第3話 婚約者
「マティス、様子が変だよ。何かあったの?」
サラサラと手入れされた美しい金髪に、快晴のように爽やかな碧眼を持つ少年。まるで物語に出てくる王子様のような風貌の彼は『まるで』などではなく、紛れもなくこの国の第一王子であった。
「いや、特に何も……。」
「本当に?」
「……。」
全てを見透かしているような目で問いかけられ、思わず押し黙ってしまう。
するとルイは毅然とした態度のまま、しかしどこか悲しそうに続けた。
「僕はマティスの事が好きだよ。
それは今まで伝えてきたつもりだし、君も同じ気持ちだと思ってた。……全部僕の勘違いだったの?」
俺は今までルイからの愛を疑わなかったし、自分はこの人と結婚するのだろうということも分かっていた。
しかし前世の記憶を思い出してから、『彼の愛は全て王族としての責任感からくる演技だったのではないか、本当は自分のことなど愛していなかったのではないか』という疑念に苛まれてしまっている。
実際に原作でも、元の婚約者は家柄の良さと魔法の技量で選ばれただけという言及がある。それに、婚約までの流れも現状と一致している。俺は公爵令息で魔力もそこそこあったから、幼少期から婚約者候補としてルイと付き合ってきたのだ。
それに彼は、良い王になるためであれば例え何とも思っていない相手だろうと愛を囁ける人間である。それは小説だけでなく、今世での身の振りからも理解してしまうほどに、ルイは王族としての責任感があり、また自分の取るべき行動に聡い子供であった。
そのような考えが頭を巡りだしてから、全身が凍えるように冷える。今まで過ごした2人の時間が、全て虚構だったことを理解してしまうことが怖い。自分が彼の事を好きだという気持ちすら、辻褄合わせに植え付けられていただけなのではないかと思ってしまうのだ。
自分の感情が正しいのかとか、恐怖や混乱はあったものの、今はまだ、彼を見る度自分の心には暖かい気持ちが溢れ出す。
(ルイは将来、聖女と結婚することになる。)
この先聖女が現れるであろうことを、俺は本能的に確信していた。ならば、結婚相手は王位継承者であるルイだ。
(別にこのまま婚約したって問題はない。聖女が現れたのなら、国の決まりに従うのは当然だ。婚約破棄だって正式なものとして手続きされるし、それによって生まれた損害やその後の生活についてもサポートがあるはず。)
「信じてもらえないとは思います。それでも……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!いったん落ち着こう?」
話しているうちに、俺は思わず涙ぐんでしまったようだ。それに戸惑ったルイは、綺麗な手で涙を拭ってくれると、慰めるように俺を優しく抱きしめた。
(心地良い。このまま流されてしまいたいな。)
哀れにもそんなことを考えてしまう。しかし、今苦しむか、数年後に苦しむかの違いでしかないのだ。意を決して離れると、ルイに向き合った。
「取り乱してごめんなさい。でも、近い内に聖女が現れる予感があるんです。そうしたら貴方は俺ではなく聖女と結婚しなくてはならない。」
そして、ルイには聖女と力を合わせて魔王を倒してもらう必要がある。そのためには二人が仲を深めて、時には愛し合うことが必須だ。俺みたいなモブなんかが邪魔するわけにはいかない。
ルイはパチパチと目を瞬かせると、幾分か考え込むような素振りをする。そして俺の渾身の告白を聞いたとは思えないほどあっけらかんとした様子で告げてくる。
「……結婚前でいろいろな事を考えて不安になってしまっているのかもしれないね。
でも大丈夫、僕は君のそばを離れない。聖女だって何百年前に現れたというほぼ逸話みたいな存在じゃないか。」
優しくたしなめてくる言葉に心が冷えた。当然の反応のはずなのに。無意識に、ルイなら俺の言う事を信じてくれると思っていた自分が居た。
(……突飛なことを言ってるのは俺の方なのに、自分勝手だよな)
「将来婚約破棄されると思いながら一緒にいるなんて辛すぎるんです。それに、俺だって今ならまだ他の婚約者を探すことだってできるし……」
今はまだルイのことを好きでいるが、人間新しい恋をすれば忘れられるものだ。あまり積極的に参加してこなかったお茶会に参加してみるのだって気分転換も兼ねて良いかもしれない。
今日を境に、俺は新しい人生を歩むのだ。
そう考えて発言すると先程まで優しく俺を宥めていたルイから笑顔が消えた。




