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33、窓を開いてパリ  

幽霊は窓からやってくる。



とあるスコットランドの小説家が生み出した一遍の短編小説で、主人公は窓の向こうから豪然と近づいてくる幽霊を見て慌てふためきその場を逃げた。

そのときの窓が、確か、このフランス窓だった。


西洋の幽霊は往々にして自らの足で堂々と窓から訪れる。


とか小難しいことを言ったのは、当然わたしではなくわたしの幼馴染、都である。

わたしはといえば、おばけに足はないって言ってたよ、とか的外れなことを返したのを覚えている。


驚くべきところは、彼女からその知識をわたしがもらったのが、わたしはもちろん彼女が中学生にもなっていない頃だという点で、だってねえ、小学生が前文みたいな件を引きずり出して幽霊は云々なんて言ったらちょっとあれだわ。いっちゃあなんだけど可愛気がちょっと足りないわ。



陛下の寝室から続く、バルコニーへの入り口となっている背の高いフランス窓の桟に軽く両手を置いて、わたしは朝の光の中で立っていた。


といえばなんだか聞こえがいいのだけれど、なんのことはない。


今日も今日とて定時に目が覚めて、することもないので窓のカーテンをひとーつふたーつ、開け放っていっただけのことである。


そうやって全てのカーテンを御役目御免!としてしまったので、フランス窓へと出戻って少し窓を開き、透き通る風を頬に受けていたのである。


風につられて髪が揺れる。


押して開いたフランス窓へ両手を置いてついでに少し体の重心をそちらに傾けて見上げてみれば、昨日と変わりなく、夏が少しずつこちらへ傾いてきたような、風に負けず堂々と清んだ朝の空だった。



このフランス窓。


名前はフランスなのだけど、原型はルネサンスのイタリアで、けれど普及し始めたのは17世紀の末葉、ヴェルサイユ宮殿で用いられてからなのだとか。


とかとかいう、細々とした情報はもちろん先の都ちゃんから。


どっちにしろ、ここじゃあフランスとかイタリアとか

海を隔てた遠いお国でさえ関係のない話ですけど!

だってここ異世界!

海どころか世界を隔てちゃってるよ!わーい!


さて。


何故わたしがフランス窓さんを語っているのか。


別にフランス窓に熱烈な熱々な情熱を注いでいるわけではもちろんない。



振り返ってみよう。


わたしは昨日陛下と一緒に就寝した。


これはなんの意味もなく、純粋に言葉通りのまま、あの広々としたベッドで二人横になっただけである。


そういう展開を希望した人が万一いたらごめんね!

しかし佐藤 識としては断然何もなかった今現在の状況を所望する!


で、だ。


それからわたしは例の如くこてんと眠りこけ、

恐らく前日貫徹明けだった陛下もすとんと眠りに落ちたのだろう。


そして更に例の如く、わたしは今日も6時に開いた律儀な瞼に礼を言いつつ身を起こしたのである。


隣に見慣れない、神様が端整に造りこんでみたよ!な美麗な寝顔があったのは、まあ、かなり心臓に悪かったのは言うまでもないのだけれど、思わず声を出して「えぇ・・・」と呟いたけど、よくよく考えれば、いや、そんなに考えずとも想定の範囲内だ。



問題は、そう。


このカサランサス皇帝陛下、なかなかお目覚めの時をお迎えにならないのである。


わたしは6時に目を開けて、それから数分ほど身じろぎせずに陛下の隣に横になっていたのだけれど、陛下は一向に目を開ける様子がない。


静かに落ち着いた寝息を繰り返しているだけだ。


そこでこのまま何もせずに芸術品ばりの陛下の寝顔ばかりを鑑賞しているわけにもいかないので、ベッドから飛び降りた。


起こさないようにと気を遣ったのもあってか陛下は起きない。


これ幸いと、昨日アメリに教えてもらったこれまた豪奢な洗面所で顔を洗い歯を磨き、着替え、は、自分ではわからないのでワンピースなパジャマのままでソファに座りこんだ。


このカサランサス皇帝私室、なんと造りは1LDKっぽいのである。


いや、もちろんそんじょそこらの1LDKとは規模やら設えやらが比べ物にはならんのだけど、文化の違い、異世界なんだから文化も何もって感じだけど、とにかくそういうのに目を瞑って間取りだけ見てみればたぶんそんなに変わりはないのではなかろうか。


なんか、王様の部屋ってもっとこう、ごちゃごちゃしているのかと思っていたから拍子抜けだ。


そんなこんなで、ぼーっとしたままソファの上で時間が少し過ぎ、陛下も起きる様子はなく。

声を掛けて起こすのもなんだか気が引けるというもので。


わたしは昨日よろしくカーテンを開けていくことにした。

朝の光で運よく陛下が起きればいいなあと思いはしたけど、しかし予想に反して陛下は起きない。


で、フランス窓を開けて風を入れてみた今にいたる。


清々しい空から目を離し、ちらりと背後よりちょっと斜め、寝台のほうを見るとやはり眠っている陛下。

なんだか早起きのできる人だと勝手に想像していたけれど違うらしい。


起こしたほうがいいのかな。

でもなあ、その前は貫徹だったみたいだしなあ。

起こして怒られたら嫌だよ。

うん。やっぱりそのままにしておこう。

・・・でもなあ朝の議会があったりしたらなあ

通例の会議だって言ってたしなあ


と、健やかに眠る陛下とは対照的にわたしといえばこんな風味でさっきから堂々巡りをしているのだ。


後になってよくよく考えてみれば、陛下は陛下なのであって、時間になれば誰か起こしに来るんだろうけど、悲しいかな、現時点でそれを即座に思い浮かべられない程度にわたしの頭は鈍かった。


フランス窓を中途半端に開けたまま、抜き足差し足の忍び足で寝台に近づく。


憎ったらしいことにこの王宮、といっても陛下の私室と会議場のひとつと応接間のひとつくらいしか知らないけれど、いちいちわたしにはワンサイズ家具とか大きいのだ。


さっき気づいたんだけど、わたしがベッドに腰掛けると地面に足がつかない。

従って、ベッドの脇で膝立ちになるとだいたいちょうどよくわたしの顔がマットレスの上になる。


わたしは膝立ちになると、両腕を組むような組まないような、そんな感じでぺたりとマットレスにくっつけた。


学校の教室で机に顔を伏せるときにするような腕の形である。


その上に顎を乗っけてしみじみ陛下の寝顔を拝見した。


光に透ける髪が頬に一筋流れ落ちている。

わたしがカーテンを開けたせいで燦燦と朝日が入り込み、陛下の端整な顔には、これまた綺麗な陰影が浮かんでいた。


・・・睫毛が影を作るってどういうことなの!


しかしまあ、気配に敏い人なのかもしれないというのは訂正したほうがいいのだろうか。

よくまあ、気持ちよさそうに眠っていらっしゃること。


「・・・陛下、起きてください」


小声で呼びかけてみても陛下は身じろぎもしない。


眠り姫か。

・・・この顔で眠り姫ってちょっと洒落にならないわ。うん。


少し自分の考えに鳥肌が立つのを感じつつ、やはり起こすことにした。


だって、ねえ。

朝の議会とかやっぱりちょっと気になるもの。


「陛下!起きて!」


少し大きめに投げたわたしの声はようやく陛下の眠っている頭の扉を叩いたらしい。

陛下はうー、とか、んー、とか。

そんな判別しがたい唸り声を出して寝返りを打った。


あんたはいくつだ。


駄目だ。これはお母さんと同じタイプの匂いがする。

一度寝付くと寝起きが悪いのである。


最初の遠慮はどこへやら、俄然わたしは陛下を叩き起こしてやる気分になって、ベッドの上、陛下の隣にぺたんと座り込んだ。

広いベッドだ。

陛下が眠っていて、その横に私が乗ってなおずいぶんと余裕がある。


「へーいーかー」


両手で陛下をゆさゆさと揺らすと当然のことだけど、ベッドも揺れた。


「おきてー」


更に揺らすのを繰り返すと、やっとこさ陛下がわたしのほうを向いた。


「あ、お目覚めですか?」


顔を覗き込むと、陛下がわたしを見上げつつもぎゅっと目を細めている。

首を捻るわたしに陛下がぽつり。


「・・・眩しい」


・・・そりゃ、わたしが寝台のすぐ上にある角型出窓のカーテンも開け放っちゃったから。

暗いところから明るいところに出ると、そら目も眩む。


「朝ですよ」

「・・・ああ」


とわかったんだかわかってないんだか、左腕を自分の額の上に乗せて再び目を閉じる陛下。


「いや、陛下。ああ、じゃなくて、朝です。起きなくていいんですか?」

「・・・いい」

「え!いいんですか!?」


まじかよ。

寝惚けてる人間の言葉なんぞ信じられんぞ!


「へーか。おーきーてー。ほんとにいいんですか?あさですよー。」


ゆらゆら揺らしても陛下は目を閉じている。

というよりも、起こそうとするわたしに対抗してより一層頑固に睡眠の世界へ戻ろうとしているようだ。

となればこっちも頑固になるというもの。


「陛下!へーか!朝ですってばっ。あさ!ずばっ!」


某司会者に負けじ、陛下の耳元でついそう叫べば陛下が


「喧しい!」


と言ったかと思うと、ぐらりとわたしの視界が反転した。


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