第九十七話 七日間の空白~再会と喜びのただいま~
ザッ・・・
「ふう・・・」
いつぞやの梅雨空はどこに行ったのだろうか。もうこの世界に雨を降らすことに飽きてしまったのだろうか、はたまたもうこんなじめじめジトジトな日々は嫌だ~という人々の願いを素直に聞き入れたのだろうか
カンカンと照りつける日差しの元、まだ朝だというのに歩いてここまで来るだけでかなり汗が吹き出し、首元に手をやればべっとりと汗が手にくっつく。足からは熱気がむんむんと伝わってきて、足の下のアスファルトがいかに熱を放っているのかがわかる。
一応言っておくが、今はまだ六月ですよ?まあ確かにもうすぐ七月に突入するところだけど、それにしても暑すぎませんかこれは??
六月でこの暑さということは、七月、この世界でいう「夏」という季節の暑さは一体どれほどのものになるのか、考えるだけで頭がカッとなる。
こうして学校に登校するだけで、こうも体力が奪われるとは・・・。暑いというのは、本当に迷惑なことだな。
まあ、しかし・・・
遠くに見える相変わらず立派な校舎の姿。手前には以前と変わらず色とりどりの花が植えられ、その様子は少なからず、この暑さから正気を取り戻させるものだった。
「・・・一応久しぶり、ってことなんかな?」
そう、俺は実に七日ぶりにこの場所に足を踏み出す。
まあその七日というのも、俺はその丸々意識を失ってたわけで、もちろんそれが長いとも短いとも思わない。こうしてここから見る景色も、いつもの風景となんら変わらない。こうしてここに来るのが一週間ぶりだというのも、なんだか嘘なんじゃないかと思う。
だけど・・・
「・・・・・・」
こうしてここに戻れたことが、素直に嬉しいと思った。この風景この世界は、俺がいなくなった後も変わらず、俺が戻ってくるのを待っていてくれた。そしてこうして俺を出迎えてくれた。
毎日ここに通い、行っては仲間と適当にだべったりして同じ時間を過ごし、共有し、そしてかけがえのない仲間と共に、ターゲットと戦うこの場所。笑顔があり、涙があり、喜びがあり、悲しみがあり、絶望があり、そして希望がある。そんな俺という存在が居続けられるこの場所に
俺は帰って来たんだ・・・
「・・・ただいま」
俺は不意に、そんな言葉を口にした。それは無意識で、それでいて自分の心の中の感情を象徴するような、そんな言葉だった。
「おかえり!!」
「・・・!?」
そんな時、俺以外の誰もいないはずのこの空間で俺が発した言葉に、誰かのそのお返しのような言葉が俺の耳に届いた。
その声をした方向を振り向くとそこには
「久しぶり!蓮君!!」
眩しすぎるほどの満面の笑みを向けてくる玲と
「全く、少し待たせすぎじゃねえか?この間の時間がどんだけ長く感じたか・・・。まあいい、とにかく今はお帰りだな。蓮」
鞄を片手に落ち着いた素振りで、それでいて優しく微笑む健の姿があった。
「わるいわるい。なんか心配かけさせちまったみたいだな、二人とも」
そんな二人の元へ俺は歩み寄り、久しぶりに会う友の姿を間近で確認して、俺も二人に笑みを浮かばせながら話しかける。
「いやまあな。そりゃみんな心配するさ。あの戦闘で一番大けがをして、一番酷な思いをしたのはなにを隠そう蓮だったからな。そんな仲間のことを心配しない奴なんて、どこにもいないさ。まあもっとも、誰よりもお前のことを心配して、発狂寸前まで陥った奴が約一名、俺の隣辺りにいるけどな」
そう言うと健は、ちらっと右隣にいる玲の姿を見る。
「なっ!?」
すると玲の顔はみるみる赤くなって、今にもポンッという音と共に湯気が出てきそうになった。
「い、いきなり何言ってるのよ健!!私が蓮君を心配しすぎて発狂寸前にまでなったなんてそんなデタラメ・・・、まあ確かに、心配し過ぎて「少し」だけ混乱状態になったのは事実だけど・・・」
玲はいさぎよく健の言ったことを否定したが、その勢いもあっという間になくなり、風船がしぼむようにその言葉に力がなくなっていって、最後には俯いてしまった。
「だってさ。今回は本当に蓮君が死んじゃったのかと思ったし・・・、それに今回の戦闘ではあきらかに蓮君の負担が大きすぎたし、そんな中私はなんにもできなかったし、みんなに迷惑をかけまくったし・・・」
小声で話す玲は、まるで縮こまった子リスのように小さくなっていた。そんな姿はいつもの明るい玲とは似ても似つかない姿で、玲がどれだけ俺のことを心配してくれていたのかが、深々と伝わってきた。
けれどその姿は少し・・・
「玲、言うことはそれだけじゃないだろ?一番大事なことが抜けてるぜ?」
「・・・!?」
健はそんな玲に話しかけた。するとその言葉を聞いた玲は驚いた表情で俯いていた顔をグッと上げて、あせったように隣にいる健の顔を見つめた。
「け、健!!その話はまだ・・・」
「いんや、どうやら蓮はそのことを、もう知ってるみたいだぜ?」
すると健はゆっくりとこちらにその視線を向けた。
「なあ、蓮?」
「・・・・・・」
どうやら健にはバレバレだったようだ。まあ実際、このことは最初っから言うつもりでいたし、ここにいるDSK研究部のメンバー、あの戦闘で一緒に戦った仲間達に隠すなんてことをするつもりはなかった。
むしろ健のおかげで話の切り出しが楽になった。もしかしたらここは感謝するべきなのかもしれないな。
「まあ、そうだな・・・。それについて、俺もみんなに話したいことが色々とある。だけどまあ、ここじゃなんだから放課後の部活の時にでも、そのことについては話すとしよう」
このことはみんな、DSK研究部全員に聞いてほしかった。ただ俺自身のことだけど、このことはこの後続いていくターゲットとの戦闘において重要な意味を持っているかもしれない、俺はひしひしとそう感じていた。
この俺の、ブラックドラゴンの力を正しき道に使うことができたならば、その力は玲や健、工藤そして伊集院さんのDSK研究部のメンバーはもちろん、この世界に住む人間たちも、この力で守ることができるはずだ。
俺は守りたい。この俺に秘められた力を使って、大切な仲間を、命を守りたい。
それが今の俺の望みであり、願いだった。
「OK。じゃあとっとと教室へ向かおうぜ。こんな所で立ち話してたらいつのまにか結構時間が経ってたみたいだ。復帰初日から遅刻なんて色んな意味でヤバいだろ?」
そして健は玲の肩にポンと手を置いた。
「さあ玲も行くぞ。今日は久しぶりの三人そろっての登校だ。もっと笑顔で喜ぼうぜ!!」
健のその明るく、それでいて優しくて心のこもった言葉はどんなに深く悲しみ、絶望した人でも明るさを取り戻す、そんなことを俺はその光景を見て思っていた。
健のその明るさは、きっと誰かを救うことができる。そんな健の姿が少し、羨ましく思えた。
「わ、わかってるわよそんなこと!べ、別に私は暗くなんかなってないし、今の私はいつもと変わらない私よ!?」
そう言って玲は健の手を振り切って、一人ズンズンと前を歩いていく。
「なんだかな~。まああれこそが玲といえば玲かもな」
「お、蓮も玲のことがわかってきたか??さすがだな蓮、やっぱり俺が見込んだ男だぜ!あの玲と付きあっていくにはそれ相応の理解と努力が必要だからな。蓮もその第一歩を踏み出したってわけだ!」
俺と健はそんな玲の姿を見つめながらやれやれといった感じで話していた。どんどん前へと突き進む玲の背中は、さっきまでの玲とは比べものにならないくらいに明るく、いつもの元気な感じがその背中、そして足取りに表われていた。
「まあなにはともかく、こうして無事にまた会えたことは嬉しいぜ。蓮がいないとツッコミ役に欠けて話が盛り上がらないからな~」
「ああ、俺も戻ってこれて、そしてお前らの無事な姿が見れて嬉しいよ。色んな事があったけど、こうしてみんな無事に帰ってこれたことには違いないからな」
こうして三人で登校するのはあのターゲットであるエフィーと戦った日の朝以来。
あの時は今回の戦闘の始まり。そして今日のこの朝もあの日と同じく、始まりだ。
これから待ち受けることはあの時とはまるで違うけど、あの日の朝と違って今の俺達は喜びにあふれている。
こうして無事にまた会えたこと、そしてまた一緒に、新たな時間を共に歩んでいけること。それはまさしく喜びであり、どんな未来であっても、その時間を過ごせること自体が幸せなのだ。
「って二人ともなにしてんの!そんなことしてたら遅れるわよ、ほら早く早く!!」
こちらに向かってぶんぶんと手を振って叫ぶ玲の姿。その姿は眩しすぎるほど眩しく、そしていつもの玲の姿だった。
「んじゃ、俺達も行きますか。早くしないと後々怖そうだしな」
「同感。玲を待たせたらどうなるかはこの俺が一番よく知ってるからな。ここは一つ、いっちょいきますか!!」
ダッ!
そして俺達は走り出した。こうしてここに居れることの喜びを、深くかみしめながら・・・