の俺の体には先程のなにかが入ってきたその感触が少なからず残っている。徐々にその姿は時間と共に薄れていったが、その残像だけは確かに体に残っていた。



さっきのあの温かくて、そして優しいなにかは、一体なんだったんだろうか・・・。あれは、多分俺の中で、初めての感触だった。



「大丈夫ですか?」



スッ・・・



 ようやく落ち着きを戻った俺の前に、工藤が手を差し伸べてくる。俺はそれになんのためらいもなくその手に掴まる。



「悪い、自分でもよくわかんねえけど迷惑かけちまったな」



起き上がった俺は、自分でも驚くほどの冷静さだった。呼吸も乱れてないし、この場に吹く心地よい風の感触も、しっかりと感じ取れていた。



「いえいえ、まあ少し驚きましたが無事ならいいんです。さあ、歩けますか?ここはある意味ではぜひともあなたにも来てほしかった所ですから、どうぞこちらへ・・・」



どうにも驚いたようには見えない工藤は、また意味深な言葉を残して俺の前を歩いていく。俺もそれに付いていくように歩きだす。今度は普通に足がでて、地面を踏むことができた。



「蓮君大丈夫?」



俺はようやくみんなの元に合流する。その際にまた玲の心配そうな声が聞こえたが、俺はそれを出来る限りの笑顔を浮かべてそれに応えた。



「さて、みなさんが揃ったところでこの場所についてそろそろ教えておきましょうか」



 もう少しで目的地のような所で、みんなの進行を遮るように工藤が前へスッと出る。



「そういえばまだここがなんなのかも聞いてなかったな」



今思えばなんにも教えられずにここに来ていたのだった。周りを見渡せば、今歩いている白い道を囲むように淡い優しい色をした緑色の細い草、そしてその草に挟まれるように真っ白な、純白の小さな丸い花が、所々に咲き乱れていた。



優しい風が吹くこの場所は、どうかしたらまるで童話の世界に迷い込んだような、そんな気持ちにさえなってくる場所だった。



「ええ、まあ隠すほどでもなかったんですが、ここは多くの人にとっても、そしてその中でも特に伊集院さんにとって、大切な場所」



「伊集院さんの、母君のお墓ですから」




 工藤がまたスッと横にずれて遮っていた俺達の進行、そして視界を広げさせる。それと同時に、その姿に添えるようにこの場に強い風が吹き込んだ。



ヒュルルル・・・



周りにあった、緑の草や白い花びらが辺りにふわりと舞い上がる。



「・・・・・・」



その先に、一人花束を持った伊集院さんが、きらびやかな銀髪を優雅に風に乗せながら立っていた。





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