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5、うつくしい街

水の流れる音と、美形さんの足音と、わたしの足音だけがしている。


かつかつかつとぺたぺたぺたといった具合に。

もちろん後者がわたしである。


庭園は温くて、裸足に直に伝わる石のひんやりがちょうどいい。

そういえば日本は夏だった。

こちらも時空がずれずに夏だったのか。それとも四六時中こういった気候なのか。


水流の音が耳に心地よかった。


水の音を懐かしいと感じるのはわたしだけじゃあるまい。

羊水だか深海だか帰巣本能だか。


詳しく知らないからなんとも言えないけど、とにかくわたしはコケの生えるような森の川のせせらぎとか、湖の底とか、駆け出したいくらい好きだ。

ひゃっほー叫んで水路に手、突っ込んだら怒られるかな?

それ以前に呆れられるな。たぶん。うん。やめておこう。

とういうかこの人長袖で暑くないのかな。


こんな具合に、わたしは彼の背中をひょこひょこ追っかけていたわけなのだが。


広いな!

結構歩いたぞ。


さっきわたしは温室って言ったのを後悔したばかりだけどもう一度訂正させていただきたい。確かにこの広さは庭園だよ。

少なくとも日本では、おまえ日本の国土舐めてんのかってなる程度の庭だよ。


右へ折れ、左に曲がり、真っ直ぐを行き、


そしてなんと!


なんとだよ!階段があったのだ!

例によって白くて長い階段を2回下った。

なんとこの庭園、三階建てだったのです!なんということでしょう

恐ろしいな。どんだけでかいんだ。まさしくバビロン。バビロン見たことも行ったこともないけど。


二つ目の階段の最後の一段を跳ね降りて、また通路を粛々と歩いていく。

ぺたぺたの足音が粛々に当て嵌るかは謎。

そして、


「うわあ」


思わず声が漏れたのは不可抗力というものだよ、諸君。


だって眼下に一面、美しい景色が広がっていれば少しでも揺れるのがひとのこころ!


1階と思われるここは2,3階に比べると視界が開けていた。

庭園全体をドーム状に覆っていると思われるガラスの壁が植物に邪魔されずに見えるのだ。

従って、ガラスの向こうの景色が覗ける。


「あの!」


呼び止めておいてなんだけど、背中を向けていた美形さんが振り返ってわたしに目線をくれても、わたしは気もそぞろにガラスのほうばかりを見ていた。


「見てきてもいいですか!」


興奮気味に指をさして問えば、目の端に呆れたように頷くのがちらついたので、この際田舎者めと思われていよういまいが構わずにガラスのほうへ駆けていく。


「・・・わあ」


絶景だ

観光文句の「○○なパノラマ!」ってやつだ。

世界史の教科書で見たことがあるような、でもなんとなく違うような、建物たちのたくさんの屋根が壮大な絵画のように見える。レンガだろうか赤茶の屋根が多い。

なんだっけ


「しゃる、しゃれ?」

「シャルレイア」


おおう。

独り言に声が返ってきたからびっくりした。

うお、あなたいつのまに背後に来たんだ。

振り返りはしたもののわたしの手はガラスにぺったりだ。やべ、手垢付いたらどうしよう。

背が高いから、見上げるように仰ぐしかなくて首が痛い。

見下ろされる目と視線が合った。

光が当たらない角度から見ると、瞳が一層はっきりとした灰色に見える。


「シャルレイア、えっと、帝都でしたっけ」

「ああ」


痛い。首、痛い。

改めてガラスの向こうに視線を戻す。

帝都が広いせいでか、端から端までは見渡せないが、それでも一望とかいう言葉を使いたくなるほど、遠くまで目に映った。

ここから一番手前の一角、あのぐるりと延々壁に囲まれた最も広い敷地に建物が品よくいくつも並んでいるあれが王宮だろうか。


異世界に来たことがある人なら一度はこう思ったことがあるはずだ

わたしのいまの心情もご理解いただけるだろう。


なぜ、いま私の手にカメラもしくはケータイがないのか、と。


「綺麗」


ほう、と溜め息をつけば


「おまえはそればかりだな」


と、また呆れたような声が上から降ってきた。なんかこの人呆れてばっかりだな。

若いのにそんな人生を達観するなよう。

綺麗なものを、綺麗と言ってなにが悪いか。

ここに来て立て続けに綺麗なものばかり見ているような気がする。

いかん。余計な目が肥えてしまいそうだ。


しかし、シエル・ガーデンはこんな高台に建っていたのか


「ずいぶん高くに建てましたね」

「・・・シャルレイアで最も高いところにある建築物、だそうだ」

「あ、だから空中庭園なんですね!」

「知らずにどうして空中庭園だと言った?」


ん?


「シエルは空、ガーデンは庭、って意味ではないんですか?」


再び仰いで訊いてみる。そもそも異世界から来たばかりのわたしがどうして庭園が高台にあるとわかっただろう。


おい、見下ろすな。こっちは首が痛いってのに!


「ガーデンは庭だがな。シエルはわからない」

「えっと?」


どういうこと?


「口頭でそのままシエル・ガーデンだと伝わっている。シエルについては様々な説があるな。建設に携わった者の名だとか、設計者の名だとかが主流か」

「なるほど」


ここではガーデンは伝わるがシエルは伝わらない、と。


「おまえの世界でシエルは空なのか?」

「私の国の言葉ではありません。フランスという国の言葉でシエルは空という意味合いだって聞いたことがあります」

「国によって言語が異なるのか」


と、仰るということは


「ここでは他国でも言語は一緒なんですか?」

「訛りはあるが、おおかたは」

「便利ですねえ」


海外旅行での不安がひとつは消えるわけだな。


「そちらは不便ではないのか」

「不便ですよ!でも、良くも悪くも続いてきた文化ですから」


私は嫌いじゃない。

ひとが、伝えたい想いを形にしてから脈々と継がれて続いてきたものだ。

その途中途中にそれぞれの歴史を踏まえて。


「良くも悪くも、な」


お、皮肉気ですな

この人がどういう思いを込めて、あるいは特に理由もなくこんな相槌を打ったのかはわからないけど、この綺麗な街を見て少なくとも思い知ったことはある。


ここは日本じゃない。


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