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25、なけなしの笑顔

周囲のねちっこい視線たちとは質の違うものだったけれどマルタンさんの眼はある意味、周囲の誰よりも強くわたしを睨みつけていた。



・・・どうしよう、目を逸らすべきか。


でもなあ



うんうん考え込んでいたら、幸いなことにマルタンさんのほうが先に目を逸らしてくれた。


・・・最後に一際強烈な警告の眼光を残して。



とりあえずほっとしたのもつかの間、わたしがいつの間にか冷や汗を掻いていた手のひらで無意識にワンピースの皴を増やしてしまった時、声を荒げたのはトルナトーレ公爵だった。


「法務大臣を介して既に登録なさったのですか!」



・・・・・え。


ほうむだいじん?



え、え?

法務大臣って、法務の大臣であって、長官で、長で、え、ほうむってそもそもなんだっけ。

あ、マルタンさんは法務大臣なの?

と、登録って、なに?


ただでさえ衆人環視が耐え難いってのに突然飛び出した仰々しい言葉に、完全にわたしの頭の針は振り切れてしまった。


皇帝陛下とかなんとかいう仰々しい最たるものが隣にいることは、とりあえずいまは放っておいて!


ただわかることといえば、わたしの与り知らぬところでわたしの処遇が固まりつつあるらしい。



なんておそろしい!



知らないという恐怖にわたしが慄いていると、気を取り直したのか、幾分先程より落ち着いた声音で、ゆっくり、低く噛み締めるようにトルナトーレ公爵は告げた。


「・・・素性の知れない方を、特一級の地位に据えるのは賛同いたしかねます」


おお。

皇帝陛下に向かってなかなか言うね、トルナトーレ公爵!


特一級がなんなのかわたしには全くわからないのだけれども!


誰か説明してくれ!



心で叫んでみるものの、

眼力だって修練不足だとつい先程反省したばかりのこのわたし。


どんなに大声で主張してみたって、それがこころの音だけじゃあ、相手に察してというのも少々無理があるというもの。時と場合によっては。


わたしのこころの叫びはやはり、

こころとからだの間に隔てられた分厚い壁に跳ね返ってはわたしの心中だけで反響を繰り返し、

特一級の説明が齎せられることはなかったわけで。



おおう。心身二元論。


でもなあ、しゃべるなって言われてるしなあ。



なんてわたしの心のなかとは対照的に、陛下は落ち着いた声でトルナトーレ公爵の言葉に返した。


「そもそも、賛同などいらないだろう?」


浅い溜め息と共に。


へ、陛下。独裁者発言!


とか思ったけれど、やっぱり違うらしい。

わたしの思考ってことごとくはずれを引いているような気がするよ!


溜め息のあと、陛下は続きを紡いだ。


「特一級に関しては、全ての権限を皇帝が有する。彼らに対して手はおろか口を出すことさえ本来皇帝以外には認められない。その存在を公にするかどうかも皇帝の意思だ。」


その言葉もわたしにはなにがなんだかわからないのだけれども、少なくとも公爵や議場に集まる人々には効力があるらしい。

目に見えて、顔色を悪くする人がわたしの目にも見受けられた。


だから、特一級ってなんなのさ・・・


「それは法の下に約束されたことだったと思うが、トルナトーレ?」

「そ、れはそうでございますが、しかし!」


なおも食い下がろうとする公爵に、陛下は最後の通牒といわんばかりに厳然と言い放った。


「トルナトーレ、これは決定事項だ。」


さっきよりも一段と支配者らしい風格の漂う声。


なんだか、陛下の独断場だね。


公爵だけでなく、議場の全員へ向けて畳み掛けるように陛下は続けて言った。


「本来ならば報告の義務もないが、私は日頃尽くしてくれるおまえたちへ労いと感謝と信頼の意を示すために通告したまでで、いまこれを議会の審議にかけているのではない。」


一通り言いたいことは口に出し終えたのか、そこで陛下が一度口を結んだ瞬間、それまで声を発する陛下に集まっていた多くの目たちがわたしのところへ再来した。


再来も再来。再来襲、だ。


嫌な汗が背中を伝う。


特一級とやらがなんなのかやっぱりさっぱりだけど、これを見る限りあんまりわたしが両手広げて歓迎できるものではないらしいね。


マルタンさんもそうだけど、あんなに他人から強く睨まれるなんて初めてだ。


意味もなく憎悪にも近い目線。

いまいましいとでもいわんばかりの視線。


わたしは、止せばいいのに、つい、トルナトーレ公爵にちらりと目を向けてしまって、案の定即座に、見てしまったことにひどく後悔をした。



なんて、ひどい目をしているんだろう



思わず縋るように陛下の服を掴むと、陛下は気づいてくれたようで、そのわたしの手の上に覆うように自分の手を重ね、落ち着けと言わんばかりに二回軽く叩いてくれた。




・・・さっき、この手が離されたときのことだ。


陛下は悪いようにはしないって言ってくれた。


わたしはそれを二つ返事で信じるって言った。


言ったのだ。信じるって。



だったら、しゃんとしようじゃないか。


男に二言がないんなら、女にだって二言はないさ!


これ、佐藤家の家訓!

うちの家、家訓多すぎ!

って小学生まではわたしも思ってた!

でもね、人間慣れるものだね!




集まってくる視線たちに、


さてどうしようか


陛下の服の裾は掴んだままにしばらく考えてみるけれど、日頃、地味に徹することもなく特に意識することもなくいとも簡単に地味が板についていたこの佐藤 識。


人の目を集めたことなんて過去に数えるほどしかないどころか、数える必要もないくらいの回数経験しかない。


場数を踏んでいないので対処のしようがないのである。



どうするか


アイドルよろしく手を振るのは流石に気が引けるし、


かといって、黙って目を逸らすのは、たぶん失礼だね。


怖気づいたように陛下の後ろに隠れるか。


陛下の発言で槍玉にあげられたのにそれはなんだか癪だなあ


理由もわからず向けられる睨みたちに屈するのも、なんだか、あったようななかったような、どこに隠れていたのかわたしのなけなしの負けん気根性がこのときばかりは何故か顔を出してきて頷けない。



で、結局わたしの取った行動といえば、



にへら、



と、最後の力を振り絞って、力なく気の抜けたような笑顔を、注がれた視線たちに向けることだった。



もう、いいや。笑っとけ。



とりあえず笑っとこうよの法則だ。


ここでもアルカイックスマイル大活躍だね。

あれ、そもそもアルカイックスマイルってどんなんだっけ。



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