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54、言霊(1)


気づいたら朝でした。



・・・なにこれびっくりだ。



チュンチュン、と異世界でも変わらず、どこか遠くでしている朝に相応しい軽快な小鳥の囀りが、仄明るい部屋に微かに響いた。


むくりとわたしは寝台の上に身を起こして眼を擦る。


隣をちらりと見れば、絵画から飛び出たような人間がいる。

言うまでもなく、この部屋の主である陛下、その人だ。


彼はまだ夢の中にいるようで、寝息が小さく耳に届く。

カーテンの隙間から覗く光が、わたしとは反対側に無造作に投げ出された手に射していた。


「・・・えっと、」


ぽつりと零してわたしは昨日のことを思い出そうと試みる。

右手で米神をほぐすように軽く揉みながら、寝起きの頭を叱咤した。





あれから医務室を辞した後、思っていたより時間が経っていたのに驚きつつ、医務室からこの寝室までを辿りながら軽く王宮探検をアメリに付き合ってもらい。


そう、あとは夕食をいただいて、お風呂に入って、寝室に籠ってアメリにおしゃべりに付き合ってもらったのだ。


現代ほど電気技術が発達していないここでは陽の光に併せて生活をする。そのため朝も夜も早い。

うむ。実に健康的だ。


わたしの目蓋は変わらず午前6時に開かれるのだが、どうもこの異世界の時間と数時間のずれがあるようだ。

つまり地球サイクルでわたしの体は回っていることになる。


わたしが起きた時間が、地球の日本でちょうど午前6時。

幸いなことにこの世界も一日は24時間のようだから、わたしの体はこちらの世界より少し早く回転していることになる。


おかげで朝の早いこちらの生活に混乱することはなかったけれど、地球を思えば不安にもなる。


わたしのこの感覚が正しいのなら少なくとも若干の時間のずれがこの世界と日本にはあるわけで。



もし、時間の流れるスピードが大きく違ったらどうしよう。

もし、帰れた時に、もう、誰もいなかったら?



ぞっとする。




唇を噛んで首を振った。


駄目だ。ここら辺のことは考えても仕様がない。

それよりも、自分の体が正しく日本の時と同じようなサイクルで回っていることが嬉しい。


わたしはまだ、ある意味充分、日本にいるのだ。大丈夫。




で、だ。


アメリに付き合ってもらった後、手持ち無沙汰になったわたしはごろごろと怠惰に寝室で過ごした。


アメリが持ってきてくれたいくつかの本をぺらぺらと捲り。

飽きてバルコニーに出て夜の異世界を眺め。

それもまた飽きたら部屋の中を、なにをするでもなく行ったり来たり。


さっさと寝ろよ、じゃあ。って感じなのだが、いかんせん小心者のわたしは未だに慣れない豪奢な部屋をひとりで心許なくそわそわうろうろし、陛下の帰りを待つでもなく待っていた。


昨日一昨日のことがあったから、恐らくわたしは今日もここの寝台で寝ることになるのだろうけれど、部屋の主の許可もなく、それ以前にその人物が帰ってきてもいないのにぐうぐうベッドを借りて寝れるほどさすがのわたしも図太くない。


ということで、最終的にソファに落ち着いたわたしはそれからぼうっとしながら陛下を待っていた。


その間、まあ、いろんなことを考えたり考えなかったりしたけれど、あんまり覚えてはいない。


ソファに腰かけて、レースのシューズを脱いで、足元の開放感に一息ついたわたしは、あれ、アメリ帰っちゃったけど見張らなくていいのかな。あ、この部屋に来たからいいのか?


なんてちらちら思いながら膝を抱えた。


今までお目にかかることもなかったような高級ソファの上で体育座りをして、膝に額を押し当てる。


夜の静けさが身に染みる。


ふわふわと柔らかい心地が足元を不安定にした。


それで、

そう。


木に登ったり歩き回ったりなんだりで、思っていたよりも疲れていたらしいわたしの体はそのまま睡魔の誘惑にあっさりと負けてしまったようである。



あれ、じゃあ、どうしてベッドに収まっているのか。



・・・嫌な予感しかしないぞ。



戦々恐々と眠っている陛下の方へ首を向ける。


す、すやすやと寝やがって!


眠っている陛下の顔は、起きている時より穏やかだ。


皇帝陛下として忙しい日々を送っているからか、ふとしたときに陛下の眼光は鋭い。

それが印象に強く残るからか、今こうして夢の中を漂っているだろう陛下の顔はどこか幼くさえ見える。


言うまでもなくわたしなんぞよりもきっと数十倍綺麗な寝顔だ。ちくしょう。

美人は三日で飽きるとか言った奴、誰だ出て来い。


なんだか憎らしくなって閉じている目蓋の上にある額を軽くぺしりと叩いてみる。


身動ぎひとつしない。


そういえば昨日もちょっとやそっとじゃ起きなかったな。

と思い出して後悔した。


記憶に付随していらんもんまでずるずると思い出す。

頭突きと、そのちょっと前にあった出来事。



・・・なんでわたしがひとりで恥ずかしくならなきゃいかんのだ。



おかしい。おかしいぞ。あれについてはだいたいわたしが被害者のはず。


思い出すといよいよ憎らしさが増してきて、思わずえい、っと陛下の整った鼻を軽く抓む。

高くて抓みやすいこと。・・・いちいち嫌味だわ。


すっと通った鼻筋が、典型的なアジア人顔としては羨ましいやら妬ましいやら。


眠っているのに、柳眉が微かに歪む。


その仕種に思わず小さく吹き出して、そこではっと我に返った。


寝穢い母によくいたずらでしていたのをほんとについ、という感じでしてしまったけれど、思えばこの人、出会ってまだそんなに経っていない赤の他人である。


慌てて手を放して、恐々と顔を覗き込む。


ゆるゆると眉間の皺がなくなっていく。



良かった。起きてない。



ほっと安心したものの、はて、どうしたものか。


昨日と同じ疑問が頭をもたげる。

これは起こした方がいいのか。そのままでいいのか。

だけどちょっとした親切心というか余計なお世話というか、で、起こそうとして昨日の二の舞は嫌だ。

あれはもう御免だ。


かといって起こさないで後からあたふたしている陛下を見れば良心が小さく疼くだろう。


・・・・・ん?


後から、といえば。


そうだ。昨日も後から侍従長であるセバ、違う、ハワードさんが来てたじゃないか。

そうだよ、この人皇帝陛下なんだから朝起こしてくれる人なんてわんさかいるよ。

わたしがしゃしゃり出る話じゃないや。


そこまで思い至って、そうよそうよ、と一人頷いたわたしはそっと寝台から出る。


素足を床に付けると一瞬だけひんやりとした。


顔を洗って、歯を磨いて、そのまま昨日のようにカーテンを開けていく。


昨日、目を覚ました陛下が眩しそうだったから、寝台の上にあるカーテンはそのまま、他のありとあらゆるカーテンに手をかける。


そういえばこういうのってメイドさんとか執事さんとかの仕事なのかな、とかちらっと頭の隅で考えもしたけれど、これも地球での朝の習慣だったことを思うと手を止められなかった。


ひとつ、カーテンを引くごとに光が部屋に入ってくる。


今朝も清々しい天気だ。


一通り済ませると、大きなフランス窓を開けてバルコニーへ出る。

からっとした青い空の高いところにいくつか白い雲がゆったりと漂っている。


その中を一陣、黒い線が走ったように見えた。


「あ」


思わず声が出る。


昨日も見かけた、大きな鳥だった。

雄渾な姿ですっと風に乗るように、あるいは切るように飛んでいく。


似ているように思えるけれど、昨日見た鳥と同じ鳥だろうか。


だとしたら、なんとなく縁を感じる。

あの鳥がこちらを見ることもないだろうが、背伸びついでに大きく手を一振りしてみる。


そこでふと小鳥を思い出した。


あの子はだいじょうぶだろうか。


手を下しかけたところで何やら部屋で物音がして、バルコニーからひょいと顔だけ覗かせると、陛下が寝台から下りて机へと足を向けているところだった。


「おはようございます、陛下」


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