第8話 聖女
「我が国に聖女が現れた。」
そう言葉にするルイの口の動きが、スローモーションの様に見えた。
本当に現れたんだ。
確信を持ってはいたものの、本来の登場時期に聖女が発見されなかったら……学園を卒業して俺とルイが結婚するまで発見されなかったら……そんなふうに心の奥で願っていたのだろう。ショックで息が詰まる。
そしてルイは段取りの通りという様子で壇上に立ち続け、学園の生徒達に向けて仔細を語る。ルイは当然聖女が現れたことを事前に知っていたのだろう、最近増えてきた魔物に対抗する策として聖女の存在を希望たっぷりに伝えていた。そして、俺は多くの生徒の中の一人としてそれを聞かされているのだ。
いや、俺に個別で伝えられなかったということは守秘義務があったのだろう……。でも少し待てば国中の人間に明かされる情報にそこまでの義務が課せられるのだろうか。
俺は自身が拒否していても周りから見れば王太子の婚約者、すなわち将来王族になる人間である。公爵家の人間として国からの信頼だってあるはず。
それに聖女が現れたなら今後ルイが娶るために俺との婚約は解消される。事前にその相談くらいするべきじゃないのか?そもそも俺は聖女の出現を言い当てていたということになる。ルイから個別で事情を聞かれたりしないものなのか…………
頭の中が様々な疑問でいっぱいになる。全校生徒が入れるような大きな講堂では、一番前に立つルイの顔だってとても小さい。この距離がまるでそのまま俺とルイの心の遠さを表しているようで、不安感は溢れて止まらなかった。
何故何も教えてくれなかった?何も言ってくれなかった?本来の結婚相手が見つかったルイにとって俺はもうただの一生徒ということなのか?
思わず涙ぐんだ顔を周りに悟られないよう、俺は下を向いて唇を噛んだ。
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国に現れた聖女の名前は『優愛』。名前も見た目も、俺の知っている小説とも完全に一致する。優愛が転校してきた時期や事実を受け、この世界はやはり小説の中なんだと何度目かの確信をした。
ルイも今頃俺が言っていたことは事実なんだと分かりびっくりしているのだろう。
それからルイは聖女の身の安全のために優愛と一緒にいることが増えた。
ルイ自身も魔法や護身術を身に着けているし、聖女は現在王城で保護されている。帰る場所が同じなのだから、護衛の集中も兼ねて一緒の馬車で帰るのは当然……。
そういう部分も確かにあるのだろう。しかし二人が一緒にいる最たる理由は、婚約に向けて仲を深めるためである。
聖女についての憲法なんて数百年使われていない。そのため知っている人間が少なく、またそれに気づいている者は多くないだろう。時間が経てば専門家や高位の貴族伝手に噂が流れるかもしれないが、今だけでも好奇の目線に晒されないのは有り難かった。
ルイと優愛が並んでるところを見て胸をドクドクと脈打つ。優愛は茶色がかった黒髪をサラリと靡かせている美少女であった。愛らしい顔をしていつつもしっかりと芯のある性格で、王太子のルイにハキハキと意見できる、そんな女子高生。アイドルのような見た目は俺でも目を惹かれてしまう。
まるでお似合いの二人を見て、自分のみすぼらしさを認識させられる。俺は本編モブの名に相応しい地味な顔立ちで、成長した現在も童顔気味のパッとしない見た目だ。男らしさもなければ優愛のような女性らしさもない中途半端な存在である。唯一の共通点である黒髪だって、俺の色のほうが黒く淀んでいるように見えた。
ルイが自分から離れてもいいようにと事前に心を守っていたにもかかわらずこんなにも胸が痛い。俺は小説の記憶を思い出して良かったと心底感謝した。もしいきなりこんなことになっていたら、俺は気が狂ってしまっていたかもしれない。
前世で読んだ小説によくいた、悪役令嬢という存在を思い出し苦笑する。
(流石にいじめたりする勇気はないけど、憎くなっちゃう気持ちは分かるな。)
今まで知らなかった感情に浸りながら、俺はただ時が過ぎるのを待った。




