10、虚空を泳ぐ
視線が高い!
10センチ違うと世界は変わるというけど上手いことをいうものである。
あ!ここはほんとに世界が違うんだった!
と、わたしがやっているのも何を隠そうサンファルさんの背中の上なわけで。
わたしといえば恥ずかしいやらなんやらで気を紛らわせるためにここぞとばかりに背が高くなった気分であたりをきょろきょろしている。
サンファルさんの背中に乗せてもらうまでに、一乙女としての恥じらいやら葛藤やら壮絶な戦いがわたしの心中で繰り広げられていたのだけれどここでは割愛。
「・・・サンファルさん」
聞きたいことがあるのだ。
自爆、かな。そうかもな。
「んー?」
「あの、ですね、重く、ないですか」
「重くないわよ」
そうですよね、そう答えてくれますよね。
たとえ重くても重いなんていいませんよね普通はこういうとき!
だめだ、やっぱり逆にもやもやする!
「正直に言っていいんですよ?」
「正直に言ってるわよ」
「サンファルさん、何度も言ったと思いますけど、わたし歩きたいです」
「何度も言ったと思うけど、ダメ」
うう、何回目かの敗れたり。
しかしまあ、中性的な容姿だと思ったけど、女言葉を使われると背が高い女性にしか見えない。
さっきのふふ、と笑む姿もサンファルさんは違和感がなかった。
というか、陛下もサンファルさんも少なくともわたしより色気があるよ!
いや、わたしに色気なんて素晴らしいもの、まことに残念ながら皆無なので比べる時点で間違ってるのかもしれないけど。
うがあ!自分で言っててかなしくなってきた!
これだから美人は!
項垂れていると小さく笑う声が聞こえて顔をあげる。
「・・・サンファルさん?」
「まさかおんぶとはねえ」
普通だっこじゃないの?とサンファルさん。
そうかもね。お姫様だっことかいいかもね!
だがしかし!わたしを抱えているのはサンファルさんなのだ!自分より色気のある美女のようにも見える人になにが悲しくてお姫様だっこ!
どっちにしろおんぶもだっこも恥ずかしさに変わりはない。
おんぶのほうが若干まし、なような気がしたからそうしたまで!
「・・・おんぶが好きなんです」
「変わった趣味ね」
「よく言われます。・・・サンファルさん、聞きたいことがあるんです」
「なあに?」
「さっき、驚いた顔してませんでした?」
さっき、つまりわたしがラジオ体操をしていたのに対して陛下が「おまえはなにをしているんだ」と言ったとき、だ。
ちょっと気になっていたりした。
「・・・驚いた顔なんてしてた?」
「そう見えました」
わたしには。
「陛下はなにか仰らなかった?」
「なにかって、なにをですか?」
首を傾げれば、そう、と呟くサンファルさんの声。
いや、なにがそうなの。一人で納得してないでくださいよ。
とわたしの心の声も虚しくサンファルさんは「私も訊きたいことがあるのよ」と仰る。
お、サンファルさんがわたしに?なになに?
「陛下はあなたに『話してもいい』と言われた」
またラジオ体操に戻るのか。ラジオ体操大人気だな。国営放送が喜ぶぜ。
夏休みはスタンプ押しまくりだね!
わたしの住んでいた地域ではラジオ体操に参加するとスタンプを押してもらえて、スタンプを集めると夏の終わりに景品をもらえたんだよ!
ノートとか消しゴムとかお菓子とかお菓子とか!
「それはつまりあなたに陛下が『話すな』と命令なさっていたってことでいいのよね?」
「そうですね。そうなります」
サンファルさん、些細なことも聞き逃さない人だな。
「そのときあなたはその理由を聞かなかったの?」
その理由って、えっと、どうして話しちゃいけないのかの理由ってことでいいんだよね。
「伺いませんでした」
「どうして?不審に思わなかったの?」
「不思議には思いましたけどね」
不審には思わなかったよ。だってそのときまで丁寧に受け答えしてくれていたのだ。陛下。
「これはたぶん、わたしのためなんだろうなって勝手に解釈したので」
もちろん、陛下側になにかわたしが喋ると不都合なことがあったとも考えられるけど。
都合よく考えてポジティブにいこうぜ!
思い込んだもん勝ち!
ってお母さんが言ってた!
ふうん、とサンファルさん。
「ばかではないのね」
「サンファルさん、はっきり言いますね」
サンファルさんがそう評するってことは当たらずも遠からず?
ところで。
「サンファルさん。結局わたし答えてもらってませんよね?」
「その件については陛下がお話になると思うわ。私の一存じゃあねえ」
わあい!ずるい!聞き逃げだ!
いけしゃあしゃあとしているサンファルさんとは対照的にわたしはむっつりと口を閉じた。
むっつりってもちろんそっちのむっつりじゃない。ぎゅっと真一文に口を閉めたということ!
問いただす?なんて選択肢はないよ!
わたしの話術じゃサンファルさんにはきっと勝てない。そんな気がする。
黙りこくっているとサンファルさんが何気なく口を開いた。
「で?あなた陛下とはどういうご関係?」
ちょうどいい。少しわたしは不愉快なのだよサンファルさん。
「それは陛下にお聞きになってください」
わたしの一存じゃあ、ちょっと、と告げれば、体を預けている背中が揺れる。
これはまた笑われてるな。
わたしの意趣返しも、爪さえ掠らず、か。