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44、ローザン

「大方、自分たちだけで歩くより私がいた方が安全だと考えたんでしょうけど、お生憎様、私にも通常勤務っていうのがあるのよ」


おや、ばれてた。


もともと隠すつもりもなかったけど、こうもばっさり指摘されると、まるで後ろめたいことを暴かれたような気分だ。


「いえ、それは、・・・ありますけど」


もごもごと肯定したわたしの心配事はけれどそれとは別にもうひとつある。

むしろこっちの方が深刻だ。


「わたしはともかく、仮に、アメリがわたしの監視のために付けられたとして、ですよ。わたしになにかあったときとばっちりがアメリに及ぶなんてことは、」


監視、のところは何だかアメリに聞かせるのは憚られて、ごにょごにょと彼女に聞こえない程度の小さな声になった。


そう、何かの漫画よろしくありきたりな展開でわたしに襲い掛かる人間がいたとして、だ。

そのとき隣にいてくれた全くの無関係であるはずのアメリにその刃が間違って向けられるようなことがあってはいけない。


これはわたしの良心やら正義やらそんな澄んだ崇高なものではなく、単純に自分のせいで誰かが傷ついたときの居た堪れない思いを後生抱えるより自分が怪我をした方が手っ取り早くてまし、という身勝手で世俗的な法則に則ったものである。


それをサンファルさんが良い方に汲み取ったのか悪い方に汲み取ったのかはわからないけれど、彼は少し意外そうな顔をしてあっさりと頷いた。


「まあ、だいじょうぶだと思うけどね」

「だいじょうぶって、なにか根拠が、」


あるんですか?というわたしの言葉は尻すぼみになった。


サンファルさんの視線がわたしを通り過ぎてその背後へ向かっているような気がして、なんとなくわたしが後ろを振り返ったからであるのだけれど、振り返っても延々先の見えない廊下が続いているだけだった。


「根拠が、ないわけじゃないわよ」

「それってどういう」


再び顔をサンファルさんに戻しながら問うたわたしの言葉がまたもや中途半端になったのは、今度はわたしの意思ではない。


サンファルさんの背後から姿を現した新たな人物の、やや大きめの声が覆いかぶさったからだ。


「見つけましたよ!団長!」

「・・・げ」


念のために言っておくけど、げ、と漏らしたのはわたしではなくてサンファルさんである。


露骨にあちゃあ、といった類の表情を浮かべたサンファルさんの背後からツカツカと足音荒く早歩きでこちらへ向かってきたのは、サンファルさんと同い年くらいの男性だった。


サンファルさんの纏う服と似た様式の服に剣を携えているのを見ると、彼もまた騎士なのかもしれない。


耳に被さる長さの赤毛をした男性は、わたしやアメリには目もくれず、というよりも、サンファルさんを見つけるなり溜まり溜まった鬱憤を吐き出すようにすかさず口を開いた。


「また書類放り出してこんなところで何をしているんですか!」


いかんせん、それは怒号というよりも積もり積もった小言という体が拭えず、怖くはなかったのだけれど、なんだか迫力はあって関係のないわたしも思わず、うお、と仰け反ってしまった。


アメリは相変わらず微笑んだままで、団長と呼ばれた当のサンファルさんはストップ、と制止の形、両手のひらを相手に向ける例のしぐさである、を作る。


「ユアン、まずは落ち着きましょう」

「落ち着いてますよ!今日こそは言わせていただきますよ、団長。あんたが溜めに溜めた仕事でとばっちりを一番受けるのは俺なんですからね!」


だいたいどういうことなのか、状況を把握していない人間でも想像がつくやり取りだ。


「・・・アメリ、これって」

「日常茶飯事ですわ」


近くにいたアメリに小声で尋ねると、耳打ちしてくれる。

そんな彼女の表情は動じるところが微塵もなく、にこにことしていた。

それが尚更、この光景がいつも通りであることを物語るようである。


わたしがアメリの横顔を一瞥する間にも、例の二人の会話は続く。


「だいたい何なんですか!毎日毎日書類整理の時間になった途端抜け出して!」

「書類なんてわざわざ私がしなくてもユアンがやればいいじゃない」

「よくないですよ!おかげさまで書類がローザンの砦ですよ!」


ユアンさんとやら、余程溜まっていると見える。


ところで、


「ロ-ザンの砦って?」

「カサランサス北の国境に連なる山脈の通称です」


耳慣れない単語にまたもやぶつかったわたしがほぼ無意識に呟くと、やはり的確なタイミングでアメリがすかさず答えてくれる。

全くもってわたしは彼女に頭が上がらない。


「山脈?」

「はい。カサランサス最高峰のモンテローザンという山を筆頭に険しい山々が長距離に渡って並んでいるんです。」


要するに日本の慣用句「書類の山」のカサランサス版と見ていいのだろうか。


「ローザンとか砦とかって?」


「ローザン様は祖皇帝陛下の腹心でいらっしゃった高名な将軍閣下です。戦乱期、ローザン様が、その山脈という地の利を活かして、圧倒的に不利だと思われた戦をひっくり返し大勝されて以来、カサランサス随一の難攻不落を誇る国境の砦と謳われるようになりました。その後本当に山脈の上に砦が築かれて、今ではカサランサス最長最大の砦です。」


「それでローザンの砦?」


「お察しの通りです」


「ローザンさん、伝説の人みたいな感じ?」


「そうですね。祖皇帝陛下と並んで子供の寝物語の定番ですし、軍に携わるお方にとっては憧れであり最大の目標だと伺ったことがあります」


「・・・あのふたりにとっても?」


「・・・ええ、恐らく」


ちらりと視線を前方へ向けると、視界の隅にアメリの苦笑が見えた。


ふたりとは言わずもがな、騎士であるサンファルさんとその部下と思われるユアンさんとやらだ。


彼らはまだ会話というか、言い合いというか、愚痴を言っている人と聞き流そうとしている人というか、まあ、先程からの行為を続けていた。


その転換が見えたのはユアンさんの一言だった。


「とにかく!執務室に戻って書類を片付けてもらいますよ、団長」


びしいっと効果音が付きそうな勢いで人差し指を自分の上司に向けて、まさしく憤然の体で最終通告を行ったユアンさんにサンファルさんは申し訳なさそうな顔をした。


お、とうとう諦めて仕事に戻るか?


とか考えたわたしはやはり甘かったのである。


サンファルさんはあたかも自分の力では及ばないものにぶつかった善良な人間のような表情で口を開いた。


「ユアン、悪いけど、私、特一級のシーキ様からお供をするように仰せつかっているから」

「・・・え!?サンファルさん、え!?」


目まぐるしい彼の態度の変わりように、思わず驚いて声を上げたわたしに非はないはずだと思いたい。


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