28、長い廊下
「シーキ」
「・・・はい」
ぶっきらぼうな顔をしたはいいけど、だけどやっぱり、返事はしないとだめだよね。
表情はそのままに、とりあえず相槌だけをすると、サンファルさんは眉を少し下げた。
「そんな不貞腐れた顔しないで。ちゃんと説明くらいするわよ。」
「・・・約束ですよ?」
「わかった。わかったから、ひとつ質問。陛下はあなたを特一級に登録した。そうなの?」
ほんとかよ、と思いながらも、表情を正してサンファルさんの質問に答えてみる。
「はい。よくわかりませんでしたけど、バルタンさんを介して今朝登録済みだとかなんとか」
「・・・マルタン大臣ね」
そう。それ、マルたん。
無言で首を縦に振ると、サンファルさんは、合点いった!という顔で顎に片手をやり、一、二度うんうんと頷き、
「そう。・・・陛下、最初からこうするおつもりだったのね」
だと。
どうするおつもりだったというのか!
「・・・サンファルさん、それで、特一級ってなんなんですか?」
「え?ああ、そうね。・・・そんなに大騒ぎになるものではないのよ。本来なら」
・・・本来なら?
「わたしがその、特一級とやらに登録されるとなにかあるんですか?」
首を傾げて問うわたしに、苦笑を浮かべるサンファルさん。
「正しく政界が機能しているのなら、特に何もないわね」
どういうこっちゃ!
正しく、とか本来なら、とか!
いちいち妙に気になるところのある言い方だね。
「わたしが登録されるのは、異常ってことですか?」
「異常ってほどではないけど。・・・いえ、どうかしらね。ある意味乱用なのかしら?」
と首を捻ってまたもや自分だけ考え出すサンファルさん。
サンファルさん、サンファルさん。わざとやっているでしょう!
その微妙に掠めるような掠めないようなのは説明とは言わないぜ!
結局、特一級とはなんなのか。
ずばりとずずいっと言っちゃってください。
そうわたしが口を開こうとしたとき、まるでそれを遮るようなタイミングでサンファルさんはちらりとわたしを見た。
「でも、たぶん、貴族たちが騒いだでしょう?」
ああ、それは、
「はい」
サンファルさんの問いを素直に肯定すれば、
でしょうね、と彼は呆れたような、諦めたような顔をした。
歩きましょう、とサンファルさんに促されて、再び歩きながらの会話になる。
「貴族たちが騒いだことに関しては、大半が、シーキ=サトゥが特一級に登録された、ということよりも、特一級に女性が登録された。こっちのほうが大きいでしょうね」
静かに呟くように言ったその横顔がわりと真剣なものだったので、わたしは声を掛け損ねて、つい、口を閉じてしまう。
そこで落ちたしばしの沈黙。
何歩か歩いて、サンファルさんは思い出したようにわたしの顔を見た。
「ところで、シーキ」
「はい」
「いまのうちに訊いておくけど」
「はい」
なんですかね。
「必要な時は仕方がないとして。普段の会話は古語のほうがいいのよね、シーキは」
おお!
それはちょうどわたしもお願いしようと思っていたことだ。
サンファルさん!ナイスタイミング!
わたしは意を決して、
「いえ。英、大陸共通語でお願いします」
首を横に振った。
少しの間を置いて
「へえ?」
と言ったのは、もちろんサンファルさん。
あ、意外って顔だな。
子供を馬鹿にするなよ!
わたしは天才じゃない。練習なくして上達はない。
って、よく聞くじゃないか!
だって、校長先生が言ってたし!
それに、陛下が言っていたように、英語と大陸公用語が同じかどうか確認するには、やっぱり、実際の会話を聞いて確認していくのが一番手っ取り早いような気がする。
だが!
望むところは、練習する必要なかったなあ、とわたしがぼやくくらい素早く、早急に、ちゃちゃっと我が家に帰ることだがね!
サンファルさんはふむ。と、ひとつ頷いて早速、英語、ここでは大陸共通語なんだろう、を、比較的ゆっくりと発した。
「じゃあ、シーキ。・・・議場のご感想は?」
・・・・・。
感想もなにも。
「お金を積まれても行きたくないですね」
拙い英語を口に乗せながら、自然と眉が寄って目が細くなり、口がへの字になる。
恐らく、近年稀に見る渋い顔をわたしはしているだろうと予測。
自分の発する下手な大陸共通語への違和感と恥ずかしさもさることながら、思い出した件の嫌な視線たちのために、だ。
その渋い顔もサンファルさんが突然噴出したのに吹き飛ばされてしまう。
出た。
陛下もサンファルさんも、なんだかよくわかんないところで笑ったりするんだもんなあ。
あ、もしかしてわたしの発音、そんなに駄目ですか。そうですか。
わたしがまた足を止めてぱちぱち瞬きを繰り返していると、サンファルさんは
「あなたね、金積んでも出たがってる奴らがいるってのに、」
と先ほどの陛下よろしく口元を押さえながら笑う。
ええ、そんな奇特な人がいるの。
「じゃあ、今日のは高く売れますかね?」
皇帝陛下の隣っていうある意味特等席なんですけど!
「そうねえ。相場の倍は軽いわねえ」
うわあい
「おーさまのお隣に立つのは大変なんですねえ」
呟くと、サンファルさんはやはり笑ったまま、
「そうね」
と、長い廊下、足を進めていくのでした。
なんというか。
特一級よくわかんないし。
そもそも登録ってなんだって話だし。
わたしの立ち位置だってよく掴めないし。
だいたい陛下が一番よくわかんないし。掴めないし。
サンファルさんは笑い上戸だし。
そして彼女。
なかなかどうしてやるやつだったのである。
その後、着々と歩き、見覚えのある扉を開けたとき、わたしの帰りを待っていてくれた天使アメリは素敵な笑顔で可愛らしく小首を傾げてこう言った。
「必要になりましたでしょう?」
オー!アメリ!