第百九話 出発はハプニング~その瞬間、俺は女殺しとなった~
<合宿二日目>
「あっつ・・・」
外に出るとむわあ~と暑さとけだるさが一気に押し寄せてくる。ちゃんと踏ん張っておかないとぶっ倒れるか溶けてしまいそうだ。さんさんと照りつける真夏の日差しは少しというかかなり強すぎて、起床したばかりのだる~い状態の俺たちに、喝の如く容赦なく叩きつけられていた。
「うえ、暑すぎだろこれ。やっぱ今日も海がよかったな~・・・」
同じく出てきたのはぐで~としたいかにも暑さに対してまいっている様子の健。てかお前夏が好きなんじゃなかったのか?
それにしても、今の健はいつもの健だ。その様子、その姿はいつもとなんら変わらない。それが当たり前であり当然のことなんだけど、俺はどうしても昨日の晩に交わした会話が、頭の中に残像として残っていた。
まさか、夢オチってわけじゃないよな?
と、言っていることは俺はどうやら昨晩の会話は夢オチであることを望んでいるらしい。実際あれがなかったら今の俺は健と同じくなんら変わらない姿でここに立っていることができただろうしな。もしそうだったら、などと考えているところをみると、今の俺はよっぽど余裕というものがないらしい。
昨晩の健との会話。あの時健が発した言葉、そしてその姿は、今の、いやいつもの健の姿とは全く重なろうともしなかった。全く違う、まるで別人、そうまで言っても今のこの状況では過言ではないだろう。
あの時見せた健の笑顔。俺はそれを、どうしても忘れることができず、頭の中にずっと深く焼き付いていた。
たくっ、当の本人はいつもどおりだってのに、聞いてた俺がこんなにも動揺を引きずってるなんてな。でも、あの話がそれほどに意外な話だったことは、紛れもない事実か・・・。
「やあみなさん、おはようございます。今日もいい天気ですね~」
さてここで色々な思惑を一気にぶち壊す存在が現れた。いつものそのひょうひょうとしたスタイルは調子を狂わすには最高の武器だ。ある意味必殺技と言ってもいい。現に俺も、そう考えてることが無駄なように感じてきたよ。全くどこまでも迷惑な奴だ、だけどありがとよ!
「な~にがおはようございますだ。その挨拶はさっきも交わしただろ。で、女性陣はまだかかりそうなのか?」
ちなみにだがこの別荘での部屋割は、まあ実際にはかなりの部屋があるわけだが健の提案によりみんなで一緒に寝ることに、というのは却下されて(特に一部女性陣からの非難が・・・)、だけどせっかく合宿というものに来たんだからということで男女は別々に、二手に分かれて寝ることとなった。
玲・伊集院さん&俺・健・工藤 まあざっとこんな感じだ。明らかに右側がむさくるしいのがわかるよね(笑)
まあ色々と普段あまりちゃんと話せてないから良い機会だとは思ったんだけど、寝床についてものの5分で健がいびきをたてながらの爆睡モードに入ったので、結局会話という会話は生まれずにみな眠りについた。まあ健とはちょっと前に話をしていたし、工藤と布団に入りながら二人っきりで話すなんてまっぴらごめんだ。だから会話がなかったのもそれはそれでよかったかもしれない。
結局残ったのは、男三人で1部屋に寝たことによるむさくるしさと、健のいびきによる騒音妨害による寝不足だけが、残念すぎるほどに残ったのだった。まあ工藤はえらくすんなり寝れていたけどな。くそっ、顔に落書きでもしてやりゃよかった。
そして玲・伊集院さんの女性陣二人の就寝のまでの様子だが、まあこれは残念ながら俺たち男にはわからないことなので語れないのだが、でも女の子は女の子の会話があるとよく聞いたもんだしな。いわゆる「ガールズトーク」ってやつだな。もしかしたら日頃俺たちの前では言えないこととかを話して会話を弾ませていたのかもしれない。
でもこんなこと言っちゃ失礼だけど、相手が伊集院さんだしな。それもないか。いや、意外と意外と二人は普通に会話が交わせていたりして・・・。まあそこらへんはみなさんのご想像にお任せするとしよう。てか俺にはわかりませんっ!!
と、一泊目の様子を説明するとざっとこんな感じ。まあそれぞれ色々とあったとは思うが、一つ言えるのは工藤との挨拶がこれで二回目だということだ。今朝起きるときにもこれでもかという工藤の爽やかスマイルで起こされたからなあ・・・。あれは素直に精神的ダメージが大きいぜ・・・。
あれが玲や伊集院さんだったらどれだけよかったか・・・。おっと、何言ってんだ俺。こんなことバレたら本気で痛い目にあいそうだな。ここは自粛しておかないと。
「まあ女性の方は我々と違って色々と準備がありますからね。まあたぶんもうそろそろ来ると思いますよ」
太陽に照らされて工藤の笑顔が残念すぎるほどに眩しい。はやいとこ女性陣が来てくれないと本気で暑さでぶっ倒れてしまいそうだ。実際今日は本当に暑すぎるし・・・
「お待たせ~、少し準備が戸惑っちゃって。さあてそれじゃあ行きますか!」
「おっこれでみんな揃った・・・」
その時、それを見た瞬間一瞬だけ俺の中の時が止まった。
「玲、その服・・・」
玲が着ていたのは淡い緑色のブラウス。上のあたりにはフリフリが付いていて、下はふわっとした・・・
その服は、いつぞやの街へ出かけた時玲へ俺が選んだ服。そして俺がプレゼントした服。
「え、ああこれ?これは蓮君に選んでもらったやつだよね。しかも買ってもらったものだからなるべく大切な日に着たかったんだけど、ようやく今日着ることができたの。う~んやっぱりこの服いいね。なんといってもすごく涼しげだよねっ!」
そう言って玲は無邪気にくるくると回る。それに合わせて淡い緑色のブラウスがふわりふわりと優雅に宙を舞う。その動きは俺の眼には凄くスローモーションに見えて、回転するたびにブラウスから奇麗なきらびやかに光る、緑色の光の球が幾つも飛び散っていった。
俺は完全に、見惚れてしまっていた。
「お、なかなかいいじゃんその服。へえ~それを蓮がね~。さすが蓮、良いセンスしてるぜ~」
「・・・・・・」
それでも声が出ない俺。普通なら健と同じように似合ってるね~とかいいね~とか言うべきなんだが、というよりそれは玲に似合うと思って「俺」が選んで買ってあげたやつなのに、なんでその俺がこんなにも魅入ってしまっているんだろうか。
なんでこうなるのか、それがわからなくなるぐらいに今の玲とその服は、確かに似合う服を頑張って選んだが、その想像を遥かに超えてあまりにも似合いすぎて眩しいくらいだったのだ。
「ど、どうしたの蓮君。もしかしてあんまり似合ってないかなこの服?」
そして俺が無言で見ているとさすがにその姿に戸惑いを覚えたのか、玲が顔に不安を淡く浮かばさながら俺に話しかけてきた。その言葉に急に現実に戻されて動揺した俺は、おもわず思っていることそのまんまを口にしてしまう。
「い、いや・・・ちょっと似合いすぎててさ」
・・・・・・
今思うと、その言葉はあまりにもこの場において似つかわしくない言葉だった。普通に似合ってるねと言えばよかったのに、そんな声でそんなことを言えばきっと・・・
「おやおや」 「おお・・・」 「・・・・・・」
まあ、かっこうの的にされちゃうのは必至だよね。
「ちょ、な、ななななに言ってんのよ蓮君!!突然そ、そんなに褒められちゃったら私、ていうかこんなところで・・・」
シュウウ・・・
案の定玲はあまりに動揺しすぎてオーバーヒートしてしまった。顔をリンゴのように真っ赤にして、なんだかクラックラしていた。自分でも悪かったと思う。だけどまさかここまで玲が動揺してしまうとは・・・
やっと今の状況を把握してきたところで、自分がしたことのことの重大さを実感してくる。それにそんなことをしなくても否応なく周りからの声が・・・
「まさか、こんなところで玲を落とすとはな。さすが蓮、まさに特A級の「女殺し」だなっ!」
「いやはやこれはこれは。なかなか良いものを見せてもらいました。さすがどんなことでも一味違いますね、一之瀬さんは」
「・・・・・・」
「自分でも、すご~く反省してます・・・」
出発する前に、とんだハプニングを俺が放り込んでしまった。まあ自分でもまさかとも言える動揺っぷりで、俺の中ではその玲の姿を見た時がもう既にハプニングだった。
つくづく、冷静さを保てない自分が情けないですはい・・・。
「コホン。では玲さんも落ち着いてくれたところで、そろそろ出発しましょうか」
結局、玲が落ち着きを取り戻していつもの状態に戻ったのはそれから5分後だった。その間俺はずっと申し訳ない気持ちで一杯だったが、徐々に落ち着きを取り戻した玲は逆に俺に謝って来た。なんだかよくわからず俺も謝っていたらなんだかいつのまにか二人で謝り合いになっていた。そしてそこでまた周りから色々言われたのは言うまでもない。
「そういえば、これから行くところは一体どんなところなんだ?」
俺は歩きながら工藤に尋ねる。実はこの二日目は、一応DSK研究部の合宿ということで、部としての目的にのっとってドラゴンに関する遺跡や跡地などを巡る予定になっていた。まあなにをいまさらという感じだが、一応学校側から部費という資金援助を受けてる身、なにもしないでただもらっているだけというのは確かに申し訳ない感じだ。ま実際には結構充分すぎるほどやってるんだけど・・・
まあたまにはちゃんとドラゴンに関する歴史とかを学ぶのも大事なことだろう。実際俺は竜族、そしてドラゴンに関してはあまり知らないんだから。そして、今日も海に行くと言い渋る健を工藤と玲が制して今俺達は、どこに行くともまだ知らされないまま、工藤の後を付いていくのだった。
「そうですねえ、ここで話すのもどうかという事なんですよね。なので詳しくは着いてから話しますよ。な~に心配しなくてもまず始めに行くところはもうすぐそこですから、心配しないでください」
と、いつもなら望まなくても解説を始める工藤が、今回は珍しくなにやらもったいぶっている。なんだあ?まさか危ないところに行くんじゃねえだろうな。
そう思うとなんだか急激に不安がこみ上げてきた。もしかしたら今話せば俺達が逃げ出すかもしれないって話かもしれないしなあ今思えば。
そんな思いを抱いていたのが顔にでも表われていたのか、工藤は俺を察してニッコリと笑みを浮かべて言った。
「ちなみに言っておきますが今向かっている場所にはなんにも危険なものはありませんよ。だから心配しないでください。今から行くところは、伊集院さんに関係しているところなんですよ」
「え・・・」
工藤が俺に言った言葉には、意外というかなんというか、予想だにしていなかったワードが含まれていた。
(伊集院さんに関係する場所・・・?)
前をいつものように無言で、そしていつものようにその奇麗な銀髪を揺らしながら歩く伊集院さんの姿が、見ればいつもと様子が少し違うことに、俺は今さら気付いたのだった。