第6話 評判(ルイ視点)
僕は幼少期からマティス一筋であった。
婚約者候補として初めて出会った日、僕達はまだ5歳という幼さだった。彼は僕よりも一回り小さくて、慣れない場所に緊張しているのが伝わってくるほど震えている。にも関わらず、公爵家の者として家族に迷惑をかけないよう必死に挨拶をしていた。
今にも零れ落ちてしまいそうな大きな瞳に美しい黒髪、そしてイジらしさに一目惚れしてしまったのだ。僕はこういう健気な子がタイプなのだとその場で初めて自覚することになる。
それから約10年、彼と多くの時間を過ごす中で、僕の他人を見る目は間違っていないのだと知り、誇りに思った。
マティスは真面目で努力家、優しく素直。そして何よりも、公爵家という高位の貴族に生まれながら常に謙虚さを持ち合わせていた。
「たまたま公爵家に生まれただけで、自分自身が凄いわけではないと思っています。それでも両親の期待には応えたいので、もっと頑張らないと……」
生まれながらにして他人よりも優れているという状況は、性格を歪ませてしまう原因にもなる。実際に自分の血に甘えた傲慢な貴族が破滅した例など、悲しいかな絶えることはない。
しかしマティスの謙虚さは天性のもので、他人を尊重し優しくあろうとする。当たり前のようなことを作為なく当たり前に言える人間がこの国の貴族にどれだれいるのだろうか。マティスはまさに理想の相手であった。
謙虚さが仇になるような場面では僕がフォローに回ればいいし、あまり自分を下げるようなら咎めよう。マティス自身の自己肯定感を下げないためにも、僕が沢山褒めて愛して甘やかさないと。
マティスが一番だということを言葉だけでなく行動でも伝えよう。お茶会、勉強会、魔法の練習、デート、旅行、いろんなことを一緒にした。
お互いの誕生日には様々なお祝いだってした。王城にある庭園では、庭師に手伝ってもらいながら一部花の面倒をみたりした。初めてのプレゼントは紫色のチューリップ。僕達は豪華絢爛な遊びよりも、2人でゆっくり過ごせる時間が好きだった。
長い年月をかけて築き上げてきた関係は、他の誰にも変えられない信頼となって心に残り続けている。全ての思い出が僕にとっての宝物だ。
すっかり愛を知ってしまった僕は、何人かの婚約者候補と会う予定の日程を全てマティスに捧げ、他の候補者には謝罪の連絡をしていた。
他の候補者及びその一族も、聡く信頼のおける貴族であったためか、事情を察し快く引いてくれた。感謝ばかりである。
周りの協力を得て、僕は一途にアタックを続ける事ができた。そして、マティスからも愛を返してもらっていた。僕が正式に婚約を申し入れた"あの日"までは全てが理想通りに事が進んでいたはずである。
当時はまさかと思ったが、マティスが婚約を無かったことに……なんて馬鹿なことを本気で考えていそうな事には衝撃を受けた。
彼の言葉を聞いて、既に婚約の手続きに動いていた人間を連れ戻そうとした使用人を止めておいてよかった。あのまま婚約できていなかったら、本当に学園卒業まで逃げ続けられていたかもしれない。
(嫌がる令息の尻を未練がましく追いかけ続ける惨めな王子?最悪な肩書だな。)
________マティスは絶対に僕の事が好きなのに。
絶対的な確信と、拒絶され続ける不安が焦燥感としてのしかかる。
無論、マティスが拒絶したところで僕から逃げ切れる訳はない。王族という権力を使わずとも、自分の手腕だけで外堀を埋め切る自信がある。
だとしても、愛する本人の意思は大切にしたいのだ。逃げようとする人間を捕まえるのではなく、あくまでも自分から僕のもとに来てほしい。……そこに至るまで多少強引な手は使ったとしても。
学園に入学してからは、過剰なくらいマティスを甘やかした。僕は人目があったってイチャイチャしたいし、マティスは自分のものだとアピールしたかった。
これは相手を逃さないための作戦でもあるけど、何より僕がしたいと思っていたことだった。流石のマティスもすぐ折れるかと思っていたが、中々に意思は固く、攻防は第三学年になっても続いていた。
第一王子である僕の婚約相手であるマティスは、学園内でもかなり注目される存在である。そのため色々と噂も囁かれるものだ。
「何故あんなに非の打ち所のない王子に愛されて逃げるのか?」というシンプルな疑問や、「マティス令息は恥ずかしがり屋なのか」という憶測、「将来的な夫婦としてきちんと愛を育めていない」とか「マティス令息は妃として相応しくない。」といった馬鹿馬鹿しいものも含めて、いろいろな憶察が飛び交った。
「関係が上手くいってないなら私が婚約者になれる可能性もあるのでは…!」とアタックしてくる令息や令嬢も現れたが、丁重にお断りさせていただく。
自分で言うのもなんだが、学園入学前の僕らはお茶会などでもラブラブで、婚約を発表した当時も周囲からとても祝福された。
外野から見ても恋愛結婚だという認識があったのだろう。数年経った今だって、僕は当然マティスのことが大好き。そしてマティスは表面上拒否しているものの、僕のことが好きだというオーラが隠しきれてない時がある。
2人で一緒にいると甘々な雰囲気が流れることも多いため、婚約者が恥ずかしがりやに育っただけで、現在も相思相愛であると考えている生徒が大半であった。




