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41、宮廷談義(2)

「つまり、寝室は普段は使っちゃいけないってこと?」


自分なりに考えた結論を口に出すと、しかし、アメリは首を振った。


「いいえ、歴代の皇帝陛下には毎日寝室をお使いになった方もいらっしゃいます。」


なんだ。結局、時の王様次第なんじゃないか。


「現皇帝陛下は普段小寝室でお過ごしになりますし、使節の謁見など公的場合を除いた日々は起床の儀、就寝の儀は省いていらっしゃいます。ですがそれは、空洞化しつつある儀式に時間を割くよりも、実務をこなすことを重んじられているからで、決して陛下が慣習を蔑ろになさっているというわけではございません」


「えっ、うん?」


待って待って。


アメリは簡単にすらすらっと言ってしまったけど、日常的ではない言葉を聞いているわたしには当然そんなにすんなりとは入ってこない。


そもそもなんか知らない名詞が出てきたぞ。


儀、とかなんだか重々しいじゃないか。なんの話だ。


知らないものはしょうがないから、わたしは率直に彼女へ訊いた


「アメリ、起床の儀とか就寝の儀とか、なに?」


のだけれどアメリが口を開く前、唐突にわたしの背後から声はやってきた。


「そっか。あなた、別の世界の人間だったんだっけ」

「うわあ!」


思わず声を上げて飛び上がったわたしに非はないはずだ。


全く予期していなかったところから突然、それも耳元で喋られると存外びっくりするもんだよ。たぶん。


両手で胸を押さえて後ろを振り返る。ドクドクと血液が情熱的に流れていった。


振り返った先、そこにいたのは


「サンファルさん!わたし、今、心臓が口から飛び出るところでしたよ!」

「あらやだ、痛い」


わたしの非難めいた言葉もどこ吹く風、背後に突然現れたサンファルさんは「あらやだ」よろしく口元を手で押さえる素振りで飄々と言ってのけた。


いっそ清々しくて、逆にわたしが悪いことをしたような気分になる。


いかん。流されてはいかんぞ。


「違います。そこは心臓が口から出ることへの感想じゃなくて、気配もなく人の背後に忍び寄って驚かせたことを謝るところです」


なんなんだ。この都合のいい唐突な登場は。


第一、心臓が口からおっとっとと転がってきたらもはや痛いとかいうレベルではないのではなかろうか。


苦い表情で首を振ったわたしに、サンファルさんは美の女神もかくやとばかりに微笑んで、


「ゴメンナサイネ。ワルギハナカッタノ。」

「棒読み!」


まさかの棒読み!


いきなりひょっこり出てきたと思ったら、ほんとうになんなんだサンファルさん!


それに


「別の世界の人間って、なんだか棘のある言い方じゃないですか?」

「棘なんていれてないわよ」


眉を寄せて言ったわたしにサンファルさんは肩をすくめてみせた。


「針は仕込んだけど」

「そっちのほうがより悪意が籠ってるじゃないですか!」


棘はしょうがないよ。生えてくるからね!

針は普通自然ににょきにょき湧いてはこないよ!

いや、生えるのか?いやいや生えないよ。少なくともわたしの知っている植物には生えないよ。


叫んだわたしを一瞥し、サンファルさんは人差し指でつんつんとわたしの眉間をつついた。

眉間の皴を言っているのだろう。


誰のせいだ、誰の。


片手で眉間を揉んでいると、アメリがすっとわたしのすぐ傍に寄ってくる。


なんだかふわりといい香がした。


「スィキ様、申し訳ございません。失念しておりました」


失念?なにを?


首を傾げたわたしに、アメリは「起床の儀と就寝の儀でございます」と呟く。


ああ、そうだった。その話だった。

綺麗にさっぱり忘れてしまうところだった。恐るべしサンファルさん。


わたしが眉間から手を離すと同時にアメリは口を開いた。


「宮廷には様々な慣習がございますが、その宮廷儀式のひとつでございます。」


と、ここでわたしなりにアメリが教えてくれたことを纏めてみよう。



まず、時間になると侍従長が「陛下、お時間でございます」と、呼びかける。


ついでに現侍従長さんはハワードさんだ。


侍従長というのはいつでも皇帝に近付いて話すことができる権限を持っていて、だからこそ、皇帝の信頼も厚いのだとか。


なるほど、今朝の光景を思い出せば妙に納得できるような気がする。


慣習に従うなら侍従長は皇帝の傍近くに簡易寝台を用意して眠るのだそうだけど、儀式を省いているわけだから、陛下はあの小寝室の時間をひとりで過ごす。


それから皇帝付首席医師と同外科医が入室、皇帝の健康状態を把握。


皇帝の寝台の厚いカーテンが開くのはその後ようやく、ということだが、わたしの記憶が正しい限り、というかついさっきのことだし間違えるはずもないのだが、昨日陛下とわたしが使ったベッドに天蓋もカーテンもなかったはずだ。


陛下はそれも省略したらしい。

そういえばごたごたしたのは好かないとか言ってたな。あの人。

機能性重視なのかね。


で、だ。


寝台から出てきた皇帝は皇族と共に朝の祈りを捧げる。


ということは、こっちの世界にも神様と宗教の概念が根付いていることになる。

この先のことを思えばちょっと厄介かもしれない。


まあそれはおいおい考えることにして、


とにかく、他細々したことはあるものの、一通りここまでで起床の小儀が終わり。


しかしもちろん小儀があるわけだから、大儀があるわけで。

このあと起床の大儀が続く。


王様の着替えとか、シャツを差し出すのはその場にいる皇帝に次ぐ最高位の人物、ってあれだ、皇太子とか皇弟やら公やら、でなければならないだとか、皇帝の時計師が懐中時計の螺子を巻くとか、タイは自分で締めるのが通例だとか、朝に祈りをしたうえ更に祈祷台でまた神様に祈りを捧げるだとか、そんなやたら、言っちゃあなんだけど、わたしからしてみればどうでもいいような決まりがずらずらっとお行儀よく並んでいる。


もはやここまでで既に面倒になってきたので就寝の儀を始めその他は割愛させていただくとして


・・・聞いてるだけで頭が痛くなりそうだ。


「なんだってそんな、面倒な・・・」


学校の校則なんて目じゃないぞ。


もしかしたらこの先、そういう慣習とかしきたりやらのしがらみにぶつかったりしたときのことを考えるとうんざりしてきたわたしは、つい呆れたような顔と声を出してしまった。


そんなわたしの言葉に答えてくれたのはアメリではなくサンファルさんで、


「簡単に教えて差し上げましょう」


とわざとらしくウィンクをして、彼はピッと右の人差し指を立てた。


ところがどっこい、わたしには決して簡単な解説ではなかったんだな。これが。


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