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56、言霊(3)

鏡開きも過ぎてしまいましたが・・・

遅ればせながら、昨年も大変お世話になりました。

本年もどうぞよろしくお願い致します。


「お前な、不用意な発言は控えろ」


「滅びろって言っただけじゃないですか」


「どんな呪いだ」


「可愛い恨み言じゃないですか。・・・陛下、知ってます?わたしの故郷には言霊っていうのがあって」


「ことだま?」


「言葉には力が宿るんです。言葉の霊とか言葉の魂とか書くんですけどね。思いを込めて願いを声にするとあら不思議叶っちゃうかも。と信じられているんですねー」


「・・・どんな呪いだ」


殊更に呪詛を込めて低く呟いたわたしの「滅びてしまえ」はさぞ効力を発揮するだろう。

陛下は嫌そうに溜息をついた。


もっとも、言霊を信じて恨み言に恐れをなしたわけでは無論なく、朝からわたしの冗談に付き合わされている現状に呆れ半分疲れ半分の溜息と見て間違いない。


無視すりゃいいのに律儀に合わせてくれる陛下が悪い。

なんだかんだで親切な人だと思う。

まあ、この人がどんな人間かなんてちっともわたしは知らないわけだけど。


足を拭き終わったわたしは、閉めっぱなしだった出窓のカーテンをいい加減開けるため寝台に再びよっこらせ、と上がる。


「とにかく、人前では控えろ。煩い」


膝立ちになりながら手を伸ばしたわたしは、カーテンが手に触れるか触れないかのところで、その陛下の言葉にちらりと頭だけで振り返った。


つまり不敬罪とかうるさい人がいるんだから我が身が可愛けりゃ人前では言動に気を付けなさいよ、と。


なるほど。

ご忠告、痛み入ります。


何も言わず顔を戻してカーテンを引っ張りながらわたしは大袈裟に溜息をついた。


「何ですか、陛下。懐の小さい男ですねえ」


「結構」


わたしの軽口を軽く受け流し、陛下はデスクの前に立って机の上に放ったままにされた数枚の書類を手に取り目を通す。


デスク、勝手にわたしがそう言っているその机は、仕事机だからか簡素ではあるものの、やはり目を凝らすまでもなく重厚で値が張るのものであろうことは一目でわかる。


近くでまじまじと眺めたことがないためわからないが、やはり繊細な細工ももしかしたらされているのかもしれない。


この小寝室自体が広いのでそう感じないが、そのデスクは大き目サイズでどでんとした面構えであり、わたしが勉強机に使えばさぞゆとりがあるだろう。


それが一面、書類で散らかるのだから、陛下、恐るべし、である。

有能だから書類が多いのか、それともその逆の理由で書類が多いのか、はわからないけど。


ところで陛下は無造作に書類を机上に置いていったりするのだが、わたしのような部外者が室内にいるのにこれはいかがなものか。


わたしに見られても構わない程度のものなのか、わたしには理解できまいと思っているのか。

まあ事実国政なんてわからないけれど。


色々考えてフェイク、という線が一番怖いので、わたしは極力そのデスクには近寄らないようにしている。


だから、カーテンを纏めてくるっと紐で縛った後、大人しく寝台に腰かけて陛下が書類を読み終わるのを遠くで待った。


開けたばかりの出窓から、夏の雲がゆったりと空を押し流されていくのが見える。

どうもここのところ空を見上げる機会が多い。


というのも、手持ち無沙汰に感じる時間が多いのだ。

日本にいた頃は、起床、すぐに朝の支度、学校、帰宅、家事。

やるべきことがちゃんとあって、時間を見て行動をしていた。


通っていたのがそこそこな進学校なだけあって課題も少なくなかったし、忙しいと言えば忙しい日常だったけれど、充実していたといえばそうなるんだろう。


だからこそ余暇がしっかり休息の時間になっていたのだと改めて今、身に染みる。

なにもすることがない現状は、考える時間がありすぎて逆に気が滅入りそうだ。

これは、早急に何か手立てを考えなくてはいけない。


ふと窓から目を離して陛下に戻すと、偶然彼も顔を上げたところだった。

ちょうどいい。


「陛下」


「ああ」


意を決して、気になっていたことを訊いてみることにする。


「・・・昨夜の、こと、なんですけど、」


「昨夜?」


「いえ、あの、わたし、陛下がこの部屋に帰ってきたとき、どこにいました?」


わたしの妙な質問に小首を傾げる陛下。

しばらく思い返すかのような素振りをして、ああ、と何か思い至ったのか声を上げた。


「ソファにいたが」


「・・・ソファ」


「ああ。そういえばどうしてソファで寝た?」


「・・・わたし、陛下が帰ってきたとき、ソファで寝てたんですね」


「そうだな」


なんでもないことのように頷く陛下が憎らしい。察してくれ。


「わたし、今日、ベッドで起きたんですけど」


「寝台に寝かせたからな」


なんでもないことのように、以下略。



・・・わかってた。


薄々勘付いてた。



あの後、やっぱりわたしは寝落ちて、陛下が帰ってきても気付かずにぐうぐう暢気にソファで丸くなっていたのだ。

ということは、必然的に誰かがわたしを寝台まで運んでくれたことになるわけだが。


むっと口を引き結んで押し黙ったわたしに、陛下は言わんとするところに気付いたのだろう。

手にしていた数枚の紙束の端を軽く口元に当てにこり、と・・・・・いい笑顔だな!


悪戯をする子供のような笑みをその端正な顔に浮かべてくれやがった。


視線で問うたわたしに陛下が頷く。


「私が、丁重にお運びしたが?」


何か問題でも?

と言わんばかりの仕種だ。

問題ですとも!



運んだ?

陛下が?

わたしを?



こちらのむかっ腹が立つような素晴らしい笑顔を浮かべている陛下の顔をまじまじと見る。

さっき見た寝顔のようにどこかその笑顔は幼くも見えるのに、その美貌と色気を崩さず平然と身に纏っていらっしゃる。

若い娘さんからお姉さま方まで、一目見れば多くの女性が黙っていないだろう容貌だ。


こんな、わたしより数万倍も綺麗な男性に運ばれた?


・・・いやいや、この際そういうのはどうでもいい。


部屋の主を結局待てずにこてんと眠りこけ、ソファに丸くなり。

よく知りもしない男性へのほほんと寝顔を晒した挙句、そのままぐーすか起きもせず。

あまつさえベッドまで運ばせる、と手を煩わせ・・・


佐藤 識、なんたる失態・・・っ


ここでよせばいいのに、わたしは墓穴をざっくざっくと掘り進めるようにとある言葉を唐突に思い出した。

そう、日本にはこんな言葉がある。

寝た子は重い

・・・うん、重いのだ。


その決して軽くない物体を仕事で疲れた体を引きずって自室に帰ってきただろう陛下はどっこいしょと持ち上げるはめになったのである。


それこそ苦虫を潰したような顔をしているだろうわたしに陛下は愉しげに笑った。


「おまえにも恥じらいがあるんだな」


「・・・えらく含みのある言い方ですね」


・・・い、居心地が悪い。


なんども言うが、わたしはこれでも花も恥じらう思春期真っ只中なのである。

加えてこの方友達はもっぱらずらっと女の子。


男友達はそう多くないし、そもそも同年代以外の異性とお近づきになることなんてそれこそめったにない。

青臭かろうが大袈裟だといわれようがなんだろうが、

体重諸々気にするお年頃、抱えて運ばれる云々があれば思うところがあるわけで。


いやいや、思い返したらなんだかこの短期間で既にいくらかの失態をこの人の前でっていうかこっちの世界の人の前で演じているような気がしなくもないけれど、それはまあ、異世界トリップなんてありえないことになってしまったせいで半分パニック状態に陥って仕方がなかったというか平静ではなかったというか、落ち着いてきた今、思うところがあるというかうにゃうにゃ



わたしは両手で顔を覆って諸々の感情と共に腹の底から息を深く吐き出した。

加えて低い声がつい漏れる。


「・・・滅びてしまえ」


「ほう?」


ひょい、と軽く陛下は片眉を上げた。




あれ、でもわたしこの人と同じ部屋で寝てんじゃねえか今更じゃね?

と気付いてなんだか色々どうでもよくなったのはそれからちょっとした後である。


閲覧ありがとうございます。

ずいぶん長くお休みをいただいてしまいました。

こちらの勝手な都合で更新が滞ってしまい大変申し訳ありません。

・・・ほんとうにごめんなさい。


更新再開いたします。

よろしければまたお付き合い下さい。


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