第1話 魔法適性ゼロの令嬢
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「——以上の診断結果により、アリシア・ウィンフィールド嬢の魔法適性は『ゼロ』と認定する」
王立学院の大講堂に、宮廷魔導士長の声が無機質に響き渡った。
千人を収容できるこの講堂は満席だった。年に一度の「適性認定式」は、貴族にとって社交の場であり、品定めの場であり——残酷な選別の場でもある。
私は壇上に立ったまま、静かに呼吸を整えた。
アリシア・ウィンフィールド。十六歳。ウィンフィールド公爵家の一人娘。
適性ゼロ。
……まあ、薄々わかっていたことではある。幼い頃から魔法の訓練をしても、火の粉一つ出せなかったのだから。
「嘘でしょう……公爵家の令嬢が適性ゼロ?」 「あらあら、お気の毒……」 「これじゃ婚約も白紙ね?」
ざわめきが広がる。同情というよりは、好奇心と優越感が混じった声色だ。私はそれを、なるべく気にしないようにした。
「アリシア」
壇上の横から、一人の青年が進み出た。 金髪碧眼。端正な顔立ちに、少しだけ申し訳なさそうな——いや、むしろ安堵したような表情を浮かべている。
第一王子、レオナルド・フォン・アステリア。 私の婚約者だった人だ。
「……残念だが、言わなければならないことがある」
レオナルドの声に、講堂が静まり返った。
「適性ゼロの者を王妃に迎えることは、王家の威信にかかわる。よって——本日をもって、アリシア・ウィンフィールドとの婚約を破棄する」
ため息のようなどよめきが、波のように広がった。
私は、レオナルドの目を見た。 彼の隣に立っている、栗色の髪の少女——男爵令嬢のミレーユが、控えめに俯きながらも、指先でレオナルドの袖をそっと掴んでいるのが見えた。
ああ、そういうことか。
不思議と、涙は出なかった。 レオナルドのことは嫌いではなかった。でも、好きだったかと問われると——正直よくわからない。幼い頃から「将来の伴侶」として決められた相手を、本当に愛していたのか。
「……わかりました」
私は小さく頷いた。
「え?」
レオナルドが目を丸くした。もっと取り乱すとでも思っていたのだろうか。
「婚約破棄を受け入れます。レオナルド殿下のご多幸を、心よりお祈りいたします」
深く一礼して、私は壇上を降りた。
背中に無数の視線が刺さるのを感じながら、私は講堂を出た。廊下の窓から、夕日が差し込んでいた。橙色の光が、磨き上げられた石の床を染めている。
さて。
婚約は破棄された。魔法適性はゼロ。公爵家の令嬢という肩書きは、適性ゼロでは重荷にしかならない。このまま王都にいれば、社交界の見世物として笑われ続けるだけだ。
——なら、いっそ。
「自分の好きなように生きよう」
口に出してみると、不思議と心が軽くなった。
小さい頃から、本当は植物が好きだった。薬草図鑑を眺めるのが何よりの楽しみで、庭の花壇の手入れだけは誰よりも上手だと、侍女たちにも褒められていた。
——辺境に行こう。
王都から遠く離れた北の辺境。フロストヘルム領。過酷な気候で人が少なく、領主は代替わりしたばかりの若い伯爵が一人で細々と治めているらしい。
誰にも邪魔されず、薬草を育てて、静かに暮らす。それだけで十分だ。
翌朝。私は父に辺境行きを告げた。
「正気か、アリシア」 「はい。王都にいても迷惑をかけるだけですから」 「……迷惑などと」
父は何か言いかけ、しかし最後には深く息を吐いて、馬車と路銀を用意してくれた。
「体だけは、気をつけなさい」 「ありがとう、お父様」
馬車が門を出る時、私は振り返らなかった。
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