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29、帝国の拾得物

お茶をご用意いたしますね


と、言ったと思ったら、テキパキと熟練された動きであっと思う間もなく。

気づけば目の前に差し出されていたアメリのお茶にソファへ腰をかけてから口をつける。


ああ、相変わらずおいしい!


の、ですが!

今はそれは横に置いておいて。


アメリのいうところの必要になったものといえばあれかな。


敬称だよね。

様付けのことだよね。

陛下が迎えに来るまでアメリと、いるいらない物議を醸していたあれだよね。


それはつまり、アメリはこうなることを知っていたのかな。

こうなることって、いまだよく把握できていない特一級のこと。


と、いうことは、だ。


「アメリは、わたしがなにかを知ってるってこと?」


カップ越しにちらりと窺うと、アメリは神妙な顔で首肯した。


「異世界からいらっしゃった、と」


あー


「うん。正解。信じられないだろうけど、それ正解」


なんだかなあ。


陛下やサンファルさんに言った時はそうでもなかったけど、同い年くらいのおんなのこに言うとなると、なんだか、こう、恥ずかしい。


俯きがちになったわたしの耳に溜め息の音が落っこちてきた。


「ある意味、不正解だと思うけど」


サンファルさんだ。


彼はちゃっかりわたしのお向かいのソファに座って、同じくアメリが淹れてくれたお茶を飲んでいる。


そりゃあね!


異世界トリップなんて少なくとも普通に考えたらあんまり正しい状況じゃあないですよね!

今朝も陛下から異常事態呼ばわりされたしね!


しかしなんでわたしはサンファルさんと顔を突き合わせて暢気にお茶会をおっ広げているのか。


あ!そうだ!特一級!


「サンファルさん!特一級について、教えてください。約束、しましたよね?」


忘れたとか言われたら泣いちゃうぜ!


がばっと顔を上げてサンファルさんを見ると、彼はすげなく、


「だからここに座ってるんでしょ」


と一瞥をくれた。


あ、さいでしたか。

すみません。


わたしが姿勢を正して両手を膝の上に乗せると、サンファルさんもカップを、それは上品な仕種で音もなくテーブルの上に戻した。


っと、サンファルさんが話してくれる前に、


「アメリ、あの、やっぱり一緒に座らない?」


ずっと気になっていたのだ。


仕事とはいえ、彼女が壁際でひっそりと佇んでいること。


これが普通なのかもしれないけど、やっぱり、わたしは慣れないなあ。

申し訳ないというか、居心地が良くないというか、


「いいえ、スィキ様。決まりですから」


アメリは如才ない笑みで、けれどきっぱりと首を横に振った。


「・・・そっか」


そっか。残念だな。


申し訳ないというか、居心地が良くないというか、


なんとなく、



・・・寂しい、と、いうか




気を取り直してサンファルさんを見詰めると、彼は日本語、改め古語で説明を始めてくれた。


「特一級は、簡単に言えば、国財保護法の階級よ」


アメリが出迎えてくれた陛下の部屋に入って以来、ずっと彼は古語を話していたのだけど、今思えば、特一級について言語による誤解があってはいけないと気遣ってくれたのかもしれない。


特一級は、たぶん今後、このカサランサスでのわたしの立ち位置になる。


「こく、ざい・・・?」

「国財」

「えっと、国家の財産、で合ってますか」

「そうよ。・・・国財保護法っていうのは、名前の通り、国の財産を国家単位で守るための法律」


議場でも思ったんだけど、カサランサスは立憲君主制なのかな。


あれ?でも、さ。


「国の財産って一口に言ったら、限りがないと思うんですけど」


首を捻ると、サンファルさんはあっさりと頷いた。


「ええ。だから、この国財保護法が適用される国財っていうのは、一定の条件があるわ。ここでいう国財は大雑把に言えば、このまま放っておくと廃れていってしまう文明や歴史的価値のあるもの、文化、そしてなにより、技術、とかね」

「な、なるほど」

「失って、国が損なうところがあるとされるもの、それが国家の守るべき財産。だから、国財には人も含まれていてね。」

「・・・人?」


・・・ああ、そうか。


形のない財産。

文明とか、技術とか、それには引き継ぐ人間がいないと。


古語みたいに口伝のものもあるのかもしれない。


いっちゃあなんだけど、文化財保護法に、人間国宝、みたいなものなのかな。

文化財保護法、ちゃんと知ってるわけじゃないけど。


「どんどん細くなって消えかけていく文化や技術を継承する人間、それだけではなくて、類稀に秀でたなんらかの才を持った人間」


・・・え。


「え、なんで、前者はわかりますけど、後者まで」


国財?


幅が広がりすぎるんじゃないかな。


例えば、歌うのが人並みはずれて上手な人とか、足が速いとか、あるスポーツができる、とか。

それだって、立派な類稀に秀でた才能の枠だよね?


サンファルさんは背をソファの背もたれに預けて、足を組んだ。


「言ったでしょ?失われると国が損をするだろうと思われるものが財産なのよ。優秀な人材が瑣末なことで潰れてしまったり他国に流れてしまったりしたら、将来的には国が損をする。国財保護法は人材登用法も兼ねているの。数の少ない継承者、希少な能力者、そんな有益な人材を帝国が保護して政治や文化、幅広く重用するのが国財保護法という法律よ。言ってしまえば、有形から無形までのあらゆる絶滅危惧種を守りましょうって法律ね。」


ええっと。


ものすごく荒く、自分のために当て嵌めるとすれば、


なんとなく文化財保護法

なんとなく人間国宝

なんとなく国家公務員

そのうえなんとなくレッドデータと来た。


無理があるような気もするけど、ニュアンス的にはこんな感じ?



「でも、サンファルさん。階級っていうのは?」


やっとこさ教えてもらったことを整理し終えて尋ねると、待ってましたといわんばかりにそこで笑みを浮かべるサンファルさん。


「国財保護法は大きくふたつに分かれるわ」

「・・・人と、人ではないものですか」

「当たり」


そこで機嫌よくぱちりとウィンク。


・・・陛下はきっとしないんだろうな、ウィンク。


ちょっと、見てみたいような気もする。



「特に人に至っては、階級がより明確に細分化されていてね。実際登用されている人数とか諸々をまとめると綺麗な三角形の図になるわ。当然、階級が上になるほど保護も手厚いし、与えられる権限も強い。一番下の階級でも、最低、一代貴族程度の権限を持つようになるわ」


そのぶん、国財保護法に登用されるまでの審査は厳しいけどね。


だと。


自己申告、推薦、あとは国財保護法に関わる権力者に発掘されたりして、それから厳密な試験とか面倒な手続きを重ねて相応しい各階級に登録されるらしい。


そうやって、多くの人間のなかから帝国が見つけて拾い上げていくためか、いつからか、帝国の拾得物とかもいわれるようになったんだそうだ。


でも、ちょっと、待てよ。


ここまでの説明、黙って聞いていれば、嫌な予感しかしないぞ。



もしかして、もしかしなくとも、特一級っていうのは、



サンファルさんは青くなったわたしの顔を見て、わたしの心のうちを悟ったのかもしれない、


「特一級は、最上階級の一級どころかその三角形も逸脱したところにある位ね。審査とか貴族のまどろっこしい政略とか、そういういろいろ細々したものを全部すっ飛ばして皇帝陛下自らの意思で特一級に登用して初めて成立する国財保護法、特例中の特例」



にっこり、笑って告げた。




「だから特一級についた一番有名な通り名は、皇帝陛下の拾得物」




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