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55、言霊(2)

「おはようございます、陛下」


届くように、少し大きめの声を投げると、陛下がついと顔を上げてこちらを向く。


不思議な虹彩と真っ直ぐに目が合って、今朝思わずとはいえ鼻を抓むといういたずらをしてしまったわたしは訳もなく少しだけ後ろめたくてたじろいでしまう。


「・・・ああ。そこにいたか」


寝起きだからか、どこか掠れた声が響いた。


バルコニーから引き揚げて部屋に戻る。


ベッドの上にある出窓のカーテンだけを閉めていたのでそこだけがほの暗い。


というか陛下、起きれるんだな。


じゃあ、昨日言っていた子供の頃までの癖っていうのは本当だったのか。

疲れていたのかな。なんせ徹夜の後だったしね。


ぺたぺたと歩くと陛下が眉を寄せる。

なにごと。


顔を上げて首を傾げると、陛下が小さく息を漏らした。


「シキ、お前な、素足で歩き回るなと何度言えば」

「・・・あ」


朝一番に説教を食らうとは思わなんだ。

思わず自分の足を見下ろす。いや、しかしですね。


「えっと、これはですね」

「不衛生だろう」

「陛下が潔癖すぎるんじゃ・・・」


あと、細かすぎるんじゃ


ぼやくと、しっかり陛下の耳にも届いたようで、


「お前が無頓着すぎるんだ」


とすげなく返ってきた。


前にも似たようなことを言ったな、と小さく顔を顰めて、陛下は机から白い布を取り出すと、寝台のすぐ傍らに置いてある木製の家具へ足を向ける。


寝台より少し高いぐらいの、低くて小ぶりの家具の上には水差しが乗っている。

それを手に取ると、彼はもう片方の手にある布を軽く濡らした。


なにしてるの?


と目で追っていたわたしに気付くと、陛下はもうひとつ溜息をついた。


なんだかわたしはこの人の溜息ばかりを聞いているような気がする。


無言で適度に湿気を含んだその布を渡される。

これは、足を拭けってことかな?


大人しく受け取り、ソファに腰を掛けて足の裏を見てちょっと驚いた。

思っていたより少し汚れている。


そっか、裸足で歩くことが当たり前だったから考えたことなかったけれど、室内も土足で歩いているんだから、そりゃ汚れるよね。考えなくてもわかることだ。


それにバルコニーまで出ちゃったし。


確かに衛生的ではないかも。

これでは陛下を神経質だとは笑えない。


でも、やっぱり、裸足でいられないのは、なんだか窮屈だ。

不満を抱えつつ足の裏を拭う。


「・・・室内では素足で過ごすのだったか」


ふと手元が翳って顔を上げると陛下が小ぶりのテーブルを挿んだ向かい側に立っていた。


「はい。日本では、大抵の家では玄関で靴を脱ぎます。室内は土足厳禁です。」

「窮屈か?」


アダムス先生といい、どうもわたしは顔に出やすいらしい。

思わず苦笑が漏れた。


「すぐには慣れませんね」

「・・・そうか」


ぽんぽん、と小さい子供をあやすように頭を軽く叩かれる。


・・・どういう意図かは知らないが、とりあえず、子ども扱いされていることはわかるぞ。


いや、別にね、子ども扱いされることが嫌なのではないよ。

問題はこの子ども扱いが純然たる子供を扱うようなのがいけないのだ。


思春期の青少年に大人が見せる子ども扱いなのではなくて、言うなれば近所のおじいちゃんたちが小学生をかわいがるのに近い。

そう、全く他意のないそのまんま子ども扱いであるのだ。


そりゃあ、未成年ですけど。絶賛高校生ですけど。こどもですけど。


でもこれは違うだろう。


なにせアメリはわたしより年下である。

その彼女がああやってしっかり働いているのだ。


ちらりと見た程度でしか判断できないが、わたしが時折偶然お目にかかれたごく少数のメイドさんの格好をした人たちのなかにはやはりアメリと同い年くらいの子がちらほらいたからアメリが特別早く就職したというわけでもないことはそこからわかる。


つまり、推測するに、こちらの成人は日本よりも早いということになる。


ここ!重要ですよ。


こちらの成人が二十歳未満であることは恐らく間違いない。

仮にそれが間違いだとしても、少なくとも二十歳未満の子が大人に交じって働くことは珍しくないのだ。

にも関わらず、だ。

正真正銘17歳であるわたしがこの扱い。

もう、なにも言うまい。


あきらかにわたしはひどく年齢を勘違いされている、つまりそういうことだ。

いや、これは別に悪いことじゃない。

わたしはこちらの世界のことについては赤子同然なんだから、子供である、という誤解は後々無知であることの助けになるはずだ。


これがもたらす利得は、適度に「子供」にふさわしいボケをかまさなくてはならないだろう精神的くつじょ、ごほん。疲労を差し引いても補って余りある。


しかし。

かなしいかな、心はそんな理屈諸々とはまったくもって関係がなかった。


わたしは健全な女子高生なのだ。


興味が薄い質だったとはいえ、全く恋愛やら異性やらに感心がなかったわけではない。


巷を賑わすアイドルとかには疎かったが、幼馴染を筆頭にわたしの周囲は見目が整った人間がいたおかげで、こう見えてわたしは自他ともに認める面食いである。


綺麗なものは好きだ。

思うに美しいものを愛でるのは人間の本能に近い。


その美しいものの分類に個人差はあれど。


つまりなにが言いたいかというと、だ。


わたしは一端の女の子であり、スタイルに気遣ったり、素敵な女性に憧れたり、するわけで。


・・・ええ、そう、どうせ幼児体型ですよ。ええ。


こうもあからさまに実年齢より幼く見えると態度に出されると、不貞腐れたくもなるというものだ。



あれ、でも、わたしは確かアメリに実年齢を漏らしてしまったはず。

彼女は陛下に報告していないんだろうか。


・・・なんで?

する必要もないから?

それとも陛下もサンファルさんも知っていてわざと誤解したふりをしてる?

わたしの出方を見てる?

・・・それこそなんのために。


まあ、なんでもいいや。

色々癪に障るがここは黙っておこう。

「子供」と誤解されているならそれを活用すればよし。

出方を見ているのなら、誤解されていることにも気づかなかったと惚ければよし。


「シキ?」


知らず知らず俯いて黙り込んだわたしに陛下が怪訝そうに声をかける。

顔を上げれば窓から射す朝の光を髪に浴びる陛下。


端麗な容貌に、すらっと均整のとれた肢体。

微かに眉を寄せた表情でさえ涼やかで、加えて朝日が艶めいて見える。


・・・・・ええ、ええ、わたしなんかが逆立ちして地球を一周半しようと足元にも及ばないような色気がありますよ。


これだから顔が良い奴は。


「シキ?」


じっと口を結んだまま陛下を恨みがましく見ているわたしを耳触りのいい声が呼ぶ。

一言、言わせてほしい。



色っぽい男だなんて嫌いだ。



「・・・滅びてしまえ」

「なぜそうなった」


なんの脈絡もなく清澄な朝に到底似つかわしくないおどろおどろしい声で低く恨み節を吐いたわたしに、すかさず陛下がより眉間の皺を深くしたのは言うまでもない。


チュンチュン、と朝日の伸びた部屋にいささか場違いの暢気な可愛らしい囀りが鳴った。



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