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18.5の幕間

カサランサス帝国第一騎士団団長、カミーユ=サンファルは静かに扉の前に立った。


ノックをしようと持ち上げた手が重厚な扉に触れる前に、部屋の中から、入って来い、と低い、重みのある声が飛ぶ。

これをはじめてやられたときは、なんて気配に敏いのかと驚いたのだが、今ではもう慣れたものだ。


扉を押し開けて部屋に足を踏み入れれば一人の男が窓際に立っていた。


大陸でも名高い壮麗な建築物であるカサランサス宮殿の主にしてカサランサス帝国国主、

そして他でもない、カミーユが仕える


皇帝陛下、その人である。


彼は人の背丈をはるか越える大窓から外の景色を眺めるように立っている。

したがって、カミーユには彼の背しか見られない。

カミーユにはこの主がなにを考えているのかさっぱりだった。


窓の外、長かった日は沈みきって、そろそろ夜がシャルレイアの街並みを覆っていくだろう。


「あれはどうしている」


こちらに背を向けたまま問いかける声にカミーユは眉を寄せた。


「彼女なら浴場に」


異世界から来たとかいう、奇抜なことを言う幼い少女にはつい先ほど、信頼の置ける女官アメリアと自分の部下を見張りに立ててきた。


今日の昼ごろのことだ。


突然の皇帝の呼び出しに応じてみれば、彼の隣には幼い少女。

それだけならともかく、皇帝は少女に機密の言語である古語で語りかけたのだ。


これに驚かずしてなんとする。


「陛下、彼女はなんなの」


あえて砕けた言葉遣いで投げかければ、返ってきたのは含み笑いだった。


「何なのだろうな」

「・・・陛下」


諌めると振り返って肩を竦められる。


昔から、こういう掴みどころのない人だった。


「どうだった」

「・・・わざと、こっちのほうで接してみましたけど、態度変わりませんでしたよ。少なくとも貴族のご令嬢の態度ではありませんねえ」


こっち、というのは女言葉での対応のことである。

カミーユ=サンファルは随分と昔から普段を女性のように振舞っていた。


「そうか」

「陛下、異世界というのはいささか。確かにそうであれば何かと筋は通らないことはないですが」

「まあな」


一見したところ、少女は純潔のエジャの一族のようである。

と少女の風貌をカミーユは思い描く。

しかしおかしいのはわたしの国、と発言したことだ。

エジャの一族は国に囚われない。

彼らは、一族に属するのだ。


それが大陸の理


「異世界から来たというには、落ち着きすぎています」

「そうだな。あの年くらいならば取り乱してもおかしくはない」


そう。

年の割には冷静な態度を見せる。

かと思えば、年相応に純朴な一面もある。


これが計算ならばあの年で大した役者だ。


胸中、ぼやくように吐き捨ててカミーユは眉間に皺を寄せる。

皇帝陛下は背を窓に齎せて腕を組むと笑みを浮かべた。

残忍にも冷酷にも近い双眸の煌きにカミーユは開きかけた口を閉じ、それを見計らったかのように陛下のほうが彼に問いかけるかのごとく口を開いた。


「シエル・ガーデンにいた」


間髪いれずにカミーユは返す。


「侵入が可能なほど腕が立つのかもしれないわ」

「運動能力は絶望的だそうだ」

「信じていらっしゃるのではないのでしょう?」

「ああ。・・・だが、木から飛び降りれないというので手を貸した」

「・・・はい?」


聡明な色を浮かべていた目をつい見開いたカミーユに陛下はしてやったりといわんばかりに笑んで、なんでもないことのように畳み掛ける。

子供がいたずらに成功したときのような笑みにまざまざと嫌な予感がカミーユを襲った。


「落ちてきたのを受け止めた、背中を向けて長い距離を歩いた」

「・・・・」

「そのときにいくらだって狙えたはずだ。ましてやシエル・ガーデン内ならなおさら」


圧倒的に、王宮内で最も人が少ない場所である庭園内ならばいろいろと好都合だろう。


神聖不可侵だとはいっても、野心高い人間がそれを必ず守るかといわれると鼻で嗤って答えるしかない。


「・・・なにか、他のことが目的か、考えがあるのかもしれないわね」

「そうだな。では古語は?」

「例えば、・・・あってはならないことですが、身近な高位の貴族がひそかに叛意を持っていて、幼い頃から彼女を隠して育てていれば?もしくは彼女が稀に見る語学の才の持ち主であれば、」

「ありえない、とは言えんな。むしろなきにしもあらず、だ」


と、陛下は頷きながら愉快気に笑う。

カミーユはといえば、自分がなんと答えるか予測しているだろうに問答のようなことを繰り返す皇帝に少しいらついた。


昔から、陛下ともう一人のとある人物には頭脳の回転の速さで劣ることがしばしばある。

数分経ってから、彼らが何を狙ってその時そういう言動を取ったのかを遅れて察知するのだ。最後までわからないのならそれはそれで構わないというのに、ほんの少しのタイムラグで気づいてしまうから始末が悪い。歯がゆい思いをする。


「わたくしよりも、陛下のほうがいろいろとお分かりなのではありませんか?何故彼女への処断を即決なさらないの」

「そういらつくな。あれは今夜私の私室で寝させる」

「・・・は?」


あまりに予想外な言葉に思わずカミーユは思考を止めた。


それはつまり、つまり?


「・・・囮になるとか言わないわよね?」


まさかと思って尋ねればさもありなんと、よりにもよって皇帝陛下が頷いたのだ。

曰く


「暗殺だろうが褥に入り込むことが目的だろうが、絶好の機会だ。何か動くかもしれん」

「いくらなんでも危険だわ!」


あなたらしくもない


小さく叫ぶと陛下はただ、そうでもない、とだけ笑った。


「・・・なにをお考えなのですか。まさか、一目惚れだとかではないでしょう」


あなた、そこまで眼は悪くないでしょう


そう呟けば、おまえ、さすがにそれはあの娘がかわいそうだ、と苦笑で返される。

カミーユからいわせれば、どっちが、だ。


「ちょうどいいと思ってな」


ふと、笑みを消して皇帝は零した。


「ちょうど?」

「ああ」

「・・・考えが、おありなのですね?」

「考えというほどのものではないがな」


口の端を持ち上げ、そういわれれば、そもそも賢明な現皇帝陛下に異論を挟むなど臣下としてそうそうあることではないので。


好きにすればいいんだ、と頷いて、御用はそれだけですね失礼します、とさっさと引き上げることにしたカミーユの背中に最後、


「ハワードに少量の睡眠導入薬と茶を用意するように伝えてくれ」


という声が飛んできて、足を止めて思わず振り返ると、皇帝はまたもや肩を竦めてみせた。


「それで譲歩しろ、カミュ」

「・・・わかりました」


渋々一礼をして、扉を閉じ、静かな長い廊下、来た道を帰る。


延々と続く廊下は薄闇に包まれてなおさら距離が伸びたように感じた。

煌々と揺れる道脇の灯りが床を舐めるように伸びては縮む。


我らが皇帝陛下にはなにかお考えがあるらしい。


わが主ながら恐ろしい人だ。

その、輝かしい功績を近くで知っているからなおのこと。


ふと、少女の顔が過ぎった。


もし


もしも、だ。


シーキだとか名乗る彼女の主張が正しく、彼女が異世界から、全くなんにも知らないこちらの世界に放り投げ出された無力な子供だったとして。


だとしたらなかなかに、



陛下はひどい人だ



そう考えて、自分も似たようなものか、と自然と苦笑が落ちた。



窓を見れば夜も更け、灯火の届かない庭園の隅が、一際濃く宵闇に引きずり込まれていた。


エジャについては次話で

みなさんが期待しているようなものではまったくないですよ!

ごめんね!

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