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46、ふたつの目

はじめに気付いたのはわたしだった。


「・・・あれ」


思わず首を傾げて立ち止まったわたしに合わせて、わたしの斜め後ろをしずしずと歩んでいたアメリも足を止めた。


「どうされました?」


と、わたしを覗き込む彼女の声に、数歩先を行っていたサンファルさんも振り返る。

そんなふたりにわたしは「うーん」と曖昧に唸る仕種だけを返した。




カリエドさんにわたしが胸中で懺悔をしてから数分、結局そのままサンファルさんも旅の友に加えてさあ、王宮探検。

と迷路へ入り込んだように延々同じ景色だった廊下を再び行き、ちょうどその廊下が様相を変えたところだった。


聞けば、公的領域と皇帝の私的要素の濃い領域とによって廊下や壁の様式がそれとなく変わってくるらしい。


言われてみれば、思い出したくもない例の議場と似通った堅実な色調を帯びた空気がいつのまにか周囲を漂っていた。


微かとはいえ肌をつつくようなその雰囲気に、ほんとうに来ても良かったんだろうか、と今更ながらに迷いが出始めたわたしが会話をしていた口を少し噤んで、

そこでちょっとした静けさが訪れていなかったら、わたしの耳にも届いていなかったに違いない。


それだけ小さな声だった。




「シーキ?」


立ち止まったまま、ひとりで首を捻るだけのわたしを不審に思ったのだろうサンファルさんは、進んでいた数歩分を戻ってわたしの目の前に立った。


「いま、なにか聞こえませんでした?」


そんな彼を見上げるようにしてわたしが口を開くと、今度は彼が小首を傾け、


「私には聞こえなかったけど・・・」


と呟きながらにわたしの斜め後ろに立っているアメリへ視線を流す。


それにつられるようにしてわたしもアメリに顔を向けたのだけれど、彼女も小さく眉根を寄せてただ首を横に振るだけだった。


そんなふたりから視線を外し、改めて気の遠くなるような廊下を眺めてみる。


彼らを後押しするように、どこか重厚でもある直線を、それに似つかわしい厳粛な静けさが横たわっていた。


わたしの頭の遥か高くにある、ドーム状に連なる絢爛な天井には細やかな絵画が描かれ、そこから下へ伸びる何連ものアーケードの柱には凝ったディティールが彫られている。


その大理石の柱とドーム天井を繋ぐペンデンティヴは、深い緑の背景にアラビアの風を思わせる幾何学模様の花が咲き乱れていた。


隅から隅まで、職人が心血を絞りに絞って注いだような見事さである。


見れば見るほど見るたびに、わたしが思わず怖気づく壮麗さがどこもかしこも散りばめられていて、その都度わたしはここがこの国の王様の御所なのだという事実を何度も何度も確認した。


鏡のように影が映るほど磨き上げられた大理石の床もまた例外なく隙のない美しさで、ベージュと赤茶と焦げ茶の規則正しい模様がアーケード毎に正方形状に区切られて、並び連ねられている。


その滑るような大理石の上を、巨大な格子窓から足を伸ばす日の光が影を落として、意匠の飾りへと姿を変えていた。



普段のわたしなら気のせいかな?で済ますのだけれど、なぜかその時ばかりは気になって、サンファルさんとアメリの視線を流しつつそのまま廊下を見つめる。


と、粛然とした中を、軽やかな風が撫でた。


「あ」


少し離れたところにある巨大窓がひとつだけ開いていた。



わたしの声につられたのか、アメリもサンファルさんもわたしの視線の先を追ってその窓を見る。


「窓、空いてますね」

「別に珍しいことでもないわよ?」


人差し指で窓を指しつつ言ったわたしに眉をひそめるサンファルさん。


そんな彼を置いて、わたしはその開いた窓からバルコニーへ出た。

その後をすぐにアメリが、少し遅れてサンファルさんがついて来る。


「なんなのよ、シーキ」

「だって、絶対聞こえましたもん」

「だから何が?」


バルコニーで右に左にときょろきょろ周囲を見渡すわたしが、彼の問いかけに答えようと口を開こうとしたときだ。

それは微かで、どこか震えていて聞き取りにくかったけれど、今度は確かに三人の耳に届いた。


ピィ


という、なにかの生き物の鳴き声だ。


「ほら!」


サンファルさんの顔を一度仰いで、わたしはバルコニーの端、手摺に手を置いて軽く身を乗り出した。

と、わたしの両手に、柔らかな白い手が乗る。


「アメリ?」

「危険ですから、あまり前へお出にならないでください」

「あ、うん」


言われてここが2階であることを思い出した。


よっぽど打ちどころが悪くない限り落ちて即死する高さでもないのだろうけれど、体育の成績がふんふんなわたしとしては、気軽に落ちてはならない高さである。


乗り出した体を再度引っ込めたところで、もう一度声は届いた。


ピィ


声がした方を辿るように顔を上げるのと、アメリが「スィキ様、」とわたしを呼ぶのとほぼ同時だった。


視線の先、バルコニーのすぐ横に立つ高い木の枝の上、真っ赤な小鳥の黒々としたふたつの小さな目が見えた。


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