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8、挨拶はだいじ

これはいかん。これはいかんぞ。


召喚じゃない。ということは迷い込みだ。

それも巫女も魔王も勇者もなければ魔法もない。たぶん。

挙句、落ちた先は国家最大権力保持者、たぶん、のもと!


これは、マンネリ化を避けるばかりに多種多様になった異世界トリップフィクションのなかでも最近テンプレの市民権を得つつあるあれだ。あれを踏襲している。ばったばったと踏み倒していっている。


あれって、あれだ。


平凡だと自分では思っているけど、実は性格的にいささか凡庸ではない傾向にある眠れる部分を異世界に来て発揮し、おんにゃにょこがあっち行きこっち行き出会う人々と心を通わせ、あらゆる細々とした困難を時には解決し、すったもんだでだれかさんと素敵な恋を乗り越えて、わたし、この世界で生きていくわ。

の、これ!そう、それである!


由々しき事態だ!

紛う方なきサヨナラにっぽんフラグではないか!うわあい!


「陛下、わたし泣きそうです」


何故陛下に報告するのかと言われれば、はて?と首を傾げるが、わたしはこの衝撃をひとりで受け止められるほど器の大きな人物ではなかった。

そして最も近くに陛下が立っていた。

これが事実である。


陛下はまたもや溜め息をおつきになった。

陛下、地球温暖化に貢献しすぎですよ。あ!ここは地球じゃない!


「そうか。笑っているように見えるがな。引きつって」

「正解です。もうどうしたらいいかわからなくて正常に脳が働かないんです。顔筋が引きつって安い笑顔しか出てきません。頭が自己破産しそうです。というかもうしました。」


結構前に!


「それは重畳」


うわあ


「陛下、適当な相槌にしても程がありますよ。ご自分のご発言に責任を持って、相槌を打つなら愛を込めてください」


だじゃれじゃないよ!


「会ったばかりの者に愛云々、大層な話だな」


・・・ああ


「・・・それもそうですね」


確かにそうだ。それは難しい。陛下が正しい。

こくんと首をたてに振れば、陛下がまた片方、眉を持ち上げた。器用なのはわかりましたって。


「えらく素直に頷くじゃないか」

「わたしは博愛主義者じゃありません」


愛することは大変だ。どうやったってわたしに、出会う全ての人を愛する力量はない。

でもそれが好きになろうと努力をしないことの理由になってはいけないとは思う。


あれ?


「そういえば、わたし、さっきから陛下陛下とお呼びしていますけど、いいんですか?」


我ながら、今更なことだね。


「いいんじゃないか?」

「え、投げやり」


いいのかそれで。じゃあ、遠慮なく陛下と申し上げますけど!

ほんとは口にすることの少ないこの呼称言ってみたかったんだよね。

フィクションでさ、たくさんあるよね!言ってみたい言葉って!


「・・・陛下」


と、どちらさんの若干咎めるような声音に陛下はわたしから視線を外した。


「ああ、そうだった。カミュ、おまえにこれの案内を頼みたい」


おお!どちらさんはカミュさんというのか。なおさら性別が判断しがたいぞ。

ところで「これ」ってわたしだよね、たぶん。


「わたくしが、ですか」

「多忙なところ悪いが、おまえに、だ」


カミュさんが少し目を細くして問うたそれに陛下が微笑で対応する。


わお!なんだか意味ありげ!


カミュさんは片手を胸に添えて、浅く綺麗に一礼した。


「・・・いいえ。もったいないお言葉です。謹んでお受けいたしとうございます」


ほんとうに上品な仕草だ。

なかなかお目にかかれない。

じわじわとせり上がってくるものにわたしは手を組んだ。


・・・陛下、ほんとうに陛下なんだ


素足の生温かった地面が急に冷たく感じてくる。


陛下はカミュさんに頷くと、またわたしに視線を寄越す。


「私は急用ができた。あとはカミュに任せる」

「は、い。」


いやいやそんな陛下自らなんて恐れ多い。


了承の意を伝えると陛下はさっさと背中を向けて歩き出す。

あーデジャヴデジャヴュ。

わたしはその背中を見ていたんだけど、は!いかん!

慌ててわたしはその背中を追って駆けた。

大した距離ではないのですぐに横に並んだのは幸い。


陛下は、驚いたのかな?・・・違うな。わたしが足を踏み出したあたりから気づいていた節がある、足を止めてわたしを見下ろした。

気配に敏い人なのかもしれない。

でもいまそれは知ったあこっちゃないよ!


「あーっと、陛下」

「・・・なんだ」

「この国では一般的に姓名の順はどうなってますか?」

「というと?」

「名前をですね、」


んー、やっぱりここは王道かな。


「ファーストネーム・ファミリーネームの順で名乗るのが普通ですかね」

「だろうな」

「お、やっぱり」


もしかしたらうんと遅くなってしまったかもしれないけれど、ま、しょうがない。

わたしは姿勢を正して腰を折った。

今度こそ、ちゃんとしたお辞儀だ。

これもまた、日本人の武器の一つだと思うのだけどいかが?


大切だと思うんだ


「識、佐藤です。さっきはほんとうにありがとうございました」


挨拶って。


閲覧、お気に入り登録ありがとうございます。

なんだこれ。どきがムネムネ!

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