12、前哨戦
さっきサンファルさんが扉を開けたのはメイドさんにお茶を頼むためだったようで、あまり間を空けずにひとりのメイドさんが入ってきた。
今ならわたしもちゃんと言える。
きゃ!生メイドさん!
よし言った。役目は果たした。
メイドさんは綺麗な長いと思われる栗毛を後ろに一つにまとめて清潔な印象を与えられる。
び、美少女だー。
さっき外で内心謝った可憐なメイドさんより美少女だー。
同い年くらいかな。
ぱっちり大きな澄んだ目に、ふわりとした雰囲気。
どこぞの貴族のお嬢様かもしれん。うむ。それを所望する。
無駄のない綺麗な礼といい、さっきの控えめだけれどくっきりとした丁寧なノックといい、今、テーブルの上に器を並べていく手の所作といい。
この子、できる・・・っ!
うっとりと眺めているとメイドさんは手早く部屋から出て行ってしまった。
うあ、声をかけたかった!
音もなく閉じられた扉から目の前のテーブルに目線を戻すと、涼しげで、かつ優美なティータイム一式が顔を並べている。
「サンファルさん。こ、これ、カップ、触ってもいいんですか?」
「触らずにどうやって飲むのよ」
「で、ですよね」
ゆっくりカップに手を伸ばす。
手が!手が震えるよ!
持ち手がぽろって取れたりせんだろうな。
持ち上げると、繊細な絵がはっきり見れる。
「わあ、きれい」
「きれいって言うわりには顔が伴ってないわよ」
「こんな高価なもの持ったことがないから強張ってるんですよ!」
へえ、と適当な相槌を打つサンファルさん。
ブルータス!おまえもか!
「あ。ねえ、あの『待ってました!』ってなんなの?」
「あー。あれは、」
積年の心の声が。
「素敵ですって言うつもりが、つい」
これはほんとう。そういうつもりだった。
いただきますと呟いて口をつけると、心地よくお茶が喉を通っていった。
そんな感じで当たり障りのない会話をお互いのらりくらりとかわしているとかちゃりと前触れもなく扉が開いた音がした。
ノックもなし、ということは大体考えられるのは一人しかいない。
そちらにわたしが視線を向けるまえに、サンファルさんが立ち上がって扉のほうに一礼する。
案の定、陛下が部屋に入ってきて、扉を後ろ手に閉めているところだった。
わたしも立ち上がって陛下のほうへ駆け寄る。
ん?
足元がなにか・・・
あ!絨毯!そうだ、あの絨毯だ!
「ふ、ふかふか」
予想に違わず!
わたしは感動のあまり口をついてしまった感想を気にせずソファよろしく足踏みをしたわけなのだけど、それも陛下の溜め息に中断する。
顔をあげると陛下が額に右手を当てていた。
まさしく、私疲れました、のジェスチャーだ。
え、なに。この間に陛下になにがあったというの。
「シキ、おまえな」
「はい」
「・・・・・・・」
声をかけてきたくせにだんまりですか?陛下。あ、そういえば。
「陛下、おかえりなさい」
本日二回目だよ!
あれ、でもここでおかえりなさいは適当なのかな。
なんて考えているとぐらり、浮遊感と共に一気にわたしの視線が高くなる。
わ、わ、なに
「なんで陛下わたしを持ち上げるんですか?」
そう、陛下がいきなりわたしの腕の下に片手を入れて引き上げたのだ。
「おまえは、どうして裸足なのにそう歩き回るんだ」
え?そこ?
それで陛下わたし持ち上げたの?
陛下はわたしを小脇に抱えたままソファに足を進める。
まあ!陛下力持ちー。
そのままわたしはソファにぽいっと放られる。
一重に優秀なソファくんのおかげで痛みもなくぽすっと嵌まった。
「空中庭園のときは気にしなかったじゃないですか!」
「シエル・ガーデンとでは意味が違う」
見上げれば見下ろしてくる陛下。
縮め陛下!
「陛下、お茶は」と尋ねるサンファルさんに陛下は「いらん」と手を振る。
「わたしの国には室内では裸足になる風習があるんです」
だから抵抗感などないのだよ。どや!
意味もなく胸を張るわたしに、けれど反応したのはサンファルさんのほうだった。
「・・・国?」
眉を寄せながらそう呟く。
この世界にはそういう風習を持つ国がひとつもないのかな?
「カミュ、そのことについて話をする」
座れ、と陛下はわたしの向かいに座りながらサンファルさんにも着席を勧めた。
わたしもそれを合図に気を引き締める。
言うなれば第一関門だ。
異世界、わたしにとっては故郷だけど、地球の説明をしなくてはいけない。
これってもしかしたらわたしの今後に作用するかもしれないことだよね、やっぱり。
なんせ目の前にいるのは皇帝陛下に騎士団団長。
結構な踏ん張りどころだ。
いざ!