9.油断は禁物です
翌朝、いつものようにユリアがジョギングをしようと庭園に行くとフレイムもいつものように来ていた。
「おはようございます。フレイム様」
「おはよう、ユリア。今日もいい天気で良かった」
二人はストレッチをしてからいつものコースの庭園をひと回りしてから邸宅の裏の林まで走った。
ユリアは林の中に見慣れない光景を見つけた。
「あれは何かしら?」
ユリアはそう言って林の中に入った。
そこにあったものは、テーブルに椅子が二脚、レンガで作られた焚き火台、木に括りつけられた大きなハンモックだった。
「まあ、どうしてこんなところに⁈」
ユリアがびっくりしているとフレイムが焚き火台に火を起こし始めた。
「フレイム様、これはいったい……?」
フレイムは起こした火の上に鉄板を置き、準備していた卵を割り落とし、ベーコンとソーセージを一緒に焼いた。
香ばしい匂いが漂いはじめた。
「ユリアは椅子に座っていてくれ。すぐに朝食ができるから」
ユリアは言われるがままに椅子に座り、フレイムの様子を眺めた。
フレイムは焼けた卵とベーコンとソーセージを皿に乗せてテーブルの上に置いた。
「うわぁ、いい匂い、美味しそう」
ユリアが言うとフレイムが得意げに言った。
「どうぞ、召し上がれ」
フレイムも椅子に座り一緒に食べはじめた。
ユリアは食べ終わるとフレイムに聞いた。
「昨日までは何もなかったのに、いつの間に?」
「昨夜のうちに準備しておいた」
フレイムはにっこり笑って言った。
「フレイム様お一人で⁈」
ユリアは驚いた。
「驚くことはない。わたしだって戦争で野営は何度も経験している。これぐらいのことは一人で十分だ。今日は休みをもらっている。ここで一日のんびりと過ごさないか?」
フレイムは優しく微笑んで言った。
ユリアは嬉しかったが、何か企んでいるに違いないと思った。
ユリアは警戒したような顔をフレイムに向けると、フレイムは片眉と片方の口角を上にあげながら、ユリアの前にお茶を入れたコップを置いた。
「あ…ありがとう…」
ユリアは礼を言って上目遣いでフレイムを見ながらお茶を飲んだ。
「そんなに警戒しなくても何も入っていない。昨日ユリアが言っただろう、策略しろって。わたしはユリアが喜んでくれることをしたいと思ってるだけだよ」
フレイムはユリアの向かいに座りお茶を飲みながら言った。
ユリアはせっかくなので楽しもうと思った。
「今日はこれから何をするの?」
ユリアが聞くとフレイムはユリアを見つめて優しく微笑んで言った。
「ユリアがしたいことなんでもするよ。のんびり本でも読みながらすごしてもいいし、ハンモックで寝てもいいし」
ユリアはあの大きなハンモックの寝心地を試したいと思ったがまだ朝だ。ハンモックは昼寝に使うとして、それよりも一度試してみたいことがあった。
「フレイム様、お手合わせ願いますか?」
ユリアはニヤリと笑った。
フレイムは一瞬驚いた顔をしたが笑いながら言った。
「喜んで。剣がないが?」
「任せて!」
ユリアは林の中をウロウロしてしっかりした棒切れを二本探してきた。
「ではお願いします」
ユリアは棒切れをひとつフレイムに渡して言った。
二人は棒切れを剣代わりにして戦った。戦いはほぼ五分五分だった。
「やるな、ユリア!」
「フレイム様こそ、さすがです!」
フレイムが振り上げた棒切れをユリアが両手で棒切れを持って目の前で受け止めた。
フレイムはすかさずユリアの腰に左手を回し身体を密着させて耳に優しく息を吹きかけた。
「ひゃっ!」
ユリアは声を出してヘナヘナと座り込んだ。
「卑怯です、フレイム様!」
ユリアが真っ赤な顔をして言うと、フレイムは高笑いしながら言った。
「戦場なら勝つためには何でもやるだろう。これも戦略のうちさ」
ユリアは素早くフレイムの脚を自分の脚で引っ掛けて倒そうとしたが、フレイムはバランスを崩しながらユリアの上に倒れ込んで、フレイムの顔がユリアの胸に埋もれる形になった。
フレイムはすぐに顔を上げてニヤリと笑って言った。
「新しい誘惑の仕方か?ユリアらしいな」
ユリアは真っ赤な顔で叫んだ。
「そんなわけないでしょう!早く退いてください!」
「嫌だな。参ったと言うまでこのままでいよう」
フレイムは面白がっていた。
「言うわけないでしょう!」
ユリアはフレイムの肩や胸を何度も叩いたり押したりしたがびくともしない。
フレイムはユリアの手首を両方とも掴んでユリアの顔を見つめながら片手に口付けた。
フレイムは憂いを帯びた顔をしてユリアの顔に近づいた。
ユリアは咄嗟にフレイムの顔に頭突きをしてしまった。
フレイムはユリアから手を離し鼻を押さえて仰け反った。
ユリアはその隙にフレイムを押し退けて立ち上がった。
「戦場では油断は禁物よ!」
ユリアはフレイムに言い放ったが、フレイムは顔を押さえたまま俯いて動かなかった。
「フレイム様…?」
ユリアは強くしすぎてしまったかと心配になり、フレイムに近づいて顔を覗いた。その瞬間、フレイムはユリアを押し倒した。
「戦場では油断は禁物だ」
フレイムはニヤニヤしながら言った。
「もう!本気で心配しましたわ!」
ユリアが言うと、フレイムは起き上がりユリアの手を取った。
ユリアはフレイムに引っ張られて起き上がり、座ったまま抱きしめられた。
疲れ切っていたユリアは抵抗をせず、フレイムの広くて逞しい胸の中に頭を預けた。
「参ったか?」
フレイムがユリアの髪を撫でながら優しく聞いた。
「…言うはずありませんわ!」
ユリアはスクっと立ち上がり腰に手を当てて言った。
フレイムは残念そうな顔をしたが、クスクスと笑った。
「それでこそ、わたしの愛するユリアだ」
フレイムは立ち上がりユリアを見つめて言った。
ユリアは驚いた。愛なんて言葉が出てくるとは思わなかった。そもそも愛なんて生まれてすぐに母を亡くし虐げられて育ったユリアには縁遠いものだったし、愛が何なのかよくわからなかった。
「昼食はわたくしが作りますわ。何の材料がありますかしら?」
ユリアはそう言いながらフレイムに背を向けて焚き火台に向かって歩いた。




