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第百話 茜色の下で~二つ目の過去、少女の軌跡~

「・・・またこの時が来たのか」




 工藤から手渡された一つのカケラ。そのカケラはもの欲しそうに青白く光り、自分の在るべき姿を求めながら手の中で輝いていた。




このカケラ、ソラノカケラはこれで4つ目。つまりこのカケラで二つ目の本来の姿であるカケラが完成するということだ。



つまり、このカケラと前回のターゲットとの戦闘で得たカケラを組み合わせれば、俺はまた新しい過去を知ることができるわけだ。それは俺の本来の目的でもあるし、過去を知るためにこのカケラを集めているんだから、なにも躊躇することはないはずなんだが・・・




プルプル・・・




くそっ!なんで手が震えるんだ!!




カケラを手に取るその手は、プルプルと小刻みに震えていた。恐怖に脅え、情けないように自分の意識に反して手は震えていた。




・・・ふう、体は正直ということか・・・




俺は前に一度、今回と同じようにカケラを組み合わせ、そして過去の世界へと飛ばされた。その時俺は一人では耐えきれないほどの想いや出来事を、その身で体験した。それは心温まるものもあれば、逆に恐怖と絶望に打ちひしがれることもあって・・・



(・・・やっぱ最後のやつか)




 そう、今の俺が恐怖として感じている大方の原因はそれにある。




あの、仲良く幸せそうに手をつないで歩いていく二人を、真っ二つに切り裂くようにはいった黒い亀裂。そしてその景色が赤い液体で染まっていき、そして黒い空間へとその姿を変える。そしてきわめつけはあの薄気味悪い声




あの声を思い出すだけで、背筋が凍るような気味の悪さで意識がくらくらする。あの時、俺はその恐怖に耐えられなかった。あの後みんなの元へ帰れた時の安堵といったら大変なものだった。そして今回も、このカケラを組み合わせたらまたあんな思いをすることになるんじゃないかと、その浮かんだ不安が俺の手を震わしていた。




「どうしました?一之瀬さん。手が震えてますよ?」




 そんな中、一人暗闇に呑まれそうになっていたところを工藤の声で元に戻る。周りを見渡せば、心配そうにみつめるみんなの姿があった。



その姿は、俺の中に芽生えている恐怖をスウッと癒してくれ、安心感が暗闇に光を照らした。



「いや、なに・・・少し怖くてな・・・」




俺はなんのためらいもなく、自分のありのままの気持ちを話していた。今の自分にのしかかっている恐怖、そして不安。それは一人で抱え込むには、大きすぎるものだった。




これがいわゆる、「甘え」というやつなのかもしれない。沈んだ顔をする俺をみて心配そうに見つめる部のメンバー。俺はそんなみんなに、知らず知らずのうちに甘えていた。




「まあ前回の時にあなたが何をみて、どんな思いをしたのかは我々にはわかりません。ですが、あなたの身になにが起きようともあなたは無事にこの場所へ帰ってくることができました。だからきっと今度も大丈夫ですよ。それに我々も、しっかりとあなたを見守っていますから。ねえみなさん?」



そう言って工藤は周りにいるメンバーに視線を向ける。そしてその言葉に他のメンバーも、ゆっくりとそれでいてしっかりと頷く。



「大丈夫だ蓮。お前ならちゃんと戻ってこれる。前回だって、そして今回の一件でも戻ってこれたんだ。今回もきっとうまくいくさ。なにも心配するなよ蓮」




「私たちがちゃんと見守っているから。なにも怖がらないで蓮君。あなたは確かにここにいる。そして私たちもここにいる。きっとも今度も大丈夫。蓮君が戻ってくるのを、私たちずっと待ってるから」




・・・なんでお前らはそんなに優しくできるんだよ。俺はそんなみんなの姿を見て思った。



こんなに励まされて一歩を踏み出さない奴が、一体どこにいるというんだろう。みんなのその声や気持ちは、俺が抱えていた不安なんてこの程度のものなんだと思わしてしまうほどだった。




みんなは優しすぎるほど優しいやつらだ。そしてそんなみんなに囲まれている俺は、本当に幸せな奴だと、心から思った。




「たくっ・・・。工藤のその言葉は、できれば女の子に言ってもらいたかったな」




 俺はそう言って黒い箱にしまっていたもう一つのカケラを取りだして手に持つ。




「おや、それはすいません。何分気をまわせないもので。ですがもうわかったでしょ?みなさんがあなたのことを見守っていると、そして応援していると」




「今のあなたは、一人じゃないですよ」




そしていつものように笑みを向けてくる工藤。そんな工藤の笑顔は、憎もうにも憎めないものだった。それが初めてだったかもしれない。工藤の笑顔を頼もしく感じたのは。



「ああ。それは心からそう思ったよ。じゃあ・・・」




そして俺は両手にカケラを持つ。




「いってくるよ」




俺はその二つのカケラを近づける。案の定その二つのカケラは吸い寄せられるようにぴったりとその形が合いそうだった。



「・・・・・・」



そして繋がる寸前の時



「気をつけて」



「え?」



伊集院さんの声が、聞こえたような気がした。



カチャッ!



シュオオンン、シュバーーーーンン・・・!!!








「・・・はっ!?」




 俺は目を開けた。背中にかすかな温もりとこそばゆいような感触がある。この感触からいって、おそらくこの下は地面なのだろうと推測できる。おそらくまた、俺はどこかに寝そべった形になっているんだろう。



「ふう・・・。さてと、ここは一体どこだ・・・?」



前回の時はなにがなんだかわからずパニックになっていたけど、今回は前もって過去の世界へと飛ばされることがわかっていたので、比較的落ち着いて状況を把握することができる。気分も幾分か落ち着いているし、今のところは安心して動けそうだ。



「・・・えっと、あれは・・・湖か?」



起き上がるとそこに広がっていたのはキラキラと光を反射しながら、それでいてうっすらと赤い色をその水面に映す湖のようなものがそこにあった。周りは所々に木が生えていて、それ以外は芝生のようなもので敷き詰められていた。おそらくさっきの感触も、その芝生のものだったんだろう。



ん?水面を照らす赤い光。ということは




俺はそれに気付いて空を見上げる。



「・・・今は、夕方か・・・」



太陽はもう沈みかけていて、それを惜しむように空には茜色の空が広がっていた。おそらく、その空の色が水面に反射して赤く見えたのだろう。



(・・・なんだろう、この気持ちは)



そんな茜色の空を見上げていると、なんだか胸が締め付けられるような感触を覚える。茜色に染まる空はとても奇麗なのに、その空を見るとなんだか悲しくなって、涙が目に浮かびそうになる。



涙がこぼれ落ちるような空、それは懐かしくも哀愁漂うものだった。




「じゃあねフェンリル。また明日!!」




「・・・!!」




その時、突然背後から声がした。



「うん!また明日!!」



 

 その声がした方を振り向くと、一本の木を挟んだ向こう側に、男の子と女の子がいた。年は俺よりかは幾分か幼く見え、小学生後半から中学生ぐらいの容姿だった。そんな二人は、互いに別れの言葉を口にしながら手を振り、男の子の方はどこかへ走り去ってしまった。そして少女だけがそこに取り残される。




茜色に照らされた少女の姿はとても華やかで、奇麗だった。俺はそんな様子を木の陰から見ていた。




「また明日・・・か。明日なら、ちゃんと自分の気持ちを伝えられるかな・・・」




少女は少年が走り去っていった景色の彼方を見つめ、ぼそりとそう呟いた。



(あれ?さっきあの子、確かフェンリルって言ったよな・・・)




この過去の世界はフェンリルの過去の世界、それは薄々には気が付いていた。ここがフェンリルがいた場所であり、世界である、俺はそれを今確信した。そして今いた少年は、あのフェンリルの幼少期ということになる。



幼いころのあいつがどんな奴だったのか、そもそもあいつの本来の姿はどんな姿なのか、それには大いに興味はあったが、残念ながらその少年の姿はもうなかった。しかし・・・



(・・・ということはあの少女はフェンリルの友達、ってことか)




親しげに会話をするところを見ると、かなり親しい関係だということがわかる。だけど、俺はそこで一つの疑問が浮かび上がった。




(あれ?これはあいつ、フェンリルの過去なのに、そのフェンリルがいなくなっちゃったけど)




 俺が飛ばされたのはフェンリルの記憶の中の世界だと思っていた。だけどそのフェンリルがこの場から姿を消した。つまり今のこの時間、景色はフェンリルの知らない景色。もちろんあいつの記憶にあるはずもない。



「今日なら言えると思ってたのに・・・。ううん、こんな弱気になってちゃ駄目。大丈夫、きっと明日なら言えるはず」




「好き、あなたのことが大好きって・・・」




 俺があれこれ考えている最中、少女は茜色の空に向かって自分に語りかけるように、そう口にした。その言葉には、切ないほどに少女の気持ちが込められて、聞いていた俺がなぜだか胸がきゅんと締め付けられた。だけど、今までの流れからして少女の想いをよせる相手って・・・



(フェンリル・・・だよな?)



今見えている少女は俺に対してずっと後ろ向きなので、どんな人なのかはさっぱりわからないが、後ろ姿だけでもなんとなく奇麗で、可愛らしい人なんだろうなあという思いがこみ上げてくる。しかし、なぜ・・・



なぜこの景色を俺が、見ているのだろう。どうして俺はこの景色の一部となっているのだろう。



この景色に、なにか意味があるのだろうか。いや、無意味なものをあのカケラが見せるわけがない。なにが必ず意味があるはずだ。だがそれはなんだ?ここに俺がいる理由はなんだ??



この一見和やかな景色に、一体なにがあるというんだ・・・。



「な、なんですかあなた達は!?」



「ん?」



その時、突然今までとは打って変わった口調の少女の声が響き渡る。そのただならぬ雰囲気を感じた俺は急いで少女へと視線を戻す。



「あなたが、フェンリルさんと親しい人ですね?」



そこには、黒い服に黒い帽子。一見紳士を装いながらその気配にはただならぬ気配を感じさせる一人の人物の姿がそこにあった。見たところ、結構年はいっているような気がするが・・・



「いえいえ決して怪しい者ではありません。あなたに少しの間、付き合ってもらいたいだけなんです。あなたが我々に素直に従っていただければ、私たちもなにも危害は加えません。何分荒っぽい事は嫌いなのでしてね」



そして少女を取り囲むように、同じように黒い服を着た男達がどこからともなく現れる。少女はその恐怖に必死に戦いながら、堂々としたたち振る舞いでその男に尋ねる。



「付き合うって一体なによ!?」



少女がそう言うと、その帽子をかぶった男は不敵に微笑んだ。



「いえいえ大したことではありません。ただ少し、フェンリルさんをおびき出すためにあなたに協力してもらいたいんですよ」



その男は笑みを浮かばせながら少女に言った。あきらかにその言葉には危険な匂いがした。この男たちといいフェンリルの名を出すところといい、これはこの少女にとってもフェンリルにとっても、まずい状況であることは間違いない。



(・・・ここは助けないと)



俺はそう思って動き出そうとする。しかしこの目の前にある木の向こう側に行こうとすると、なぜだか前へ進めなくなった。



「な、なんだこれは!?」



そこには見えない壁のようなものがあった。目ではなにもみえないのに、そこから先へ行くことをその壁が遮り、許さなかった。



「おい、お前ら!!」



大声で叫んでみる。しかしその壁の向こうにいる少女や男達はなんの反応も示さず、まるで声が届いていないような感じだった。



「私がそんなことにすんなりと協力するとでも思ってるの?あなた達がなにをしようとしてるのか知らないけど、きっと良くないことよね。それもフェンリルに関わること。そんなの絶対お断りよ!!」



少女は男達に囲まれながらその要求を拒絶した。その言葉からは必死にその恐怖と思惑に抗っていた。それを聞いたその帽子男は浮かばせていた笑みを消し、帽子をくいっと回した。



「そうですか・・・できれば穏便にしたかったのですが、仕方ありませんね」



その帽子男の言葉に反応するように、周りにいる男達が少女に近づいてくる。



「な、なによ・・・来ないで!!」



少女は必死に逃げようとした。しかし周りは完全に男達に囲まれていて、逃げ道なんてどこにもなかった。



「おいやめろ!!」



俺は必死にその見えない壁を叩く。しかしなんの変化も起きないどころか、逆に跳ね返されていた。どれだけ必死に叫んでも、どれだけ全力で叩いても、その壁がなくなることはなかった。



「少々手荒になりますが、どうせ後にはそれも意味がなくなるんですからいいですよね」



「やれ」



ビシッ!!



その瞬間、男達の一人が手元からなにかを少女に向けて射出する。



「キャアッ!!・・・う~ん・・・」



ドサッ



そのなにかが少女に突き刺さると、少女は突然気を失い、その場に倒れ込んだ。



「ふう・・・これで駒は揃ったな。ようやく全ての準備は整った・・・」



「これが、我々が「あいつ」を倒し、我々がこの世界を支配する第一歩だ!!!」



そして黒い服を着た男達は気を失ったその少女を担ぎあげ、どこかへ連れて行こうとする。



「待て!!その子をどうするつもりだ!!」



 俺は必死に叫んだ。そして見えない壁を殴り、思いっきり蹴り飛ばす。しかし壁はなくならず、当たった箇所は水面に波紋が広がるような模様を浮かべて消えていった。



「くそ・・・だけどこのままでいいはずがないんだ!!!」



なぜだかはわからない。だけどこれを見逃せば、必ずその先に大変なことが待っている。俺はそう感じていた。



そして俺がもう一度、渾身の力を込めてその壁を殴ろうとした時



ピキーン・・・



突然目の前にあった見えない壁は眩い光を放ち



「おわあっ!!」



俺をなぎ倒すようにその光は俺の体を包み込み、見えていた景色もろとも全てを巻き込みながら



「ワァァァアアアアア!!!」



俺の体は茜色に染まる空の彼方へと、消えていった。





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