22、明日はホノルル
「は」
今なんと?
「朝の議会に出る」
はあ。
「いってらっしゃいませ」
「話を聞いていなかったのか。おまえもだ。シキ」
なんで!
「み、道連れ!」
「確かに面倒極まりない連中がいるが、そう人聞きの悪いことを言うな」
陛下!その前置き自体が人聞き悪いですよ!思ってても口に出しちゃだめ!
そう。さっきからわたしが顔を見上げて会話をしているのは他でもない陛下である。
なんの話かというと、・・・なんの話なんだこれ。
わたしが聞きたいよ!
陛下!説明ぎぶみー!
あの後、アメリといるいらない談義に花を咲かせている最中陛下が戻ってきた。
戻ってきた、のはいいのだけど、開口一番が会議に行くよー、だったのだ。
そう!あたかもなんでもないことのように!
徒歩数分の隣町にあるおばあちゃん家行くよー、かの如く!
寝耳に水だ。どれくらいって、突然「明日ハワイ行くよー」くらいに。
「議会って、国の運営に関わる会議ですよね」
「一応はな。貴族やら大臣やらがいるからな」
アウト!陛下それアウト!
「出れません!」
「出れる出れないの問題ではない。出るのが前提だ」
大臣とか!
国会みたいだ。閣僚会議みたいだ。あ、そうなの?それに該当したりするの?
なんてこと!
公民の教科書を覗いたくらいの女子高生にそんな大それたものに乱入しろと!
いったいどんな前提か!
「おかしいじゃないですか!ただの子供を議会に出すなんて!」
もうこの際、子供を強調しちゃおう。幸い幼稚に見えるようなので!
開き直りって生きていくなかでときには必要だと思う!
あ、でもたったいまついさっきアメリに実年齢ぶっちゃけちゃった!
戦々恐々と叫ぶわたしに、
「おかしいな。おかしいが異常事態だ」
うるさい、と言わんばかりの表情で陛下はさらりとおっしゃる。
「い、異常事態って」
「おまえだ、おまえ」
「わたし異常事態!?」
それはひどい!
あ、でも異世界トリップは異常事態に違いない!
駄々をこねる、駄々なのかな。
わたしは正しい反応をしていると思うんだけど。駄々なのかな。
陛下は仕方がないといわんばかりに、わたしの腕を取ってすたすたと歩き始めた。
実力行使に出ることにしたらしい。
必然わたしは背中を追う形で数歩遅れて早歩きになる。
え、え、っと縋るように扉のところで振り返ってアメリを見たけれど、彼女はこれまた完璧な笑顔で送り出してくれ、ぱたんとその姿は豪奢な扉の向こうに消えてしまった。
ああ無情!
長い廊下、手首を掴まれたまま若干引きずられるように陛下の後ろを小走りで行く。
途中、何人かの衛兵さんが何事かと陛下とわたしを交互に見比べては目を逸らした。
ちょ!別にやましい関係ではありませんよ!
「陛下!」
前を行く背中を見上げて声を投げてみたけれど、陛下は振り向きもしない。
ここは同情を引く作戦でいってみよう!
「わたし小心者なんですよ!」
「・・・異世界並みに信じがたい話だな」
これはひどい!
同情どころか動揺も関心も微塵もない。ミジンコもびっくり!
待て。落ち着こうわたし。原点に帰ってみよう。
「そもそもなんで国政を話すべき議会にわたしが要るんですか」
「言うまでもないだろう?」
と顔を少しこちらに向ける陛下。
・・・わたしの今後に関わることですかね、やっぱり。
「陛下の独断でなんとかなりません?」
「ならんこともないが、それで私が被る損害はわかるが、利益があるか?」
「わたしの左右の心室心房のために」
「却下」
「即答!」
少しは躊躇ってみせたりさ、しようよ陛下。嘘でも!
偽善でもやさしさを見せて!
「陛下、たまには損得勘定なしで慈善行為に従事するのもいいものですよ」
未練たらたらと半分嫌味と皮肉を心から、真心から!込めたつもりで言ってみる。
無駄だとわかっていても、最後まで抵抗しようよ、なんとかなるかも!
が佐藤家の家訓!
無いような希望に縋ってみようぜ!
しかし案の定、陛下は前を向いたままどこ吹く風と、わたしの真心を拒否しなさった。
無いような希望は、かなしいかな、やはり無かったのである。今回は!
「そうだな。私が皇帝でないのならな」
ああ無情!
・・・あ
わたしは思わず立ち止まってしまったのだけど、幸い陛下もちょうど立ち止まったので転びもしなかったし、陛下の背中に突撃することもなかった。
気づけば大きな両開きの扉と衛兵二人が数歩先で職務を全うしている。
つ、着いちゃった?
陛下を見上げると同じく見下ろされて視線がぶつかる。
陛下の声は控えめだった。
「エーゴとやらが大陸共通語と全く同じかはわからない。おまえは口を開くな。もちろん古語もだ」
「・・・・・はい」
神妙な顔で頷くと、手を離して、陛下は今朝書類から手を離したときのように少し目を細めて笑んだ。
陛下、聞いてください。
わたし、その笑顔が今のところあなたの笑みのなかで一番いいと思いますよ。
陛下がその微笑のまま
「悪いようにはしない」
と仰るので、
おーけー!
「信じます」
これまたわたしは神妙な声を出して頷いてみせた。
わたしの返事に微笑を難しそうな顔に変えて
「・・・あまり、そう安易に人を信用するものではない」
呆れたような声音で諭すように語りかける陛下に対してわたしは一応頷いては見せたけど、
「善処します」
つい、口元が緩んでしまった。
だってその忠告があなたの良心だと思うのだけど!陛下!
大扉の前に二人並んで立つと、衛兵が扉を引き、皇帝到着の先触れの声が朗々と響く。
「通例の会議だ。そんなに人は多くない」
そう囁いた陛下と共に部屋に足を踏み入れ、わたしは心の内で叫んだ。
ああ、確かに陛下は正しかったのだ。
人を信用しすぎてはいけない。
陛下のうそつき!