2、はじめまして
って、何が悲しくて、「もしかしてわたし、ひとよりちょっと特別なんじゃない?」とか胸をときめかせたい子供時代の卒業まぎわで、自分がいかに凡庸たる人間であるかを熱く他でもない自分に語りかけねばならんのか。
そう。そこだ。
わたしが今一番向き合わなくてはいけない問題は、それ。
だからそろそろあるようなないような「冷静な判断能力」というスキルを、散らばった隅々からかき集めなくてはいけんのだよ、佐藤 識!
きみはさっきから、さっきってつまりわたしが自己認識再確認をだらだらと頭の中で繰り返していた間も、ずっと見つめあっている状態に不本意ながら陥ってしまっている、目の前の日本人離れした、というかこれはもう人間さえも離れつつあるんじゃないか?な美形となんらかのコンタクトを図らねばならんのだ。なにこれありえない。
わたしの目に映るのは、筆舌に絶する、
違った。
筆舌に尽くしがたい、人間だ。
人生のほとんどを技術のために捧げ、辞世の句は「神よ、時間を。たりない、まだ、わたしは・・・うっ」と呻いたきり雑然とした薄汚い公房で息を引き取った玄人、しかし皺の刻まれた固い彼の手には死してなお、彫刻刀が握り締められていた。
壮絶な最期まで彼が彫り続けていた伝説の未完の彫刻、
なんて言うと、逆に胡散臭い、そら恐ろしいもののようになってくるな。
もっと的確にわたしの頭を過ぎったことを列挙すれば、
ルネッサンスに喧嘩を売っているのか。
おまえ女の敵だろ。
これを要約すると、わたしがいままでお目にかかったことがないような美しい人間である。
うん。これが一番しっくりくるね。
単純で明快なものって、真理だ。すばらしい。
そう。
わたしの目に映っている景色のなかで唯一の人物は、呆れるくらい端整な容貌をしていた。
全体的に色素が薄いんだろう。
白に近い金にも、灰色にも見える、人によってはプラチナブロンドと言う人もアッシュブロンドと言う人、あるいは銀髪と言うつわものもいるかもしれない長い髪が、実直にサラサラと光を反射する。
ぜひとも、シャンプー、リンス、トリートメントその他を参考までに伺いたいものだ。
伺いたいものだが、それよりもわたしが惹かれたのは目だ。
双眸が、なんとも言いがたい色を湛えている。
ひどく澄んだ灰色だ。いや、深く透明な青というか、青を含んだ緑というか。
もういいや。灰青緑としておこう。いや、灰碧色か?そもそもそんな色名があるのかな。
髪にしろ目にしろ色の識別が面倒な人だな。
優柔不断だ、優柔不断!
西欧人に明るくないから自信はないけれど、歳は20代前半か。
絶世の美人、とかいうと女性を思い浮かべがちだけれど、女性と見間違うことは無い。
女装したらちょっと自信ないけど。
ここまであれだと、ときめくまえに嫉妬してしまうわ。腹立つな。
世の老若男女の皆さん!綺麗なおにーさんは好きですか?そうですか!
すみません、わたしにはムリです。わたしの脳みそにはこの人間を表すこれ以上の言語が見つからない!そうだ今思い出したけどわたしには文章能力なんてなかった。
各々、恐ろしく美形という言葉から造詣は想像してください。お好みにカスタマイズ!あとは任せた。よきにはからえ。
と、ここまでつらつらと心の中で語ってきたくだらない内容からおわかりいただけただろう、わたしは近年稀に見る混乱を脳に来していたのです!ここに前述しておく!
それを踏まえて!
「綺麗ですねえ」
この間の抜けた発言は、もちろん超絶美形さん、ではなく、わたし、佐藤 識の口から何か言わなくては。何か。と思いつめた結果、溜め息とともに漏れたものだ。
と、美形さんが今までそれこそ彫刻のように微動だにしなかった顔面を動かした。
お。良かった。表情筋が衰えているわけでも硬直しているわけでもないようだな。
美形は黙っていても美形だが、人間ならあったかい血を滾らせて、怒って泣いて困って笑わなくてはいけない!とわたしは思うのですが!
な、なんだよう。そんな顔しなくてもいいじゃないか。
いくらなんでもわたしにだって、これが的外れな第一声だというのはわかるぞ。惜しむらくはわたしの前頭葉だ。
ふう、と溜め息を、これは私のとは違って呆れの類だなもちろん、美形さんはついて、
「一応、帝都随一と謳われる庭だからな」
と答えてくれた。
驚いた。
え?ええ、皆さんのご想像通りもちろん彼の声は「まあ!なんていい声!」ですよ。
艶を含んだいわゆる腰にくる美声ですよ。
でもわたしが驚いたのは、そこじゃあない。
ま、それはともかく。
驚きついでに拍子抜けたあまり、わたしの口は景気よくだだ滑った。
「あ、いえ。ここも素敵ですけど、あなたが」
きれいですよねえ
と。
先人は言った。
後悔、先に立たず、と!
わ、わたしの前頭葉!
違うでしょ。そこは、はあ、そうなんですか、すてきですねえ、でしょ。
無難に切り抜けるジャパニーズ精神発揮でしょ。
なにが楽しくて、自分より美麗な男を安いナンパ文句で口説いたりしとるんだ。
そう悲惨な発言でもないとわたしは思うけど、思う方もいらっしゃるかもしれないけれど、状況が状況だからそれが手伝って場違い上等!発言になってしまうのだ。
政治家の皆さんだって、ああこれが風呂に入っている時の独り言とかだったらなあ、やりきれなくて酒を片手に女房に零した愚痴だったらなあ、な惜しい発言で槍玉にあげられたりするじゃないか。
大臣失言だと!
沈黙が痛い。沈黙が痛いよ、ママン。
ついでに光の加減で色を変えるあの双眸から飛んでくるかわいそうなやつめ視線も痛いよ。
よし。ここは流そう。
小学生のとき学級懇談会でした「夏休みだよ!そうめん流し大会!」のとき誰もつかめず奔っていったあの白くて細くて美しいそうめんの如く流そう。
竹製の樋を使ったなかなか本格的な流しそうめんだったんだけど、高木くんのお父さんがホースの水量を景気づけしてしまって、一時、そうめんが勢いよく一陣の風となったのだ。
わあ、懐かしい思い出。今の今まで忘却の彼方にあったのに!
さあゆけ!わたしのアルカイックスマイル!いざ流さん!
「に、」
スマイル意識しすぎてにこって口に出すとこだった!なにそれ、それではまるでわたしがあほの子のようだ!
「に?」
に、どうするわたし!にゃーでもなければにっぽんちゃちゃちゃでもないぞ!
美形さんが、続きはなんだとこっちを見てるぞ!
「に、わ、なんですか。ここ。温室じゃなくて」
「・・・・・名前がシエル・ガーデンだからな」
「空中庭園ですか」
「そう呼ぶ者もいる」
よしっ。流れた!
さっきから当てつけのように美形さん美形さん連呼してるけど、だって他に表現の仕様がわたしの頭にはないから!とにかく!美形さんと称するたびにだんだん腹が立ってきていたんだけど、我ながら苦しいなと思う切り出しに「い、いまのは流そうぜ」オーラを見つけて、乗って流してくれた美形さんの優しさ、優しさなのか?と空気読むスキルに吹っ飛んだ!
わたしが今いる場所から仰げば、ずっと高いところにドーム状の空が見えた。
黒い梁のようなものが一点から何本も直線を描き、それが集団で360度の骨組みの役割を果たしているようだった。
ちょうどコンビニで買ったビニール傘を開いて、その真下から見上げたような構造だ。
どうも天井をガラスのようなもので覆っているようだから室内だと思って、温室かと考えたのだけれど。
庭園といわれると、温室よりも庭園という響きのほうが断然的確なような気がしてくる。
「で、つかぬことをお伺いしたいのですが」
「許す」
許すですって!
そんな「あんた何様だ」セリフをパッと出して違和感感じない風貌の人間が目の前にいるってどういうことなの。
嫌な予感がするよ!むしろ嫌な予感しかしないよ!
「ここはどこでしょう」
これでも勇気を振り絞ったセリフだというのに、美形さんはひょい、と片眉をあげてみせた。
器用ですねー。
ああいうのを柳眉っていうんだろうな。
そして彼はその美声でこう仰ったのだ。
「カサランサス帝国シャルレイア帝都の王宮内最奥部、だな」
ですよねー
「あの、はじめまして、異世界人です」
誤字、レイアウトに関してここが見づらいよーこうしたほうがいいよー、といったことがありましたら、伝えてくださるとうれしいです。