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43、宮廷談義(4)

苦笑したのはアメリで、溜め息をついたのはサンファルさんだ。


平凡を、望もうが望むまいが地で行くわたしは世界史だろうがなんだろうが平均的な点数だったわけで、そんな教科書みたいな小難しい言葉の並ぶセリフを音声だけでつらつら語られて一発で全ての内容を理解し整頓できるはずがないのだというのがわたしの主張だ。間違っていないと思う。目で読むのと音だけで整理するのとでは違うと思うのだけど如何に。


はあ、


と手の掛かる子供に呆れる親のような溜め息を吐いたサンファルさんはちらりとわたしを一瞥した。

彼のそういう眼差しを受けるとまるでわたしが頭の弱い子で大層申し訳ないような心持になってくるのだから不思議だ。


「解らないなら仕方ないわ」


お?

呟いたサンファルさんへ顔を上げたわたしに彼は目線を合わせてにっこりと微笑んだ。


「解らないままでいなさい」

「丸投げ!」


早々に丸投げを決め込んだよこの人!親切どこ行った!


「わからないものをわかろうとしたってわからないんだからわからないでいいじゃない」

「学ぶ姿勢とか相互理解への努力、とかの精神を根底から覆すセリフですよ、それ。」


あと早口言葉みたいだ。


「そうじゃなくて、急に色んなことを人に教えてもらったって全部を理解できるはずがないでしょ、ってことよ。追々自分で知っていけばそれでいいじゃない」


「つまり百聞は一見にしかず、ですね」


行く先々で自分なりに納得して折り合いをつけていけということか。


確かにサンファルさんの言うことは正論である。

なによりわたしは一を聞いて十を知るような燃費のいい頭をしていないのだからそういう方法しかわたしにはできない。


しかし、予備知識なしで予想もしない大事に巻き込まれるというのがこの手の話のセオリーでもあるのだ。知らないというのは実に恐ろしいことである。


過去に読んだことがあるファンタジー系の物語たちを反芻しはじめたわたしの頭は同時にそこはかとなく憂鬱にもなる。


考えてもみろ。わたしはその過去に読んだ物語たちと似たり寄ったりな体験を踏襲しているのだ。

つまり異世界デビューという名のファンタジー要素である。


ここがゲームの世界であれ小説の世界であれ、はたまたちゃんとした現実の世界であれ、もしかしたらこれまでに読んできた本の主人公たちのような多難がわたしを待ち受けている可能性だってあるのではないか、と一瞬でも考えてしまうのが人間だ。


思いつきもしなかったけれど、小説のヒーローヒロインの心は今のわたしと酷似していたのかもしれない。これはもう、今度から気軽な気持ちでファンタジーは読めないな。


少なくともわたしに限っては、冒険なんて憧れこそすれ強く望むものではない。


そんな感じでもんもんとしていたわたしの目の前、絶妙なタイミングでサンファルさんはぽつりと呟いた。サンファルさんは凄い。


「というか正直一々細かく説明するのめんどくさい」


なにが凄いって隠そうともしない声量のぽつりだったことである。


「サンファルさん!心の声漏れてますよ!」


仕舞って仕舞って!


わたしのそこはかとない憂鬱も飛んでいく素晴らしいタイミングだ。


おかげさまで冷静になると、わたしは今サンファルさんとアメリと一緒にいるのだ。ひとりでいるのではないからどっぷり思考に浸かるのは後回しである。


そもそもついうっかりツッコミを合の手よろしく入れてしまったけれど、よくよく考えてみればわたしとしてもこれ以上事細かに解説してもらいたいとは思っていないわけで、


わたしは大真面目な顔をしてサンファルさんを見つめて頷いた。


「つまり宮廷は面倒だということですね」

「真理ね」

「それでよろしいのですか!?」


大真面目な顔で大雑把に纏めたわたしに、大真面目な表情で恐らくてきとうに頷き返したサンファルさんを、えっ!?という驚きと共にしっかりツッコんだアメリは真面目である。




宮廷の慣習ネタは収拾がつかなくなるのが目に見えてきたところで、話題を転換したのはサンファルさんだ。


「ところであなたたちこんなところでなにをしてるの?」

「・・・普通はそういう穏やかな話題から入りますよね」


まかり間違っても「君、異世界人だったね!」なんてセリフから入る日常会話なんてそう滅多にお目にかかれない。


というわたしの俯いての呟きにサンファルさんが耳を貸すはずもなく。


ただ優雅に首を傾げるサンファルさんの質問に答えるべくわたしは顔を上げた。

当たり前のように長い端麗な廊下にずらずらと行儀よく並ぶ細工窓から光が等間隔に射している。


「王宮探索をアメリに付き合ってもらってるんです」

「・・・王宮探索、ねえ」


意味深長なサンファルさんのため息交じりの一言はまさしく、呑気ねえ、と同義であった。


わたしだってちらっとは考えたのだ。


なんにも知らないわたしが王宮を女官の女の子とふたりでぶらぶらと歩くのは少し不注意な気もする。だいたいお話のなかでは大抵王宮は危険の巣窟という設定だ。


皇帝陛下の拾得物とか言われてもいまいち自分の立ち位置を把握しかねる時分にふらふらっと即戦力になりそうな連れもなしにその巣窟を行くというのは無防備としか言いようがないのかもしれないけれど、背に腹は代えられない。


またまるっと一日部屋に篭ったきりというのは命と時間と若者の体力という資源が勿体ない、というか、暇である。


なにより部屋にじっとしていて地球に帰れる気がさらさらしないのだからしょうがない。


かといって陛下に「お供付けてください。強そうなやつ。」と言えるほど度胸が据わっているわけでもないから、アメリとふたりこうしているわけだが、サンファルさんが偶然通りかかってくれのは幸運だった。ここで騎士のサンファルさんが一緒に付き合ってくれると儲けものである。


ということで、わたしはサンファルさんにお誘いの言葉をかけてみることにした。


「サンファルさん、一緒にお散歩でもいかがですか」

「私は忙しいのよね」


・・・うん。わかってた。

誘った動機はいわゆるだめもと、だめでもともとの精神である。

二つ返事で「うん。行く行くー」となるとはさすがのわたしも思わないが、真顔でこう即答されると、


「あたかもわたしが暇でしようがない人間だといわんばかりですね」

「あら、違ったかしら」

「いえ、違いませんけど」


違わないけどさ!


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