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37、これはおもちゃではありません

陛下が出て行って、必然的に部屋にはわたしとハワードさんの二人きりになった。


「・・・ハワードさんって」

「はい」

「素敵な性格をしていらっしゃいますね」

「光栄でございます」


閉じられた扉から視線を逸らしハワードさんを見上げると、にっこりと微笑みを返される。




ハワードさん・・・



見かけからは想像しづらい、なかなかのおちゃめさんである。


ハワードさんおちゃめさん!



とかわたしがくだらないことに思いを馳せているなか


「さて、」


と言ったのはそのハワードさんだ。


それに呼応するように再びわたしがハワードさんの顔を窺うと、やっぱりハワードさんは人のよさそうな愛想のいい笑みをくれる。


なんだか彼女を彷彿とさせられる笑みである。

彼女って、もちろん、愛しのアメリだ。


「シーキ様、お召し物はいかがなさいましょう」

「・・・え」

「夜着のままではいけません。今朝のお召し物はどのようなものがよろしいですか?」

「ああ」


そっか。ハワードさんはそういうお仕事を日々こなしている人なのだ。


着替えはですね、動きやすいTシャツにショートパンツとかがって


いやいやいやいや


「あの、ですね。ハワードさんのお手を煩わせるようなことでは」


自分のおじいちゃんでもおかしくない年齢の、それも素敵なジェントルマンに着替え(インナーを含む)を持ってきてもらうとか、なんて前衛的な罰ゲーム。


「とんでもないことでございます。お命じください」


が、しかし、邪気なくにこにことするハワードさん。



と、とんでもないことでございます!



「あ、アメリに、そう!アメリにですね、手伝ってもらうので、だいじょうぶです、ええ、全然だいじょうぶです!」

「そうでございますか?」

「そうでございます!」


こくこくと頷くわたしにハワードさんは何故かどうも上機嫌であるように見える。


そこでわたしはふと恐ろしい考えに至った。



はっ。さてはこれは!

さっきわたしから豆鉄砲を食らったハワードさんは、しかしその鋭い観察眼でわたしが人にお世話されるという状況に慣れていない庶民だというのを見抜き、早速と柔軟な順応性を発揮して、仕返し代わりにちょっくらからかってみたのではあるまいか!


なーんて、まーさーかーねー。


我ながら深読みしすぎだ。というか、これは深い読みなのか?


だがしかし、


わたしの一瞬の発想を裏付けるようにハワードさんはなんだろう、忍び笑い、なのかな?をこぼしながら茶目っ気たっぷりにわたしに一瞥をくれた。


「それは残念」

「!」


ハワードさんおちゃめさん!





で、結局。


寝起きで喉が渇いていたこともあって、遺憾ながら、ハワードさんにお茶を淹れていただくことで落ち着いた。


ソファに腰掛けるわたしとは対照的に、ハワードさんは、すっと背筋を伸ばして立っている。


ソファを勧めてはみたものの、アメリといい、ハワードさんといい、こういった点に関しては断固として譲らないのである。


規則というよりは、あるいは、彼らのプライドであるのかもしれない。



カップのなかでほんのりと色づいた乳白色が揺れる。


モーニングティー用だとかいう紅茶は渋みが強くて、わたしがお願いしてミルクを入れてもらった結果だ。


「ハワードさんは」

「はい」

「その、陛下とは長いお付き合いなんですか?」


自分で言っておいてなんだが、聞きようによってはなんだか怪しい響きだ。

もちろんハワードさんはそんなことは意に介さず、快く答えてくれた。


「陛下がお生まれになったときから存じ上げております」

「・・・生まれた時から」


それは、長い付き合いだ。


「はい。陛下が皇太子殿下であられたころはお目付け役の命をいただいておりました。今は、ビロウステアーズの総支配人として陛下付きで城に置かせていただいております」

「び・・・?」


なんですと?


「いわば使用人、ですか。呼称のひとつでございますね」


首を傾げたわたしに、嫌味のない笑顔でハワードさんは教えてくれる。

つられてわたしの顔にも無意識でふにゃ、とした間の抜けた笑みが浮かんだ。


思うに、円熟した穏やかな不動の頼もしさ、みたいなものがハワードさんにはあるようだ。


全く、絵に描いたような執事さんである。


「陛下は剣が、その、お強いと聞きましたけど」


目で追えない短刀を突きつけられたのは記憶に新しい。


雑談よろしく話題を提供すると、ハワードさんはそれはそれは孫を褒められたおじいさんのように顔を綻ばせた。


「ええ、それはもう。剣豪とも肩を並べられるお方です」


定番だなあ


「陛下は五つになられたころからですか、より一層、武芸に励まれるようになられました」


ハワードさんはどこを見るともなく、視線を宙に浮かせて昔をなぞるように呟いた。


わたしはといえば、図ったようについさっき陛下が落っことしていった話題がここで出てきて、あまりのタイミングの安直さにびっくりだ。


「あの、わたし、帝都には疎くて。ここらへんでは、みんな5才くらいから、剣を持ち歩くんですか?」


これは今後のためにも知っておきたい。


んなばかな、とは思うけど、もしこーんな、ちっこい頃からよ、剣で捌けます!ってひとがうじゃうじゃいるような、ここがそういう世界なら、わたし、たくましく生きていく自信がちょっとないわあ・・・


ハワードさんは控えめな微笑で存じております、と言った。


え?


「シーキ様は異世界からいらっしゃった、そう伺いました」

「・・・あ、はい」


ご存知でしたか


他人の口から言われると改めて非現実的な内容だということを思い知らされるようで、なんとなく気恥ずかしくて俯いたわたしに、


「シーキ様は、どのように思われますか?」


ハワードさんの神妙な声が降ってきて、わたしは顔を上げる。


ハワードさんは真っ直ぐにわたしを見ていた。


その瞳の奥に、どこか探るような光がちらつく。


「・・・どのように、って」


なにを



「五つの子供が、鋭い刃物を手に取ることを」



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