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第百二話 夏空の下の1ページ~暑き日々は輝いて~

 七月



まあ六月も一応夏のうちに入るとは思うのだが、七月ともなればいよいよ本格的な「夏」が来たと思ってしまうのはなぜだろうか。



さんさんと照りつける太陽、絶え間なくその音で夏を彩る蝉の声、濃く蒼く澄み切った空、そしてその空を優雅に漂う真っ白で雄大な雲。この世界を彩る一つ一つの景色は今まで以上に、明るく輝いているような気がした。



確かに、健がこの季節が好きだというのもわかる気がする。こう、夏だーというこの雰囲気には確かに心躍るものがあり、気分もなんとなく高ぶっていった。目に見えるものが全てはっきり見えて、眩しく感じるのが原因だろうか。だがしかし、この夏という季節にも最大かつ非常に重大な欠点がある。それは



「・・・暑い」



 そう、夏は暑い。たったこれだけのことが高ぶっていた気持ちを奇麗さっぱり押さえつけている。もしこの暑さがなかったら、むしろみんなテンションが上がりまくって大変なことになっていただろうな。




にしても・・・これは暑すぎじゃないか??




こうしてただ席について座っているだけだってのに汗がどんどん吹き出してくる。涼しげな夏服の半袖から伸びる腕は汗でびっしょりで、机につくたびに気持ちの悪い感触が後をひく。



一応言っておくが、もちろんこの教室にはクーラーは付いている。このくそでかい建物にこの設備、そしてこの学校そのものの仕組み、生徒が授業を受けるのに最も適している環境を作りだしているのは間違いない。これほど快適な学校生活を送れる学校もそうそうないんじゃないだろうか。




それでもこの暑さはそんな文明の利器をもってでしても刻々と体をむしばんでいった。



はあ・・・だるい・・・。




「なあ蓮。ちょっと英語のノート貸してくれよ」



 ふと、ぐで~と机に伏せようとした時、後ろから声をかけられる。



「ん~?ああ別にいいぞ。どうせこの授業は聞く気ないし」



そう言って俺は机の中にしまってあるうすい緑のノートを取りだしてなにも置かれていない机の上に置く。一応今は授業中ではあるのだが、俺はこの暑さでしかも英語の授業だということで、本来あるべきはずのノートや教科書は、机の中にお休み願っていたのだった。



こんなクソ暑い中で、英語の授業をまともに受けてたら真剣に溶けちまいそうだ。第一もう・・・



「サンキュー蓮。これを写してノートを出せば赤点回避っと・・・」



健はその差し出されたノートを受け取ると、弾むような仕草で自分の懐へと収めた。



「って健。あんたまたギリギリだったの?前の期末」



それを見て玲は呆れたように大きくため息をつく。その仕草はどちらかというとまるで母親のような雰囲気を漂わしていた。



「いやいや。今回は俺すごいんだぜ?なんてったって今回の期末じゃ赤点ゼロだったんだからな!!」



そう言って健は得意げにポケットから先程もらった成績表を取りだし、見せびらかしてくる。



確かに、そこには赤点というべき得点は(まあ超ギリギリだけど)なかった。しかし、その紙の一番横に書いてある数字に目を向けると・・・



「ってお前。またクラス最下位だったのかよ」



そこには堂々としたたち振る舞いで、「50」という数字が刻まれていた。このクラスの人数は合わせてきっかり50。まあ説明しなくてもわかるとは思うが、最下位ですはい。



「ふっ・・・どうせ一番は蓮が取るんだから俺は下から一番を取ろうと思ってな。どうよ、俺達二人で上と下の頂点を制覇するってのは。かっこいいだろ??」



健はそういってグッと親指を立てて突き出してくる。その仕草からは自らの考えに対してなんの疑いもなく、なんの汚れもない純粋な言葉だったことを最大限に主張していた。



「・・・まあ、確かにある意味すごいかもな」



俺はそんな健に敬意をはらってその言葉に一応同意する。しかしまあ、なんというか・・・



健、下の頂点ってのは決して頂点とは言わないんだぞ?と、静かに心の中でツッコミを入れておいてこの場の茶を濁すことにした。




「まあこんな健は置いとくとして。それにしても、蓮君は凄いわね。今回もまたクラス一位だったんでしょ?」



 とても爽やかな笑顔を見せて指をたてる健を瞬殺して、玲が話題を俺に振ってくる。健の「置いとくなよ!?」という相変わらずキレのあるツッコミは置いとくとして、俺はその問いに応える。



「いや、まあ・・・一応数字の上ではそうだけど・・・」



俺は鞄の中に乱暴に詰め込まれた成績表をちらりと見る。



(・・・まあ、仕方ないよな)



心の中でそう呟いて小さくため息をつく。今回のテストでは、確かにクラスでは一番ではあったが、中間の成績に比べればかなり見劣りするものだった。



特に、大事な時期に一週間学校を休んでいたというのは、挽回しようにもそう簡単にいくものではなかった。全く、休み明けの授業といったら進み過ぎてて笑うしかなかったな。



まあ正直成績なんてどうでもいいんだけど、それでも腑に落ちないのは人の道理なのだろうか。



「まあ今回はそんなに、って感じだったからな。今回は真剣にマグレだよ」



 俺はそう言って肩を竦めてみせると、これが実は地雷であったことにすぐに気付かされてしまうのだった。


「そ~うなんだよ!まさにそれなんだよ。なんでまた君が1番で僕が2番なんだ!?今回は圧倒的に僕の方が優位な条件だったのに・・・なのに・・・」



バンッ!!


「なのになぜ、僕は君に勝てないんだあ~~~~~!!!」



・・・・・・


はい?



いまのこの状況を説明せよ、と言われたら。


「・・・お、及川?」


及川がひとりでに発狂したの、一言に尽きる。



「・・・はっ」


 俺の机に手を付きながら俯く及川。しかしまあ、うん、そうなるよね。状況を把握していくうちに及川の顔はどんどんと陰りを見せていった。


「・・・及川、君・・・?」


玲は目をまん丸にしてその光景を見つめていた。それはもうみんなも同じで、教室中が唖然として及川のその姿を見つめていた。


「あ、あ・・・」


どんどんと自らの置かれている状況に困惑している及川。さすがの及川でも、こんなとんでもないハプニングにはすぐには機転を回せないようだ。なんだかこうしているのも可哀相になってくる。



しかしまあ・・・うん。



「及川、お前・・・」



でもやっぱり、ね・・・。



「バカだろ?」



こんなおいしいところ、逃せるわけないよね(笑)



・・・・・・



教室中が一瞬沈黙の色に染まった後



・・・ブワハハハハハハ!!!



教室中に爆笑の渦が巻き起こった。



(まさか及川がこんなに理性を失うとはな・・・。よっぽど今回のテストの結果が悔しかったんだろうな)


そう、今回のテストで俺がクラス一番になったのはほかでもない。及川自らの自爆によるものだった。


及川は世界史のテストで、回答欄を一つ間違えて書くという天然キャラ全開な大ポカをしでかし、見事に世界史だけが健クラスの成績となっていたのだった。



ほんと、運がないとしか言いようがないよな・・・


この調子じゃ、伊集院さんと結ばれる~なんていう及川の願いは、神様には到底届きそうもなかった。



(しかしまあ・・・)


 俺はぐるりと辺りを見渡す。周りのみんなは皆笑顔にあふれていて、とても眩しかった。そしてその中心にいる俺もまた、それが嬉しかった。



(これが、普通なんだよな)



こうして些細なことで笑いあい、みんな笑顔なこの光景。これが本来の姿であり、それがこんなにも楽しいものであると思うと、なんだかこの光景に有難味さえ覚えてきた。


世界はいつもどおりに時を刻んでいる。そしていつもどおりの日常を見せてくれている。その中の一部として、ここにいられることは、やっぱり幸せなことなんだなあと柄にもなく思ってしまった。



「く~~~~っ・・・」



そんな些細な幸せを、及川のあだ名に「発狂メガネ」という新しい名がつけられると共に、俺は噛みしめていた。





<放課後>



「ふう・・・」



 今日もようやく一日の授業が終わった。長くとも短くとも感じられた時間も、後は部室に行って適当にくつろぐ時間で終わりだ。そう思うと、大きくため息をついて一日の疲れを噛みしめたくなるのもまた、自然なことであった。



「さてと、今日は部室に行ってなにを・・・」



そんな時



「玲!!あなた一体なにを考えているの!?」



渡り廊下を渡りきろうとしたその時、角を曲がった先からなにやら罵声が飛びかかってきた。



(・・・今、確か玲の名前が出てたよな)



その名が出たからか、それとも単に興味本意か、俺は慎重にその模様を角から覗き込んでいた。



そこには



「私にはわからない。なぜあなたがそうまでするのかが・・・」



あの千堂グループのご令嬢こと千堂 由佳里と



「すいません先輩。だけど、これだけは・・・」



俺のよく知る、クラスメイトであり部活の仲間であり同じ竜族である、柳原 玲の姿があった。





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