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36、トリエステ

思いっきり「セバスチャンさん!」と叫んだわたしに動揺した素振りもなく、

落ち着いた声で「ハワードでございます」と訂正したセバスチャンさん、もとい、ハワードさん。


その訂正を促す声は呆れたようでも咎めるようでもなく、ただ、そこにある事実だけを提示してくれるような、知性に満ちた好ましいものだった。



ハワードさん!


おーけー!ばっちり覚えましたとも!



でろんとくたびれたタオルを片手に、遅ればせながら立ち上がってハワードさんと向かい合ったわたし。

しつこいようだが例の如く挨拶をするためである。


彼は穏やかな微笑みを浮かべつつも、唐突に立ち上がったわたしに不思議そうな顔をした。


「おはようございます、ハワードさん。識、佐藤です。しばらくお城でご厄介になります」


ハワードさんは当然わたしから見て年上なわけで


もしかしたらこれからなにかでお世話になることがあるかもしれないわけで


でもって、挨拶はわたしの信条のひとつなわけだ



ハワードさんへ頭を下げたのはわたしにとって別段気にするところも不思議に思うところもあるはずがないのだけれど、そんなわたしに慌てたのは当のハワードさんだった。




鳩が豆鉄砲を食らった顔、とはじめに言い出した人は賢人である。




「おやめください!」


わたしがセバスチャンと叫んだときには露ほども見せなかった動揺をありありと浮かべながらハワードさんはしきりに首を振る。


わたしが驚いたのは言うまでもない。


「とんでもないことでございます。特一級の方に頭を下げていただくなど!」




・・・出たよ、特一級。


いまいましい言葉だ。




こうやって皆さん特一級とやらに過剰な反応をお見せになるわけだが、現代日本人のわたしとしては全くもって理解しがたい。


ここに!

ジェネレーションギャップならぬ、異世界ギャップがありますよ!


異世界ギャップって・・・っ!

10911メートルのマリアナ海溝もびっくりだ!



あくまで低姿勢で焦りの表情を見せるハワードさん。

に、また焦るわたし。

それに恐縮するハワードさん。

に、輪を掛けて動揺するわたし。


という図式を止めたのはわたしの頭に乗せられた大きな手だった。


ぐしゃぐしゃと頭を撫で回されて反動でぐわんぐわんと首が動く。


「ハワード、これの言動はあまり気にかけないほうが得策だぞ。私も今朝改めて思った」


どこか笑みを含んだ声は陛下のものだ。


「え、なんですかそれ。ぜひ気にかけてくださいよ」


すかさず反論をして上からの圧迫に逆らうように見上げるも、陛下はいっそ見事なまでに無視をして、わたしの頭に乗せた手はそのままに、ハワードさんを見た。


そこでふと、彼の口元が柔和な弧を描く。


「おまえがそんな顔をするのを見たのはいつぶりだろうな」


ほんとうに懐かしそうに言う陛下に、なんだか憚られて、わたしは文句を続けようとした口の勢いを失い、減速して閉じた。


ハワードさんは何を考えたのだろう、思うところがあるのか、少し考える素振りをして、それから陛下に負けず劣らずの微笑を浮かべる。


「・・・そうですね。陛下が殿下であられたころに、城を抜け出されて以来でしょうか」


うわあい

なんだかいまさらっとテンプレートでかつ面白そうな単語があったぞ


ぐいっと顔を上げ直して陛下を見ると、陛下は気まずそうに目を横に逸らす。


「・・・ハワード」


陛下のどこか力の無い声が届いているのかいないのか、ハワードさんは気にかけることなく、それはそれは悲痛な表情で、片手を胸の上に置いた。

より効果的な効果音をつけるとすれば、よよよ、まさにこれである。


「あのときばかりはこのハワード、流石に心臓が止まるかと・・・」

「え、陛下、ほんとうに抜け出したんですか?」

「ああ、それよりも、いったいなにをされたのかお召し物は埃塗れ、身体中にかすり傷やら切り傷やらをお作りになって戻られた時も、わたくし肝が冷えました」

「え、陛下、なにをやらかしたんですか?」

「それから」

「うわあ、まだあるんですか?」

「はい。まだたくさんございます。あれは、」

「・・・勘弁してくれ」


陛下はなにかこころあたりがあるのか、遮るようにしてそう言うと降参したといわんばかりに両手を挙げた。


苦虫を潰したような陛下とは打って変わってこちら、ハワードさん。


彼はさっきの悲痛な表情はどこへやら、一転、完璧なまでに上品な笑みを浮かべると陛下へ一礼し


「陛下、湯浴みの準備が整っております。昨夜はお入りになられなかったようですし、いかがでしょう。まだ時間もございます」


と進言した。


窓から足を伸ばしている朝日がハワードさんの笑顔をより一層引き立てている。


・・・ような気がする。


しばらく陛下とわたしは無言でハワードさんの神々しいまでの笑顔を見ていたのだけれど、根負けしたように陛下は力なく右手をひらひらと振った。


「・・・・・そうする」


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