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19、一筋の光のなかで向かい合う

わたしのどうでもいい特技のひとつに寝覚めのよさがある。


毎朝毎朝、朝が訪れるたび、6時ぴったりに目が開くのである。


母子家庭の我が家、朝方帰る母と早朝バイトを入れている兄の代わりに一人で台所に立てるようになってから、家事はわたしの唯一の仕事だ。


そして非日常極まりない今日も、わたしの瞼は優秀だった。



天井チェック!

はいおっけーです!わたしの家じゃない!


溜め息出ちゃうよ。

朝っぱらから。

夢オチはないってわかっていてもやっちゃうんだなこれが。

異世界来ればわかるぜ奥さん。


左腕を額に乗せて再び目を閉じる。

そのままじっとしていると陛下の声が飛んできた。


「起きたか」


起きましたよ。

朝っぱらから刺激の強い声ありがとうございます。


上半身を起き上がらせると、陛下は昨晩のように椅子に座っていた。


「陛下、おはようございます。ほんとうに徹夜ですか?」

「おかげさまでな」

「カサランサスが繁盛していて何よりです」

「まったくだ」


まあ、徹夜明けなのに頭の回転がよろしいこと!


この間陛下は一度も視線を書類から放さない。

王様って忙しいのね。


それから気が済むまでわたしはベッドの上で陛下を観察していた。

わたしはひとの横顔を眺めるのが好きなのだけど、陛下はまさしくだ。

瞬きと呼吸をしていないなら、なんだビスクドールか、で済ませるんだけどな。


都もきれいなひとだった。


都というのはわたしの幼馴染で、これがまた絵に描いたような大和撫子なのである。

わたしの美少女好きは一重に彼女のせいである。

彼女のせいである。

大事なことだから2回言った!


うあぁー。みーやーこおうぉ、あいたいよおおぉぉ


と再びベッドに横になり、ごろごろと右に左に転がってみる。

なんということでしょう!このベッド、スプリング痛くない!


陛下!あなたのほうが都よりほんのすこうし、ほんと、すこうし、美人だけど、わたしは都のほうがうつくしいと主張しますから!

譲りませんから!

と、一通り転がるのにも飽きてきたので


「へーか」

「・・・ああ」

「カーテンを開けてもいいですか」


そうなのだ。

陛下が座っているすぐ傍の窓のカーテンは開いているのだけど、それ以外は閉め切っていて陛下のところだけがやたらと眩しい。


陛下!後光が射してますよ!


陛下が頷くのが見えたので、ふわんふわんのベッドから飛び降りる。


「シキ、裸足のまま歩くなよ」

「・・・・・・・」


何故ばれたし。


わたしはカサランサス最高品質と思われる絨毯と戯れていた足を仕方なく昨夜も履いていた靴に入れた。

その足でそのまま輝く石像と化した陛下の近くに行く。


突然の光に目がちかちかした。


「陛下、細かすぎますよ」

「おまえが大雑把すぎるんだ」


わたしが近づくと陛下は書類を置いて顔をあげ、体をわたしのほうに向けた。

椅子に座っている陛下と傍に立っているわたしの目線はそう変わらない。

陛下が机に頬杖を付いて溜め息をついた。

それにあわせてわたしも同じ方向に首を傾げると、陛下は鬱陶しく思ったのだろうか、手で一度梳くようにして寝癖を解いてくれた。

幸いわたしはブラシがなければ手櫛で済んでしまう髪質なのだけど、梳くのを今朝はすっかり忘れていた。


「・・・この世界に裸足で過ごすという習慣を持つ国はない」


陛下の言葉に、はあ、と頷く。

そんなに驚かないよ。予想は出来てた。

けど、部屋では四六時中裸足だったわたしには少し窮屈だな。


「エジャの一族には、あるいはあるかもしれんが、なかった場合が厄介だ」

「えじゃ?」


新しい単語だ。

なにもの。


「人種のひとつだ。おまえと同じ黒髪黒目が主流で、肌の色も私とは違う」

「黄色人種ってことですか?」

「おうしょく人種?」

「わたしのような人種です」

「そうなるか」


なんだ。いるのかモンゴロイド。

良かった、わたしだけだったらどうしようと思ってた。

下手に目立って迫害とかあったらいやだよ。

かなしいことに、そういうことが人にはしばしばある。


「でも、厄介ってなにが厄介になるんですか?」

「わからんか」

「わからないから、お尋ねしているんです」


わたしの脳細胞の性能を舐めないで頂きたい、陛下。

そんなによろしくないのですよ!


「容易ではないだろうが、そういった行為は控えたほうがいいだろう」


室内で、裸足でいることがそんなに重要なのかな。


顔をしかめると気づいたのか陛下は言葉を付け足してくれた。


「残念ながら、集団と異なる所作は異様に目立つ。この世界で、ここで生きていくつもりがあるのならばそれらしくなければ不審に思われることも、突拍子なく物珍しいものに見えることもあるだろう。いらん目を向けられると、生きにくくなる」


違うか?

とわたしの目を覗きこむ陛下。


そりゃ、そこまではわたしも考えが至りませんでしたけど


「そこまで慎重になる必要があるんですか?」

「どこかの町なら考えすぎかもしれんな。だが、ここは王宮だ」

「・・・・・・・・」

「あのときは、カミュだったから良かった」


あのときって、陛下がわたしを持ち上げたあのときか。


理由に王宮を出すなんて卑怯だよ。

わたしには判断材料の手持ちがないじゃないか。

って思うのは決してわたしだけじゃないはず。うん。

うん?


「あの、陛下。それだとなんだかこれからもわたしが王宮に居続けるみたいに聞こえるんですが」


え、それこそわたしの考えすぎ?


「その通りだが?」


なにか問題でも?と陛下。

も、問題もなにもそれこそ問題というか!


「い、いいんですか?」

「なにが」

「わけのわからない人間を王宮に置いて」


自分で言うのもなんですけど。客観的に、わたしは今絶賛わけのわからない人間継続中のはずだ。

かなしいかな。


「よくはないな」


案の定陛下はさも当然と首肯する。


陛下!矛盾矛盾!


わけがわかりません、と表情で主張してみると、陛下は淀みなくつらつらと理由をあげてくれた。


「シエル・ガーデンに入り込めるなら相応に優秀な人材だ。信じてもらえるかわからないリスクを負って荒唐無稽な嘘をつかせるためにそんな駒を使うのは馬鹿馬鹿しい。無意味に捨てるようなものだ」

「・・・なるほど」

「だが、異世界なんてものをおいそれと信じるわけにもいかない」

「はい」

「そもそも監視がたった一晩で済むか?」

「あ、」


そう言われるとそんな気もする。


「手と目の届く範囲に置いておいたほうが対処もしやすいだろう」

「な、なるほど」


とんとんとんと、繰り出される陛下の解説にわたしは納得したような気分にならざるおえない。

いちいち理に適っているというか、適っていると思わせられるというか。

だけどひとつわかった。

国を円滑に動かすには、口と頭も円滑じゃないといけないわけだ。


「腑に落ちない、という顔だな」


微妙な顔をしていると陛下がどこか酷薄寄りの愉快そうな顔をする。何故。


「いえ、釈然としたようなしないような」


朝っぱらから急展開なもんで。


「とりあえず衣食住は保障されるんだ。乗っておけ」

「それもそうですね」


一も二もなく頷くと今度は陛下のほうが微妙な顔をする。

こっちの世界を知らないわたしには死活問題なんです!


・・・あれ?


「陛下、腑に落ちないといえば、ひとつだけ」

「おまえは質問が多い」


うんざりしたように、顔にかかる髪を乱暴に払う陛下。

なんか、お似合ですけどじゃまそうだね、髪。


「知らないことが多いぶん、質問だって多くなります」


わたしの攻撃、素知らぬふりで異世界人アピールを試みる。


「なるほどな。それで?」


陛下のダメージ、ゼロ!


「それが目的だったらどうするんですか?」


それがって、陛下に近づくのがってことだ。

陛下がこういう判断を下すだろうと見越してわたしが陛下の敵となる人から送り込まれたスパイとか刺客とかだったらどうするの?

今までぜーんぶこのための布石だった場合の話。


え、陛下、どうしてそこでそんな大きな溜め息をつくのさ!

わたしにしては、なかなかいい切り返しだと思ったのに!


「・・・おまえのそれは戦略のひとつなのか、呆れるくらい素直なのか、いまいちわからんな」


素直なんですよ。

魚も住めないくらい!


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