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34、1890年 フロンティアの消滅。

「・・・うえぇ・・・?」


とはわたしの口から思わず漏れた言葉だ。

瞬きをするわたしの視界には真っ白が一面。


何故ってそりゃわたしがベッドに引っ転ばされたからである。


ゆっさゆっさと起きない陛下を揺さぶっていたわたしの両手はシーツに包まる陛下にぐいっと引っ張られ、体勢を崩したところを陛下に引きずり込まれたというか、引っ倒されたというか。


とにかくそんな感じでわたしはころんとベッドに寝転ぶ形になってしまったのだ。


背中の温もりから察するに陛下の片腕がわたしの背に回され、

ということはこの一面の白色は陛下のシャツか。



・・・・・ええっと。つまり。


寝汚い陛下のせいで、わたしはどうも抱き枕かぬいぐるみよろしく陛下の腕の中に囲い込まれてしまったらしい。



・・・あーあ。嫁入り前なのに。



溜め息が出たのは不可抗力のはずだ。


やっぱりなあ。お母さんがこんな感じだったんだよ。


起こそうとした人間をなんだか知らんがあれやこれやと布団に引っ張り込み、抱え込んでいそいそと二度寝に就くのだ。


兄さんなんか思春期の男の子なのにそれに付き合わされて、ついには諦めの境地を開拓していた。

フロンティアだフロンティア。

我が兄ながら不憫な。


「へーか。起きてってば。へーか?」


ぱしぱしと目の前の白いもの、つまり陛下の胸板を手の平で軽く叩いてみる。


なーにが悲しくて、2、3日前に会ったばかりの男に抱き枕扱いなんぞされなければならんのか。

わたしこれでも多感なお年頃の女子高生なんだぞ!


が、しかし、陛下はなんの反応も示さず朝のまどろみにどっぷりと浸っている。



あー、もう・・・。


これはまず自力で抜け出すしかないな。



身を起こそうとしてマットレスに手をついたわたしは、

けれど体を起こすことができなかった。


というのも、陛下がわたしの背へ回した腕に力を加えたからである。



・・・ええー。なんなの。



お母さんならちょっと身じろぎしただけで解放されるんだけど、

これが男女の差というものか。なんか悔しいな。


「へーか・・・」


溜め息と一緒に呼びかけてみるものの、届くはずもない。


依然として陛下は浅いのか深いのか、とにかく心地がいいのだろう眠りに漂ったままだ。


こっちの気も知らないで!


腹が立ってきて、少々乱暴に身をよじらせてみる。

けれど、もがけばもがくほど寝ぼけた陛下は逃がすまいとするかのように腕に力を入れて、結果わたしは陛下にずりずりと引き寄せられる形になった。


見た目よりしっかりした胸板に顔を押し付けられて呼吸がしにくい。


これってもう、抱きすくめられてるのとほとんど変わりないんじゃ・・・。


わたし、そんなに恋愛とかピンク色なものに肩を入れていたわけではないけど、それでもそれなりに女の子なのだ。

家族以外の男性に初めて抱きしめられたのが異世界でそれも相手は寝ぼけてるってどうよ。


わあ、空しい!


・・・ちくしょう。デコピンでもしてやろう。


そう意気込んだわたしは顔を上げた。


のが、いけなかった。


角度がいけなかった。


「・・・っ」


ぞわっとした予想外の感覚に思わず息を詰まらせる。


顔を上げた拍子に、さらさらとした陛下の髪がわたしの頬に触れ、彼の吐息が軽く撫でるように耳をくすぐっては消えていく。


「・・・ぅ」


見上げた陛下の閉じた瞼で、長い睫毛の先端が朝日を浴びてさっき見たときは気づかなかったくらい小さな影ができていた。


すぐ近くのこの距離でなければ気づかないような。


思わず身じろぎをすると、頬を滑って陛下の髪の一筋がわたしの首筋へ撫でるように落ちた。



・・・いかん。なんかよくわからんけどこれはあまりよろしくない。



咄嗟にわたしは耳を自分の手で押さえて、ぐいっと横になったまま背を伸ばし、



ごつん



という音が実際にしたかどうかはわからない。

が、確かに痛かった。


陛下に頭突きをお見舞いした自分の額を両手で覆う。


おおう、ちょっと涙が滲むぞ。


2、3回瞬きをしてから顔を上げると、ようやく目を覚ました陛下がわたしの背中に回している手とは反対の片手で額を押さえながらわたしを見下ろしていた。


記述するまでもないけれど、さっきまでわたしの意図でも、恐らく陛下の意図でもなく、陛下に抱きしめられる形になっていたわたしと陛下の距離は不必要なほどに近い。


「・・・おはようございます」

「・・・ああ」

「ようやくお目覚めですか?」


あくまで嫌味ったらしくじとっと陛下を睨むようにして言うと、陛下は口を引き結んだ。

目を覚ましてのこの状況を把握するのに寝起きの頭を回転させているようにも見える。

やがてばつが悪そうに溜め息をついたのをみると恐らく現状を理解したのだろう。


「言っておきますけど、先に手を出したのは陛下ですよ」

「・・・誤解を招く言い方をするな」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」


依然として陛下に眼を飛ばし続けると、陛下は折れたように目を逸らした。


「・・・・・悪かった」


開いた窓の向こうから、小鳥が囀る音が聞こえた。


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