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第百七話 Rei Memories~茜色に染まる君と君は~

「ふあ~、疲れたー・・・」



ドサッ



 ドスンと勢いよく砂浜に腰を下ろす。渇いた砂はそこだけ沈み、温かい感触が優しく地面についている部分を包んだ。いつしか白かったはずの砂は薄い茜色に染まっていて、ギュッと握れば確かな感触と共にサラサラと手からこぼれ落ちていった。



「ほんと、こんなに思いっきり遊んだのもいつ以来かしら」



ポフッ



そして隣に同じように、俺とは違いしおらしくゆっくりと玲は腰を下ろした。その顔は言葉の通りとても満足気な笑顔で、思わず見惚れてしまうほどに、キラキラと輝いていた。



・・・いかん、なんだかいつものように接することができない。



いつも一緒に居て一緒に活動して、そしてずっと見てきたはずなのに、夕暮れにその色を染める彼女の姿はなぜか見ていて切なく、いつもとは違った雰囲気で思わずドキドキしていた。



これが夕暮れ時で、そして水着姿だからだと言われれば、うんと素直に頷くことはできなかった。



「そ、それにしても健は相変わらず元気だよなっ」



俺はなんとか話を繋げようと頑張ってみるが、これが自分でも笑っちゃうくらいに変な言い方になってしまって、思わず心の中で精一杯後悔していた。



「そうね。やっぱり遊びと聞いて一番はしゃぐのは健だしね。それに海と聞いたらもう~」



だけど玲はそんなことお構いなしにいつもどおりの口調で話に応える。いや、あるいは気を遣ってくれていたのかもしれない。今の俺はそれほどにまぬけで情けない男だった。



「確かに、な・・・」



 玲の言うとおり、今日の健はまさに爆発の一言。最初こそ玲や伊集院さんの水着姿で呆然としていたくせに、ひとたび落ち着きを取り戻せばそれまでため込んでいた遊びへの思いを爆発、弾けさせ、終始テンションマックス状態で遊びまくっていた。まあまだそのテンションは続いているから終始でもないか。



全く、本当に子供みたいに純粋な奴だ。そろそろ止めてやらねえとぶっ倒れるんじゃねえか?



「おっと伊集院さん、そっち行ったぞー。仕留めろ!」



今もなにやら海で素潜りみたいなことをやってる。あくまで「みたいな」ものだけどな。



でもそうやって、全力で物事を楽しめる奴はそうはいない。あそこまで純粋に、心から楽しめる奴はある意味で物凄く羨ましい奴なのかもしれない。茜色の空の下ではしゃぐ健の姿は、いつもと変わらず弾けていた。



まあさっきまで俺達もそれに付き合っていたんだが、さすがに体力切れ~なわけだ。そう思うと、健のスタミナの凄さに驚いてしまうな。あそこまでハイテンション状態を維持しながら動き回るのは常人ならとっくにぶっ倒れているだろう。まあそれも遊びに対してだけなのかもしれないけど。



沖までの競争、素潜り、ビーチバレーに砂山造り、そしてスイカ割りなどなど・・・。健はどれもこれでもかというテンションで全力で遊びまわっていた。



「そういえば玲と健はかなりの時間、というか年月を一緒に過ごしてきたんだろ?やっぱりその間に海に行った時にも健はこんな調子だったのか?」



 玲と健は小さいころからのいわゆる幼馴染みというやつだった。竜族は幼少期は体の成長が非常に遅い。今こうして高校生としているまでに、何百年と年月が経っている。だから小さいころから一緒にいるとなれば、もう何百年と一緒にいるということになる。その間に俺にはなかったたくさんの出来事や思い出があっただろう。



だけど俺は少し、そんなことを尋ねたことを後悔していた。



「そうね・・・。確かに海には何度か来ているけど、今日ほどハイテンションって感じでもなかったかな。まあそれでもそれなりに楽しんでいたとは思うけど」



そう言う彼女の顔にはうっすらと笑顔が浮かんでいたが、それは先程の満足気な笑顔とは違い、少しばかりの陰りが混じった笑顔だった。



純粋な楽しさが含まれた話ではない、そう俺はその笑顔から悟ってしまっていた。


「今日の健がああなのは、きっとみんながいるからよ。私がいて、工藤君がいて、有希がいて、そして蓮君がいて・・・」



「きっと、DSK研究部のメンバーと海に来れたことが嬉しくてたまらないのよ。そして純粋に楽しくて楽しくて仕方がない。だからあそこまで弾けることができるんだと思う。あれこそが本来の健の姿だと、私は思うんだ」



玲は健を眺めながら言った。楽しげに笑う健を見つめるその眼差しは、どこか切なげで、ただ見ているだけではないような気がした。



二人の関係は素直に羨ましい。信頼、そして確かな絆で結ばれた二人は、最初に見た時は本当に眩しく感じられた。だけど今思えば、そんな二人がどんな道を歩いてきたか俺は知らない。むしろ踏み込んではいけないような気がした。二人の絆、二人だけの世界。それは本当に、二人のためだけにあるような気がしたから。



だけど、どうして今の玲の眼差しはあんなに切なげで、そして悲しみを含んでいるんだろう。もし俺が思った通りの軌跡を辿れば、そんな眼差しは生まれるはずがないのに。でも確かにそれは・・・



「蓮君にはあんまり話してなかったよね。私たちがここに来るまでの、こうしてみんなと過ごす時間に至るまでの道のりを。まあ言いかえればあなたの知らない「過去」のことかな」



「え・・・」



 そんな時、俺の心を呼んだように微笑みながら玲は語りかけてくる。それはまさかこのタイミングで、しかも自分から話すとは思ってもみなかったもので、俺は思わずそう口にだしてしまった。



「昔の私は今の私とは全然違っていた。むしろ正反対って言ってもいいかな。泣き虫でいくじなしで臆病で、それでいて自分一人じゃどうにもできなくて落ち込んでて。一人じゃな~んにもできない少女だった」



「蓮君は知ってるよね。私がBランクのドラゴンだってこと。実はね、私の家の家系は伊集院さんの家までとはいかなくても、それなりに名門と言われるぐらいの家系だったの。両親はどっちもAランクだし、祖父も祖母もAランクだった」



「だけど、だけどその一族の中で私は、Bランクだった。それがわかってからね、家族が私に対しての接して方が変わったのは」



夕暮れの空を眺めながら語る玲。その顔、そして金髪のツインテールにもその夕暮れの茜色がうつり、うっすらと赤みをおびていた。俺はそんな玲に何も言わず、ただその語られる言葉の一つ一つを耳に入れていた。


「私は生まれてすぐに、「出来そこない」のレッテルを貼られた。父や祖父母は私を全くかまおうとしなくなった。それまでは普通に可愛がってくれたのに、「Bランク」とわかった途端にその態度が変わっていった・・・」



「おかしいよね。AランクだろうがBランクだろうが、自分たちの子供であることに違いはないのに。だけど父や祖父母はBランクだということで、私のことを見捨てた。出来そこないだと言って見捨てた。私は訳がわからなかった。怒りや憎しみが生まれる前に、幼い私にはどうしてそうなったのかがわからず一人泣いていた。どれだけ突き放されても、それでも私は家族にすがった」



「だけど母・・・お母さんだけは違った。みんな私を見捨てたけど、お母さんだけは私を大切にしてくれた。どれだけ父や祖父母が無駄なことと罵倒しても、お母さんは私を守ってくれた。私がちゃんと成長していくのを、ただ一人見守ってくれていた」



・・・・・・



俺はじっと玲の話を聞いていた。湧き上がってくる怒りを必死に抑えつけながら、じっと黙って聞いていた。湧き上がってくる怒りは全部拳に集めて、なるべく表情や体に表さないように努めていた。


今は自分の感情を抜きにして、玲の話をちゃんと聞いていよう。そう思った。


「それで小学校、ああちなみにこれは竜族の小学校ね。私は自分の家系のおかげで小学校の中でもかなり上の学校、家柄のいい者が集まる、いわゆるお坊ちゃんお嬢様が集まる学校に入れられたの。そしてそれからが本当に大変だった」



「大体想像はつくと思うけど、周りはAランクのばかり、そしてそんな中に一人Bランクの私。否応なくかっこうの的にされちゃったの。まあ子供だし、それに家柄がいいからみんなプライドもあったから、私はからかいの対象になっちゃったの。親から聞いたのかは知らないけど、ランク以外同じ子供なのに、「出来そこない」って言われ続けて」



 そう言う玲の顔は、なぜか暗い顔ではなく笑みを含んだ顔だった。それは遠い昔のことだからか、それとももう忘れ去ったことだからか。玲の顔には絶望や落胆といった色がまるでなかった。


聞いている俺はこんなにも感情が高ぶっているのに、話している玲は驚くほどに落ち着いていて、穏やかだった。



「そしてそんな日々が続いていたある日、私がまたクラスの男の子にからかわれていた時、一人の男の子が現れた」



「それが・・・健か」



俺がそう言うと玲は静かに頷いた。



「それが健との初めての出会い。健はその日学校にきた転校生で、そして私と同じBランクのドラゴンだった。そして彼は言ったの、「Aランクだからって威張ってんじゃねえ。Aランクだったら偉いのか?BランクはAランクのやつよりも下だってのか。違うだろ。竜族としての力が強かったとしても、それが存在としての優越を決めるんじゃねえ!それを今俺がわからしてやる!!」ってね」



玲はそう言って海ではしゃぐ健を見つめる。俺もそれに合わせて健を見る。今でこそあんなふうに子供のように遊んでいるが、健は優しくて、そして誰よりも責任感の強い奴だ。純粋で真っ直ぐで、曲がったことが嫌いで全力でぶつかれて。それは俺もよく知っている。そして今の話も健らしいなと、俺は心から思った。



許せなかったのだろう。ただAランクだということだけでBランクのやつを虐げるのを。そんな曲がった根性が許せなかったのだろう。そしてその曲がった根性に対して全力でぶつかったんだろう。



「それからね。健とよく一緒に居るようになったのは。どんな時でも一緒にいて、もし私がまたなにかされそうになったら、すぐにそいつをとっちめて守ってくれて・・・」



「だけど私は思ったの。健と共に長い間過ごしていってわかったの。このままじゃいけない。このまま誰かに守られたまま生きていてはいけない。誰かに甘えて頼って、それじゃいけないんだって。いくら健が守ってくれても、私が変わらなきゃなにも変わらないって。そして健も言ってくれた」



「「強くなれ。お前にはそれができる。お前はあんな奴らよりもずっとずっと強い。だから強くなれ。俺以上に強くなれ!!」ってね。そして私は今までの自分を捨て去ってなにもかもを変えた。そして私は前を向いた。今まで下を向き続けていたのをやめてしっかりと前を向いた」



「で、そして今の私ができたってわけ。まあ大雑把に言うとこんな感じかな。今の私がいるのも、そしてこうしてここに居れるのも、ぜ~んぶ健のおかげってわけ。だからどうあっても健には頭が上がらないの。感謝しても感謝しきれないくらいに健にはお世話になったのよ」



「・・・・・・」



 いつのまにか、手に込められていた力は無くなっていた。握られていた拳は解放され、砂の上に優しく置かれていた。



そうか。どうして玲はそんなにも穏やかに自分の過去を話せたのか、ようやくわかった。



「お~いみなさ~ん!そろそろご飯にしましょうー!!」



と、気付くと後ろで工藤がみんなを呼んでいる。どうやらもう飯の時間のようだ



「さて、なんか長くなっちゃったけど聞いてくれてありがとね。さあご飯ご飯。もう遊び過ぎてペコペコよ」



そして玲は立ち上がる



「おーい!健、有希~もうご飯よ~!!戻ってきなさ~い!!」



 なぜ玲がこんなにも穏やかだったのか。それは健という存在に出会い、そして自分という存在を変え、そして新しい自分で色んな出来事や出会いを体験して・・・。



過去に受けた苦しみよりも、今こうしてここにいる喜び、そしてみんなと過ごせた日々の楽しさ、そして幸せ、それがそんな過去を大きく凌駕し、その過去さえも自らの強さとしていたからだった。そしてその過去もまた自分であると理解して、しっかりと向き合っているからだ。



玲、やっぱりお前は強いよ。お前は凄いよ。そして今の玲は、本当に眩しすぎるほどに輝いてるよ。



「ほらあ~早くしなさいー!!もう先に食べちゃうよーっ!!」



俺はやっぱりお前達・・・玲と健の二人が、本当に心から羨ましいよ。





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