38、無言の舞台
「・・・・・・」
「・・・・・・」
わたしが口を噤んだことで、静かな時間が訪れる。
沈黙たる沈黙である。
負けじと、わたしもハワードさんの目から何かを探そうとしたけれど、そこは生きている年数なのか、さっぱりだ。
ただ、ひとつだけ言えるのは、数あるトリップ物のヒロインやヒーローのように、わたしに何かを期待されても困る、ということだ。
わたしはここで気の利いたセリフを持っているような、そんな人材では決してないのだ。
わたしが口を閉じたままでいると、ハワードさんは、ふっと、また口元に微笑をたくわえた。
「・・・つまりは、そういうことでございます。恐らくシーキ様がお考えのように、ここでも、小さな子供が武器を持つなど、一般的なことではございません。もちろん全ての大人が剣の心得があるということもございませんよ」
先回り先回りで、わたしの考えをハワードさんはお見通しらしい。
的確に情報を与えられて、わたしはといえば苦い、この一言である。
もちろん、ハワードさんが淹れてくれた紅茶が、ではない。
その紅茶の最後の一口を喉へ通す。
わたしが飲み干したのを確認したハワードさんがさらっとカップを換えるその背中に、意を決してわたしは口を開いた。
「わたしは、五つのこどもがお供に従えるのは、かわいいふわふわのくまさんとか、せいぜいおもちゃの兵隊さんとか、それくらいで上等だと思います」
質問をされて、それでわたしも欲しい答えを貰ったのだから、わたしも気が利かないなりに拙い答えを差し出さなければならない。
ハワードさんは流れるような動作を止めて、わたしを振り返った。
目が合ったのは数秒。
わたしは間違ったことは言っていないはずだ。
だってそうでしょう
5つの小さな子供が、広いベッドにひとりで眠るときは剣がいつも一緒でした。めでたしめでたし。
とか、いったいどんなセンスをした物語だ。
ハワードさんはすっとわたしから目を逸らして、昨夜陛下が乱雑に置いたっきりになっていた上着を見つけると、習慣であるかのように音もなく机へと足を動かした。
「私の妻は、陛下の乳母をさせていただいておりました」
丁寧に上着を片腕に取り、机の端にこれまた無造作に放置された、恐らく書類やらなんやらを綺麗にまとめる。
「彼女が、陛下、いえ、当時の殿下に放たれた凶刃を代わりに受けたのが、陛下が先帝陛下より初めて剣を手ずから拝受なされた、二年ほど前のことでございます」
・・・うん。えっと、つまり、
陛下がおとうさんから剣をもらったのが5才のときで、
ハワードさんの奥さんが凶刃に倒れたのが、陛下が3歳のときってことかな。
凶刃っていうのは、人を殺める刃のことで、
想像するしかないわけだけれど、
物語でよくある刺客、とかそういうので、
受けた、というのはやっぱり、ハワードさんの奥さんは、それで
いなくなってしまったのだろうか。
だんまりを決め込んだわたしを気にすることなく、ハワードさんはぽつり、とこう締めくくった。
「私には、過ぎた立派な女性でした」
伏目がちの穏やか横顔が、陛下の机の近くにある窓から注ぐ朝の光に晒される。
その立ち姿を、わたしはもう、居心地が悪くて悪くて、カップが暇を告げてしまった両手をまごまごとしていた。
そんな話をされて、さあ、わたしはいったい何をどう言ったらいいのか。
言えることなんてひとつもないのだ。
逡巡する。
しかし待てどもこの境地を打破する画期的な言葉は出ない。
でもなあ、このまま無言でいるよりいいよな。
と腹を括って、別名、開き直りともいう。
わたしは思ったことを恥を忍んでそのまま口に上らせることにした。
「あの、わたし、頭が悪くてこんなときなんて言ったらいいのかわからないんですけど、でも、」
ハワードさんと、その奥さんは、それはそれはとても
「お似合いでいらっしゃると思います」
そもそもわたしは、ハワードさんがなんたるかも知らないわけだが、でも、奥さんのことを語るハワードさんは、なんだかとても、 なんだかとても、
・・・なんだかなのだ。
ハワードさんは無言でわたしの瞳を覗いてきた。
わたしは偽りでもお世辞でもなく言ったつもりだから、後ろめたいことなんてなにもない。
そのままハワードさんの、深慮が蓄積されて固まったような双眸を見ていた。
なんだかこっちの世界に来てから、わたしはぐんと誰かと見つめあうことが多くなったような気がする。
ときに、沈黙の戦場というのがあるものだ。
しばらくするとハワードさんがにっこりと笑ってみせたので、わたしもやっぱりつられてへらっと笑ってしまった。
その後、帰ってきた陛下に
「・・・わたし、剣よりぬいぐるみとか抱えて眠る陛下のほうが好きですよ」
と言ったわたしが、陛下に、また性懲りもなく、と胡乱気混じりの視線を向けられたというのは、ここでは本当に余談である。