20、朝の儀式
それからわたしのしたことといえば、陛下の傍から離れて、この無駄に広い部屋の数多の窓から入り込む、偉大な太陽の光のためにカーテンという障害をこじ開けることである。
はいはい、カーテンくん一晩おつかれさま!
今日もよろしく、まいさんしゃいん!
といった具合。
るんるんでばっさばっさとカーテンを開いていけば、心躍るような夏空と、絨毯に明るく射し込む光の筋がお目見えだ。
わたしがひとつ、またひとつと動くたび、部屋に光の筋が増えては満ちていく。
それだけで気分も晴れるね!
かくも太陽は偉大である!
これは地球でも、わたしの一番最初の仕事だった。
・・・うん。
「へいかー、窓開けてもいいですかー」
「開ければいいのでは?」
「バルコニーに出てもいいですかー」
「出ればいいのでは?」
「へーかー、あれはなんですかー」
「なんだろうな」
「・・・陛下、めんどくさくなってきて適当に答えてますよね」
「そうでもない」
少し遠くにいる陛下に大きめの声を投げてみると、投げやりな声が速球で返ってきた。
また蟻の如く仕事をしているに違いない。
働き者の代名詞、蟻!は実は全体の約2割しか働いていないのです。
というのは都市伝説らしいとかなんとか。
みいこちゃんが言ってた!
みいこちゃんそういうのどこから仕入れてくるの!
でもそれが本当でも噂でも、さすがにぜんぶの蟻がせっせせっせと働いているわけではもちろんたぶん、ないわけで。
どこの世界も世知辛いね!
まあ、いいや。
開けてもいいといわれたことにして開けてしまえ。
これまた丁寧な造りの大きな両開きの窓、いわゆるフランス窓を両に開けば、朝の風のお出ましだ。
鳥の囀りもする。
今日も、すてきな朝が来たものである。
広いバルコニーに足を踏み出すと、陛下の声が飛んできた。
「落ちるなよ」
「落ちませんよ!さすがに!」
陛下、わたしをなんだと思ってるんだ。
子供は子供でも、17歳だよ!
石造りのバルコニーは年季の入った存在感をもちろん放っていたわけで、その威風堂々がわたしには逆に無機質に見えた。
わたしの胸くらいの高さの手摺に両手を置いて覗けば眼下には壮麗な景色が連なっていた。
シエル・ガーデンには劣るものの、壮観だ。
青々とした庭園が延々と続いている。
空中庭園とは違って、整然と規則正しい美しさ。
あー。これ、庭師さんが何十人とせっせせっせ働いた証なんだねきっと。
叫んでもよかろうか。
ぶるじょあじー!
あ。おーさまの家かここ。
空を仰ぐと一点の曇りもない飽きるほどの晴天が広がっている。
雲、仕事しろ
不思議だ。
異世界なのに、日本の夏空と恐ろしく似ている。
空も綺麗
大地も綺麗
風も涼やかでまっこと清々しい一日のはじまりである。
歌ってもよかろうか。
あーたーらしーいあーさがきた
きぼーうのあーさーだ
喜びに胸を開いて大空仰ぐぜ!
ぐっすり眠ったうえ、陛下とのやりとりで強引に頭を起動させたからか目が冴えているような気がする。
こういうとき寝られないって人もいるだろうけどわたしは嫌なことがあればそのぶん睡眠に逃げるタイプだ。
おかげさまでばっちり寝たよ!
力いっぱい背伸びをする。
身体中の昨日を解放する儀式だ。
お母さんが教えてくれた数あるおまじないのひとつ。
あんまりたくさんのおまじないを母はわたしにしてくれたから、幼い頃自分の母親は魔女ではあるまいかと思っていたくらいだ。
ここでひとつ宣言しておこう。
マザコン上等!
お母さんだいすきですけど何か?
おなか痛めて生んでくれた人をだいすきでなんが悪かと!
あ、地元の方言が出ちゃった!
「お」
つま先立ちまでして背伸びに精を出していると、遠くを一羽、鳶のような鷹のような鷲のようなとにかく
雄雄しい大きな鳥が雄大に旋回しているのが目に飛び込んできた。
「・・・かっくいい」
思わず声が出てしまう。
雲ひとつない青空に、一点、苦もないように悠々と飛ぶ姿。
すごいなあ
あのただぴんと伸ばしただけの翼に驚くほど上手く風を捕らえて、人類が昔から憧れてきたあの空を行き来するんだよね
その、魔女ではなかろうかと思っていたときから、わたしは空を行く鳥を見るのが好きなのだ。
いま富とか名誉とか、くれるっていうんならもちろんありがたくいただきますけど!
願いが叶うならつばさをくださいな!
「おはよー鳥さん!今朝のお空を飛ぶご機嫌いかが!」
なんて言ってみても返事が来るわけでもなく、そもそもあそこまでわたしの声は届くんだろうか。
今日も今日とて、随分きれいな朝だ。
なにはともあれ、なんとなく晴れ晴れとした気分になって、わたしは部屋に戻った。
鳥さんありがとう!
部屋に戻ったはいいものの、手持ち無沙汰なので、そのまま窓を開いていく。空気の入れ替えは大事!
「シキ」
着々と、昨日と今日の空気を入れ替えていると、陛下の声がまた飛んできた。
「はい」
「今、誰かと話をしていなかったか」
「え?ええ、はい。空を飛ぶ鳥と」
「・・・鳥と会話が出来るのか?」
「凄いこと言いますね陛下!もちろん出来ませんよ!」
それともここでは可能なの?魔法はないのに?
なにそれステキ!
「ちょっと朝の挨拶をしただけですよ」
「鳥とな」
「あ、陛下。馬鹿にしてはいけませんよ。挨拶は付き合いの潤滑油です」
「鳥とな」
陛下!しつこい!
いいじゃないか、動物に話しかけたって!
相手は生きてるんだぞ!
次々と窓を開け放って、ついにもう開けるとこがないわ!ってなったので、仕方なくソファに腰を掛けた。
しばらくはお上品に膝を揃えて、窮屈になって靴を脱ぎ、最後は膝を抱えて陛下を待っていたけれど、いかんせん暇でしかたがない。
なんなの。皇帝陛下ってこんなに忙しいものなの。
それともカサランサスがごたごたしてるだけなの。
「へーかー」
「・・・ああ」
「そんなに書類と見つめあってると、恋がはじまっちゃいますよ」
書類と!
「それは恐ろしいな」
陛下は少し笑って、ようやく書類を両の手からばさりと手放したのでした。
よくこの欄を利用させていただくのですが、あまり気になさらないでください。ということで以下蛇足。
同シリーズ掌編「はるなつあきふゆのかたみ」にもひとつあげさせていただきました。
「かたみ」のほうはなんというか行間補足話というか
ひとつ余分にみることで、はしおの拙い文章も少しは解読しやすくなるかもしれないこともないかもしれない。
もしかしたら本編が少し違って見えてくる方がいらっしゃるかもしれません
・・・そうでもないか。そうでもないな、うん。
かなしいかな、そんないいものは書けていない。しょ、精進するぞ!
よろしければ
とか、ここで宣伝してみる卑怯者はしおですがこれからも仕方ねえ読んでやるか、と仲良くしてやってください
・・・叩いてもいいのよ。
長々失礼しました